七夕

令和七年七月七日。トリプルセブンのラッキーデー。パチンコだったら確変モードになる。打てば打つほど儲かり、脳汁が鼻から漏れ出てくる。競馬だとゲート7の馬は着に入りづらい。逃げ切り型も、差し切り型も、内枠の方が強い。
七月七日は七夕。織姫と彦星がデートする日。言い伝え曰く、ふたりが会うのは年に一度だけらしい。
彼らは十五光年の遠距離恋愛。年イチデートで熱量を維持している。年一回で関係を維持できるだなんて凄い。せめて月イチで会いたくはないか。顔を見なければ寂しいと思うんだけれども。人間の常識を星座にそのまま当てはめて考えてはいけない。星には星のフレームワークがある。多様性の時代だ。星の考えも尊重しなければ。
…そうか、今どきの星はオンラインツールを使えるのか。織姫も彦星もTeamsミーティングしているのだろう。「今日アサインできます?」「待ってくださいね…ちょっと厳しいですねぇ~。リスケしますぅ~」「よろしくお願いしますぅ~」こんな感じか。
銀河系には、弊社お手製のオンラインツールが隅々まで配備されている。弊社員がどこへ出張してもテレワークできるよう、弊社IT本部が頑張って整備した。弊社支給のPCを開き、Wi-FiへVPN接続。ワンクリックで恋人の顔を見られる。さすがはスーパー・ハイパー・ウルトラ・超・どんだけ・エクセレント・カンパニー(SHUCDEC)。影響力は地球内に収まらない。
さて。
人間界では七夕に何がしかの願い事をする習わしがある。何でもいいから思うことを挙げる。欲望の赴くまま、あんなことやこんなことを妄想する。胸の内にあるものを短冊に書き写していく。学校や神社や公民館で木にくくりつける。
人の願いごとを眺めるのは面白い。「○○大学へ合格しますように」「△△くんと付き合えますように」「博士号を食べられますように」「無事に転職できますように」。皆、好き放題に言っている。欲望にまみれた短冊からは負のオーラが放たれている。ギラギラした願いにはギラギラオーラが出ている。金銭系の祈りには銭の音がする。他人の幸せを祈る短冊をひとつも見つけられない。こういうときこそ周囲の幸せを願えばいいのに。
自分だけ気持ち良くなってもつまらなくはないか。自分の願いは自分で叶えられる。叶うまで努力すれば何とかなる。
他人の願いは自分ではどうしようもない。他人を喜ばせたいときこそ天の力を借りる。あの人を幸せにするには自分だと役不足だから助けてくれ、と。神様も「よっしゃ、分かった。一肌脱いだるわ!」と前に乗り出す。望み通り、あの人がニコニコになる。別にそのとき自分が隣に居なくてもいい。遠くから笑顔のあの人を確認し、気付かれないよう立ち去るぐらいが丁度いい。
今年は誰を幸せにしようか考える。
あの人にしよう。神様、お願いします。
訪問営業

会社からヘロヘロになって帰ってきた。今日も本当にひどい目に遭った。
えげつない帰宅ラッシュ。乗客同士のプレス加工で胴体がもみじ饅頭になった。おまけに、見知らぬ乗客から難癖をつけられた。「おい。足、踏むなよ!(チッ)」誰もアンタの足なんか踏んでいないよ。どうかストレスのはけ口にしないでくれ。これだから公共交通機関はいやだ。徒歩か自転車か ほふく前進 こそ安全で快適な移動手段と再認識した。
スーパーで夕食狩りを試みる。今晩は鶏むね肉を蒸して食おう。なんと、鶏むね肉が売っていない。鶏もも肉すら売っていなかった。豚肉も無かった。何ならあるんだ。100g300円超の国産和牛か、流状調味料の中に浸漬された豚肉の塊だけ。これならイワシ缶でも食っていた方がいい。食材調達を断念。河川敷で巨石を130km/hで対岸へ射出し、うっ憤を晴らしてから家の扉を開けた。
帰路の広島も30℃超え。到底”無視”できぬほどの”蒸し”暑さ(黙れ)。自分と服とリュックの境界線が汗で滲んで消えた。もはや私はシャツなのかもしれないし、ズボンでもリュックでもあるのかもしれない。どれか選ぶとしたら、リュックだろうな。リュックになれば、少ない稼働時間で済む。移動時間だけでしか気を張らなくていい。シャツやズボンは人の動作へ常に追従する。しんどいこと、博士課程の如し。ま、大学教員よりかは楽かな。
