試験へ
最近、血を沸き立たせるために鉄分サプリを摂取している。ただ鉄剤を摂るのも不味いので、毎週末JFEスチールの福山工場の近くまで行き、空気に舞い散る鉄鉱石の粉末を思い切り吸って、しっかりむせ返って”これで良し”としている。本当はそんなこと全然なくて、密林ジャパンで入手したグミのサプリメントを一日ふた粒ずつモグモグしている。おかげで気分がものすごく良い。雨上がりに虹を見つけ、しかもその根元を見つけた時ぐらい良い。
試験当日朝は5時55分55秒に起きた。ものすごく縁起のいい番号に目を細めていたら、興奮しすぎて鼻血が出てきた。鉄分を摂りすぎたのかもしれない。あるいは鉄緑会に行きたいのかもしれない。鼻の穴にティッシュの箱を詰め込もうとして、どう考えても無理やん、なにやってんのと思い直し、小指を突っ込んで止血した。
5:55:55に既視感があり、思い返してみると、一浪で北大受験当日に起床した時刻と同一だった。あのときは郷ひろみにハマっていて、深く息を吸い、喉が枯れるんじゃないかというほどデカい声で「郷でーす!!!」と叫ぼうとして思い止まった(えらい)。北大総合理系には次席合格した。全教科とも会心の出来で、数学は143/150、英語と理科は両方とも8割だった。あのときのように最高のパフォーマンスを一級本番でも再現できたらいいなぁ。
日課の散歩を済ませ、朝からブラックニッカを割ってハイボールを作る。試験本番は緊張するから、ちょっと酔って神経を緩めておくぐらいがちょうど良いのではないかと思って。そう考えて飲みはじめたら、割る量が少なすぎたのか深酔いしてきた。おいおいおいおい、大丈夫か。酩酊してどうすんだ、起きろ。おーきーろ!
在宅勤務中に押し寄せてきたヤクルトBBAレディーから買ったヤクルトを飲んだ。すると酔いが、”家にパスポートを忘れてきた”と空港で気付いた海外旅行客と同じぐらい一気にスッと醒めてきた。ああ、よかった。危うく酔う所だった。一級では運転実技試験もあると聞くし、もうちょい酔いを醒ましておいた方がいい。
昼飯には玄米とイワシ缶を摂った。魚を食べると頭が良くなり、酩酊したぶんの思考レイテンシーを最低限に抑えられる。大学入学翌日から毎日続けている魚缶連続摂取記録を3346日に伸ばした。
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着席指定時間40分前に会場入りした。会場は某中高一貫校で、共学らしく、弊社や北大の100倍は綺麗だった。受験者の年齢層は非常に若かった。TOEICなんかよりずっとずっと若い。トンカツ女子の常套句「昔は私も若かったのよ」ではなく、実際に0~10代の数が際立っていた。人口密度はジャカルタレベルで、これなら日本の未来も大丈夫だなと、ウンウン頷いて教室に入った。
座席表が見当たらずキョロキョロしていると、黒板に「席は自由です」と書いてあった。そうかそうかと床によっこいしょしかけたが、流石にそこは席ではないような気がして、最大限の理性を発揮して椅子に鎮座した。私の得意ポジションは右ウイングバック。攻守において上下動が激しく、最も消耗するポジションで戦っている。英検も同じポジションで戦いたいので、壁際の右サイド中盤に座った。
椅子が硬く、しかも低くて小さい。痛すぎてお尻が三つに割れてしまいそう。一応173cmの学生の標準サイズらしく、175.01cmの私には規格外である。じゃあ床で受けますかと尋ねられると、流石にまだ床の方がいい(いいんかい)。しかし、衆人環視されている場所で出過ぎた振る舞いをするのも良くないし、健康で文化的な最低限度の野蛮人として椅子に座っておいた。
