アカデミアを離れることに決めた3つの理由

札幌と筑波で蓄電池材料研究をしている北大化学系大学院生のかめ (D2)です。2040年以降の実現が予想されている革新型蓄電池(リチウム空気電池、リチウム硫黄電池など)の実現に向けて基礎研究を行っています。

自分の将来について考えた際、アカデミアに残る選択肢を消さざるを得ませんでした。この記事では、アカデミアの外へ足を踏み出す選択をした理由について話します。

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ヴァーチャルよりリアルに価値を見出す自分

昔からずっと変わらないのですが、ヴァーチャルなモノよりリアルなモノに価値を見出そうとする傾向があります。中学・高校時代に学校で初音ミク (ボーカロイド)が流行った時は「あんなものの何が良いのだろう…」と全く訳が分かりませんでした。漫画だってアニメだってヴァーチャル空間だってそう。良さが全く分からない。とてもじゃないけど人間的な温かみを感じられず、”自分がこの世界に取り込まれてしまったら”と考えるだけでおぞましくなったのです。いや、「怖い」と言った方が正しいか。突如出現した未知なる対象を理解できず、ただ呆然と立ち尽くすだけでした。理解しようという努力は試みました。初音ミクが好きな友達に初音ミクの魅力を質問したり、YouTubeで初音ミクの歌を聴いてその良さを見出そうともしたりしました。結局、全然分からないのです。何が良いの?いったい何が嬉しくてみんなこの無機物へ夢中になっているの…?

自分以外の存在に全く興味が無いわけではありません。人間には興味があります。二次元の女の子には興味が無いけども、三次元の女の子にはちゃんと関心を寄せています。ただヴァーチャルなモノに一切の関心が無いだけなのです。トイレに流した自分の便の行く末と同じぐらい知的好奇心をそそられません。SF小説でさえ読み切るのがなかなか難しいほど。脳がストーリーの受容をどうしても頑なに拒絶してしまいます。現実に即した純文学ならば幾らでも読めるのですがね。脳の構造的な問題なのでしょうか。

自分の研究が進めば進むほどヴァーチャルな世界の実現が近づく

日本政府はムーンショット計画に基づき、2050年に電脳社会を実現させようとしています。コレ、嘘ではありません。内閣府のホームページに『人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現』すると記されていますから1。人間同士の触れ合いからアバター同士の交流に変わるのです。リアルな体験をしようと思ってもできず、ほぼ全ての営みがヴァーチャルなものに変わってしまう可能性がある。ムーンショット計画を達成すべく、国は人工知能や半導体産業へ巨額の研究費を投資しています。もちろん、蓄電池産業へも、です。お世話になっている国研には毎年数百億円もの補助金が流れ込んでいますから。

補助金の恩恵を受けておいて言うのもアレなのですが、私は正直、国の目指す電脳社会が実現して欲しいとは全く思いません。何もかもがヴァーチャルに変わってしまっては生きている実感を味わえないでしょう。人間生活の何が楽しいって、『身体、脳、空間、時間の制約』があるから楽しいんですよ。”限られた資源をどうやって使うか”と頭を使い、ごちゃごちゃと創意工夫する過程が最も面白いのです。それを何だ、最先端の便利ツールで『制約』を取っ払ってしまっては興醒めじゃないですか。どうして私の楽しみを奪うんですか。本当に勘弁して下さい。面白い世界を奪わないで欲しいです。

自分の研究に思いを馳せてみた時、ハッと気が付いてしまいました。「自分の研究が進めば進むほど電脳社会の実現が近付いてしまうじゃないか…」と。電脳社会に蓄電池の存在は不可欠。今のリチウムイオン電池より何倍も大容量で、何倍も高出力な電池が必要です。私の研究課題はその次世代電池の動作原理を明らかにすること。もしも研究がゴールインすれば次世代電池実現の足掛かりになるでしょう。

私は泥臭さ全開の原始的な世界で生きていたい。なのに、泥臭い作業(研究)の果てに面白くない電脳世界が待ち受けているだなんて酷すぎる。研究という行為自体は面白いし、とても気に入っています。研究を生業にしても良いぐらいにお気に入りです。雑誌からリジェクトされたり、理不尽な仕打ちにあったりすることも多い。でも、少なくとも自分に研究者としての適性はあるのではないか、向いているのではないかと思います。研究者として電池材料を今後も研究していった場合、【面白い研究vs.面白くない未来】という構図と永遠に向き合わねばなりません。解決するはずもない矛盾。研究を選べば未来は絶望的だし、研究を選ばなければ選ばないで研究できない不幸に悩まされることになるでしょう…

自分はリアルな世界に生きたい。アカデミアに居たらリアルの側で生きられない

留学中、自分の将来についてじっくりと考えてみました。

  • ”研究”を選んで日常の幸福を得、その引き換えに絶望的な未来を受け入れるか
  • ”研究”を選ばずリアルな世界へ出、その引き換えに研究できない苦痛を受け入れるか

この究極の二者択一へ答えを見出そうと試みたのです。良い所取りをしようと思っても無理。両者の中間にあたる選択肢を見つけようと思っても不可能でした。

さんざん悩んだ末、帰国数日前、ついに答えを出しました。自分の幸せはリアルな世界でこそ見出せる。電脳社会なんか見たくない。否、ヴァーチャル世界が実現して欲しいとはちっとも思わない。リアルな世界で生き続けたい。アカデミアに居たら自分の希望はおそらく叶えられないでしょう。アカデミアを出るしかない。博士修了後、企業へ就職するしか他に道はありませんでした。

自分の仕事の成果がヴァーチャル空間だけでしか確認できないのは味気ない。天から授けられたこの命は、リアルな世界を燦然と輝かす方面に使いたかったのです。地上にドカッと君臨している成果物を眺める方が充実感を味わえそうに思えました。アカデミアに居続けてはこの充実感とは真逆の方向に進んでしまうでしょう。本当はアカデミアに残りたかった。研究者ってなんだか素敵。新聞やメディアでスポットライトを浴びるような有名研究者になったらもっとカッコいい。自分もカッコいい何者かになりたかった。でも、己の哲学に反してまで研究者になるのは不可能でした。

リアルな世界の側で生きるために研究の道を諦め、就職する事に決めました。アカデミアに残る選択を下せず、本当に残念です。

最後に

アカデミアの外へ足を踏み出す選択した理由はコレで以上。”企業に就職する”と決めた以上、心機一転、内定を頂いた企業で腕をブンブン振るいたいと思います。

脚注

  1. ムーンショット目標1 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現- 科学技術・イノベーション – 内閣府 (cao.go.jp) ↩︎

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