お腹がすきすぎてアンパンマンになりそう。顔が溶ける。在庫納入はひと月後。これはまずい。大わらわで顔を調理していく。シャワーを浴びてなどいられない。家じゅうを駆けずり回って、命懸けで顔を拵える。冷蔵庫から炊飯済み玄米と1/5のキャベツを出す。キャベツは丸かじりで十分だろう。主菜はやっぱりイワシ缶。あとはゆで卵でもあれば十分か。幸い、2個残っていた。すべてを皿に載せて、テーブルに持って行く…
腰が椅子に降りる20cm前でインターホン。うっ、、、立てるか。立てない。椅子にドッシリ腰を下ろし、根を張った。
モニターを見たところ、訪問営業らしい。夜に来る営業などロクなもんじゃない。NHKか、宗教か、Oープンハウスか。そのどれかだと思っていい。テレビは持っていない。私は伊勢神道家。絶叫系でもなんでもない。居留守を決め込む。はよ帰ってくれ。
インターホンは20秒で切れる設定になっている。つまり、20秒粘ればこちらの勝ち。
切れた。あっけなく勝利を収めた。今回は弱かったな。出直してこい。
3秒後、またインターホンが鳴る。ホンマに出直してくるヤツがどこにいるんだ。うるさいなぁ。飯を食わせてくれ。こっちは腹がへって、顔が溶けそうなんだ。顔が溶けたらどうしてくれるんだ。帰れ、帰れ。「終了」ボタンを押す。強制終了。第二ラウンドも、こちらの勝ち。
静寂が訪れた。力で勝ち取った平和。ローマ帝国よりも神聖なるディナータイム。食事は炭水化物から食えと云われている。ということで玄米から頬張る。ひと粒ひと粒の甘みがたまらない。満員電車の疲れが癒える。玄米を難癖乗客に見立てて、わざと緩急をつけて噛んでは、放す。見ろ、人がまるでゴミのようだ! 弊社万歳。どうもありがとうございます。
次はイワシ缶……またゴングが鳴る。訪問営業・第三ラウンド。
しつこいなぁ。何なんだよ、さっきから。粘着質なヤツは嫌われるぞ。ネットで「やけん、モテんと思う」って言われるぞ。ま、粘着質でなくてもモテないけどな。現代社会の恋愛は博士課程早期修了より難しい。早期修了できるからといって、彼女ができるとは限らない。そんなのホンマにどうでもいいわ。おっちゃん、はよ帰ってくれ。『開錠』うわっ、押し間違えた! 『ありがとうございま~すぅ!』来るなって、マジで。えっ、今からこの人を相手にせなアカンの?
訪問営業との決戦に備えて、今のうちにエネルギーを蓄えておく。玄米とゆで卵を大急ぎで。ゴホッ、ゴホッ! むせ返った。床がひまわりになった。それはゴッホや。ひまわりなんて上等なものじゃない。ここはゲロ畑や。どうもありがとうございます。
インターホンが鳴る。掃除させてくれって。また鳴る。もう、分かったよ……
「NHKですか?」
『いえ、違います』
「宗教勧誘ですか?」
『そうとも言えます』
「Oープンハウスですか?」
『あるいは、そうかもしれません』
「じゃあ、、、何なんですか?」
『私ども、○○エナジーと申しまして…』
なんだ、格安電力サービスの案内だった。だったら最初からそう言ってくれよ。NHKかと思ったじゃないか。
○○エナジー?? なんか聞き覚えがあるぞ。株で見たんだっけな。それはアストロエナジーか。いや、競馬だったか。たしか逃げ馬のマルターズアポジーだったっけな…
思い出した! 札幌時代にお世話になった電気サービスだ。そういえば、学生時代も勧誘がしつこかった。あまりに執拗で、営業マンがスッポンに見えた。ちょうど相手はスッポンのような体格だった。相撲をとったら絶対に負かされるようなゴツさだった。相手が すっぽんぽん ならマズいけれども、スッポンぐらいならまぁ許容できる。
○○エナジーは、確かに安かった。北海道電力から切り替えたところ、電気代が半分以下になった。北海道外で使えるとは思っていなかったから、広島への引越しを機に解約した。