机の上を見ると、めっちゃ小さな文字で〇っぱいと書いてあって安心した。共学の学生でもこういうこと書くんだな、男子校生と一緒だなと目を細めた。一応、これから人生を懸けた試験を受けるので、お〇ぱいとか書かないでほしかったけれども。おっは〇いとか書いてあったら、試験よりおっぱ〇が気になって仕方なくなる。カンニングを疑われるのも癪だし、でもせっかく私を喜ばせようと書いてくれた心意気を消すのもアレなので、試験終了まで受験票で覆い隠しておいた。
教室の壁には、壁紙が見えないほどの模試案内で埋め尽くされていた。駿台のものもあれば、河合塾のものもあり、代ゼミに北予備、京大進学会など、塾業界との癒着アピールが凄まじかった。懐かしいなぁ。こういうの、いっぱい受けたなぁ。高三の秋に京大模試でA判定取ったときは絶対受かると思ったけどな。判定なんかちっとも信頼できねぇんだよ、だから統計学は嫌いなんだ。
模試の張り紙の中に、我らが北大の本番レベル模試も見つけた。その扱いは、映画のエンディングロールにおけるエキストラぐらい小さく、あまりに遺憾すぎて立ち上がりかけた。この高校の進路指導者を見つけ次第、羊に換えて北大農場に閉じ込めてやる。壁には大学の難易度表も貼ってあった。我らが北大は九大と同レベルで、神戸大やお茶の水大よりも格下扱いで、どう考えても北大が世界No.1だぞふざけんなと遺憾砲で壁に穴をあけておいた。
にしても、教育熱心な学校だな。これからAIが進化すれば、従来型の勉強なんか全部意味なくなってしまうのに。今さらテキストを一生懸命暗記してどうするんだろう… と一生懸命単語を覚えて英検を受けに来た私が言っても仕方ないか。
壁には学校の利用方法も事細かく記されていた。なんでも、食堂の利用時間が、中学と高校で分けられているらしい。あと、食堂では、食堂で買ったものしか持ち込んではならないのだそう。グラウンドに至っては、中学生と高校生の利用日が奇数日と偶数日で分けられている。どれだけ厳格な学校なんだ。私の出身校では、食堂でサッカーしているヤツがいたぐらいなのに。
試験に備えて単語の復習をしていたら、隣に小学生が座った。見た目は子供、頭脳は大人、ホンモノのコナンくんが現れ、息をのんだ。一級には小学生も受けに来ると聞いていたが、まさか本当に受けに来るとは。それも、一人や二人ではなく、何十人も受けに来ていた。コナンって何十人もいるのか。一人だけじゃなかったのか。私が小学生のころなんかeyeすら読めなかったのに、今どきの小学生って凄いんだな。
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試験20分前になり、試験官が入室してきた。おそらく近くの大学のバイトと見受けられる、髪色がレインボーとゴールドの日本人女性が二人、机間巡視し始めた。さすがは英検、多様性にもほどがある。緑やピンクなら見たことあるけれども、レインボーに染めた人とは初めてお目にかかった。はじめまして。
氏名と好きな食べ物を申告すると桃色のひもを渡され、うっ、と息が詰まった。桃色はやめてくれ。苦手なんだよ。マチアプ時代に読んだ絶苦死胃の悪夢がよみがえり、心拍数が160bpmまで跳ね上がった。ひもは試験中に首から下げておくらしく、自分も誰かのひもになって楽に暮らしたかったなぁと天を仰いだ。
試験開始10分前に音源の音量調整があり、そこから無音の静寂が続く。1分前から深呼吸して集中力を高めると、梵我一如の境地に至った。
就職してから今日まで勉強を積み重ねてきた。一級の問題に歯が立たないレベルから、歯が食い込むぐらいには持ってこれた。本番ではどうなるか分からない。うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない。今の自分なりに最善を尽くしたい。100%の力で走り切れれば、結果はどうあれ、納得できるだろう。あと、試験会場に居る全員が、パーソナルベストを出せますように。
さぁ、いくぞ。
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