
中旬:雑誌会

M1前期の雑誌会は、つくば帰還から2週間後に行われた。担当する論文は2ヶ月前から決まっており、つくば出張中に十分な読み込みを済ませていた。
論文の不明点については、つくばの国研で著者本人に直接質問して解決していた。そのため、帰札後の2週間はスライド作成に専念することができた。新たな疑問点も適宜解決し、発表の3日前には準備を完了させた。
本番ではイントロの構成について指摘を受けたものの、全体的には順調に進行した。これまでの経験が活きて、質疑応答も昨年より格段にスムーズになった。2度目の雑誌会にして、既に慣れの感覚が芽生えていた。
最小限の労力で効果的な準備をする方法、発表での印象管理と和やかな質疑応答の進め方。この二つのコツを体得できたことで、以降の雑誌会では落ち着いて臨めるようになった。

下旬:国際学会への申し込み

気がつけば9月初旬の国際学会への参加が決まっていた。指導教員から軽い調子で申込みを依頼され、内心では戸惑いながらも準備を始めた。後になって、この経験が学振DC1申請に有利に働くことを知り、教員の配慮に感謝することになる。
英語での申込み手続きは初めての経験で、大量の募集要項に圧倒された。First nameとLast nameの区別から始まり、住所入力の方法まで、一つ一つがチャレンジだった。指導教員の助けを借りながら、英語版アブストラクトも作成した。
エントリー代の支払いでは失敗もあった。研究室のクレジットカードを使えばよかったものを、自分のカードで決済してしまった。後の立替手続きで、指導教員と秘書さんに余計な手間をかけることになってしまった。
下旬:大発見に歓喜

つくば出張で得たデータを指導教員に見せた時のことだ。いつもは穏やかな先生が突然興奮し始めた。「Nature級だ」という言葉に、最初は意味が飲み込めなかった。
リチウム二次電池の研究分野で、これまで注目されていなかった溶解側の問題を発見したことが画期的だったのだ。実験の再現性は十分確認済みで、データの信頼性には自信があった。この発見が特別だった理由は、後の調査で明らかになった。私が設定した超高電流密度での実験例が過去にほとんどなく、遊び感覚でやっていた実験が電池研究の盲点を突いていたのだ。
指導教員とつくばの共同研究者との相談の結果、インパクトファクター42のCell系列の雑誌への投稿を目指すことになった。この時は喜びに沸いていたが、これが一年以上続く長い挑戦の始まりとは知る由もなかった。
博士課程への思いの深まり

Dの意志は4月の30%から5月の50%を経て、6月末には90%まで急上昇した。Nature級の実験成果が出たことで、研究の面白さと可能性を強く実感したからだ。残りの10%には、まだ払拭できないモヤモヤが潜んでいた。最大の不安は、博士課程の3年間でメンタルを病まないかという点だった。私は起こっていない事まで心配してしまう性格だ。その性質が、博士課程での精神面の不安を必要以上に大きくしていた。心配するよりも行動する方が建設的なのは分かっていたが、慎重に確認したい気持ちも強かった。
「石橋をたたいて渡る」ように慎重に検討を重ねていた時期だった。むしろ石橋を割れないか確かめるくらいの勢いで、リスクを真剣に考えていた。この慎重さが、完全な決意に至るまでの最後の壁となっていた。

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