前置詞のWith

会社に入り、同期が続々とパートナーを作り始めた。見るからにチャラそうな人を筆頭に、脳みそまで筋肉が詰まっていそうなヤツも、果ては学級委員みたいな堅物まで彼女を作っている。
会社に勤めていたら彼女が欲しくなってくる。会議の会議による会議のための会議でリンカーンともども心身を消耗させられるから、せめて会社の外でぐらいは誰かに癒してもらいたい。推し活でもトンカツでも別に何でもよいのだが、やはり実在の三次元的存在に癒してもらうのが良い。疲れきった現代人は、蟹工船に揺られながら互いに支え合い、慰め合っている。南無南無、南無南無。
癒しとは何か。東京丸の内で日々サディスティックな議論が交わされている。癒しとはあまりに多義的な概念なので、ネコパンチ以上グーパンチ未満とか、無限に直進できるようになった桂馬とか、押し目買い直後の急騰とか、リッケン620ちょうだ~いとか言われている。その真相は、広島城下を泳ぐ鯉のみぞ知る。餌をあげたら嬉しげに語ってくれる。
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弊社は広島ナンバーワンのぽんぽこりん企業。同期はそのぽんぽこな肩書を活かして、恋愛市場で八面六臂の雄姿を見せている。どんな広島女子も ぽん の肩書きにはメロいらしく、お好み焼きを焼く手を止め、「やっぱ関西風はクソだ」とうんうん頷く。同期は会社の与信を活かして地雷ピッタリな相手と出会った。住宅ローンみたいな感覚で付き合えるとは、さすがぽんぽこりん企業勤め。
オフィスへ出社するたび、同期から「昨日、彼女と話してさ~」と肩を組まれる。そのねちっこさはオクラのごとく、絡みつくことカルボナーラのごとし。あのな、一応私は博士だぞ。お前らピヨピヨの学部卒とは ほうれい線の数が違うんだ。そんなに気安く絡んでこないでいただきたい。せめてペペロンチーノぐらいにしておいてくれ、次やったらニンニクぶっかけるぞ。
とはいえ、これだけ毎日毎日自慢され続けたら、不思議と彼女が欲しくなってくる。会議の会議による会議のための会議を乗り越えるにはパートナーが欠かせない。千里の道も残クレアルファードからということで、昨年の10月、まっちんぐあぷりに登録した。
同期らもアプリを使って相手を見つけたらしいが、彼らはPairsを使ったとのこと。Pairsは日本最大のマッチングアプリ。容量は1GB以上あり、旧世代スマホの記憶容量を一撃で粉砕してしまう。おまけに会員数まで日本最多。袖振り合うも多生の縁。PairsのPはPaypayのP。出会いが欲しいならPairsを選ぶべき、というのは第一原理計算で証明されている。
私は北大博士課程の電気化学分野を一年飛び級修了した。第一原理計算など、ネルンスト式とバトラーボルマー式をこねくり回して、フィックの拡散法則で無限小に圧縮してやる。そもそも、カルボナーラと同じアプリなんか使うつもりはない。人が右なら私は左。赤信号、みんなで渡れば青切符。彼らと異なるアプリで相手を見つけて世界平和を保つ。
PairsじゃなければWithがいいんじゃないかと思い、Claude aiに相談したところ、「それ、めちゃくちゃ筋がいい。正解!」と返された。そうかそうか、ありがとうございますと勢いで課金登録し、半年活動した結果、全くダメだった。どれだけいいねを送っても、相手からのリアクションを得られなかった。
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私にはキャリア志向がある。今は国内で働いているけれども、いずれは海外を舞台に働きたい。一か所に定住する生き方よりも、複数拠点を転々とする駐在員的スタイルが望ましい。学生時代も北大と筑波の二拠点研究生活をしていて、気分も進捗も素晴らしかった。在宅ワーク中、10分に一度は立ち上がって四股を踏むほど多動的性向だから、多拠点生活が合っているのは間違いないだろう。
海外で働く夢を叶えるには、やはり外国語を話せるようにならなきゃいけない。商談を決めるのにも亡命するのにも言葉の力が求められる。語学の王様といえばスワヒリ語。次点でスペイン語とスウェーデン語。スロベニア語も見逃せないし、死語だがスキタイ語も忘れてはならない。
世界には様々な国と文化があり、コミュニティーの数だけ言語がある。だが現代社会は便宜上、英語と笑顔を世界の共通言語と定めた。笑顔の方はもう大丈夫なので、英語の力を高めていく。
Withで半年活動した結果、なかなか困った事態になった。前置詞のwithが無理になった。withを見るたび眉間が三段腹になり、腕には鳥肌が立って鳥になる。
withを嫌いになれば英文が読めなくなる。It is with a heavy heart that I must inform the team the office coffee machine has passed away.(断腸の思いでチームの皆様にお知らせします、オフィスのコーヒーマシンが永眠いたしました。)なんか、三語めでもう集中力が散る。With all due respect, sir, your PowerPoint has 87 slides and we have 15 minutes.(失礼ながら申し上げますが部長、そのパワーポイントは87枚あり、我々に残された時間は15分です。)に至っては文章のアタマで泡を吹く。
withを読むのがダメなのはもちろん、withを使うのも難しくなった。自分の口からウィズ…と言おうものなら、口から止めどなくゲロが漏れ出る。なんとかwithを使わず英作文を試みるも、そうは問屋が卸さない。withは文字通り人間と寄り添ってきた。今さらwithをwithoutでwitheringしようとしたってwith支配圏からは逃れられないのだ。
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語学力アップには目標が必要である。TOEICはもう飽きた。TOEFLやIELTSは違う気がする。育毛でも植毛でもない、何にしようかなと検討にアグー豚を重ね、B1以来8年ぶりに英検に申し込んだ。5/31に一次試験があり、通れば7月初旬に二次試験。
英検はTOEICと異なり、ちゃんと服を着て受ける必要がある。試験監督への賄賂も禁じられており、欄外への落書きはセンス次第で加点対象となる。また、読み書きに加え、エッセイ力やスピーチの力も試される。
英検のリーディング問題を眺めると、大問1からwithのオンパレード。長文読解ではひと段落ごとにwithとのご対面。リスニングもナレーションや選択肢にwithがふんだんに用いられる。ライティングに至っては問題文にwithがある。嫌だなぁ……
今までは内容に沿うものを選んでいた。問題文をしっかり読み込み、検討に検討を重ね、いまのままではいけないと思っている、だからこそ、今のままではいけないと思っている…と長考し、世界情勢と近隣諸国との関係に配慮した遺憾砲で済ませてきた。
今の自分は、withが含まれていないものから選んでしまう。片っ端からwithを削除し、with抜きの選択肢から最善手を考えるだろう。こんな状態で受かるわけがない。いや、案外受かるかもしれない。本番でwith抜きの問題文が用意される可能性がある。二郎ですらニンニクを抜きに出来るのだから、英語協会にも頑張ってもらわねばなるまい。
週末、英語の勉強にくたびれて、広島城へ鯉を観に行った。エサを買って水面に投げ入れながら、二次試験に向けて小声でスピーチ練習。エサを見つけた鯉が遠くから泳いできてエサを食み、バッシャン、バッシャンと飛び跳ねて嬉しさを表している。そうか、そんなに嬉しいか。人のカネで食うメシはそんなに美味いか。それならばと、エサをもうひとセット買い、元の場所へ戻った。ヤツはいなかった。ヤツは、外国人カップルのもとで餌付けされていた。
「Without you」ということだろうか。あ~、しんどい。南無南無、南無南無……
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