営業マンのマシンガントークが幕を開ける。
今日は暑いですね~。(知るかボケ)お客さん、会社から帰ってきたところですか?(なんで言わなアカンねん)先月から何度かインターホンを鳴らさせていただいたのですが、なかなかタイミングが合わなくて。(しつこいねん、ホンマに)全部、はあ、はあ、と生返事。テキトーにあしらって、早く帰ってもらいたい。
これがちっとも帰らないんだな。札幌時代のすっぽんぽんより遥かに粘り強い。この人、ひょっとしてガクチカに「納豆のようなウンタラカンタラ」と書いたてきたタイプではないか。これは強敵だ。なぜ開錠してしまったか。頭を抱える。ネコパンチでもしてやろうか。
質問が核心部分に触れる。
『お客さま、いまどちらのプランをお使いです?』
「中国電力の、えーっと、なんだったけな…… あ、ヤサイニンニクアブラカラメで」
『えっ!?』
理不尽には理不尽で返す。
こっちにはね、後ろで晩ご飯が待っているんだ。いいから早く食べさせてくれ。顔が溶ける。溶ける前に腹を満たしたい。すっぽんぽんさんは夕食を食ってから来たのだろう。さも”オレ、めちゃくちゃ美味い鰻重を切ってきたぜ”と言いたげな、満ち足りてテカテカな表情を浮かべている。早く帰ってもらうには、営業マンの話を最後まで聞き切ってしまうのがいい。黙ってふん、ふん、と右から左へ。
私が話に食いついたと思ったのか、すっぽんぽんは何やらパネルを持ち出して説明し始めた。玄関先はジャパネットたかたTVじゃないんだよ。甲高い声は近所迷惑だ。「お使いの電力プランより安くなります!」安く? それを早く言ってくださいよ。
ふと疑問に思う。なぜこんないいプランをわざわざ向こうから押し売りしてくるんだ。良いモノだったら、押し売りする必要がない。絶対に裏がある。知性を総動員して考える。指導教員から教わっただろう。現象には必ず理由がある、と。パネルを隅から隅まで眺める。見逃していない小文字は無いだろうか。
『いまご契約いただいたら、今からさらにお安くしておきます』
(ますますジャパネットたかたになってきたなぁ)
「あ~~…… やっぱヤサイマシマシニンニクアブラカラメで!」
『えっっっ!?』
ライフラインの衝動買いは危険。後で調べてから折り返し連絡した方がいい。
「そうおっしゃる方の中で折り返し連絡してくださる方っていないんですよ」よく分かってるじゃないか。そうだ、そりゃそうだ。これだけ玄関前でイヤな思いをさせられたらねぇ。後で自ら電話代を払ってでも契約する気など起こらない。京都人が ぶぶ漬けでもいかがどすか と言うのと同じじゃないか。そりゃぶぶ漬けのひとつやふたつも出したくなるわ。いいから早く帰ってくれ。帰った帰った。帰ってくれた。これでようやく夕食にありつける。
すっぽんぽんが居なくなってからネットで○○エナジーを調べた。よく見たら、確かに安いらしい。いま使っているプランよりも安い。違約金を払ってでも乗り換える価値がある。念のため、プラン画面をスクショして、ChatGPTのo3モードとGemini 2.5Proで徹底分析。重大な懸念事項はなさそうだ。両者とも「乗り換えるべき」との判定を下した。念には念を入れ、両者のDeepResearch機能を使って再調査。これでも問題は見つからない。もしかして。ひょっとして……
こりゃたまげた。あのすっぽんぽんはいい人だったのか。NHKでもない。宗教か、あるいはOープンハウスかもしれない。そんな怪しげな人がいい商品を持ってきてくれた。にわかには信じがたい。ひと晩寝かせて考える。夢の中にまで出てきやがった。分かったよ。分かったから、契約するから。
翌日も同じ時間にやってきた。
『ねっ、安くなるって言ったでしょ?』
「あっ、ヤサイニンニクアブラカラメで」
契約した。○○エナジーさん、これからよろしくお願いします。

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