博士課程進学に向いているのはどんな人か【3パターン紹介】

札幌と筑波で電池材料研究をしている北大化学系大学院生かめ (D2)です。M1の9月に博士課程への進学 (D進)を決意。研究室史上初の課程博士生として、日々、茨の道を傷だらけになりながら切り拓いてきました。

D進してから2年が経ちますが、つくづく感じます。「自分は博士課程に向いていなかったんだな」と。研究生活を全く楽しめていないのです。修士までは自他共に認めるほどの研究好き。けれども、博士課程の二年間で研究が大嫌いになってしまいました。人生の幸福度はD進を境に急降下。今では苦しくて仕方がありません。毎日のように”こんなもの、早く辞めてしまいたいなぁ…”と思ってはグッと堪える繰り返し。

この記事では、自分の経験を踏まえ、D進に向いている人の特徴3パターンご紹介します。

  • D進を検討していらっしゃる方
  • もしかして自分はD進に向いている/向いていないんじゃないかとお感じになった方

こうした方々にピッタリな内容なので、是非最後までご覧いただければ幸いです。

かめ

それでは早速始めましょう!

目次

心の痛みに超鈍感な人

D進するなら心の健康さが不可欠。ただでさえ病みやすい大学院生活をあと3年間も続けるには健やかなメンタルが欠かせません。

心が健康そうな人の『健康さ』には、大きく分けて2通りあると考えています。

  1. そもそもストレスを感じないがゆえ、メンタルヘルスに何の問題も生じないタイプ
  2. ストレスを感じやすい気質だけれども、趣味で気分転換してストレスをうまく発散できるタイプ

博士課程を問題なく走り抜けられるのは①のタイプ。心の痛みに鈍感であればあるほど順風満帆な研究ライフを送れるでしょう。研究室での生活は理不尽に満ち溢れています。実験が思い通りに進まない、先生や後輩から酷いことを言われてへこむ、一生懸命記した論文が何回も雑誌会社からリジェクトされる…など。理不尽な仕打ちを受けるたびに落ち込んでいてはキリがありません。辛い出来事が身にのしかかるたびにへこんでいたら立ち直れなくなります。その点、鈍感な人は幸福です。なんせ、理不尽を理不尽とは感じないのですから。日常の些細な出来事と同様、理にかなわない出来事をも淡々と受け入れられる。気持ちを落ち込ませず冷静に『じゃあこれからどうしようか』と頭を切り替えられるでしょう。

博士課程に”良い意味での鈍感さ”は必須のスキル。反対に、敏感な心の持ち主であれば進学後、大変苦労させられるでしょう。現に私自身が日々、地獄を味わっている状態。辛い出来事が起こるたびに大きく落ち込み、それまでやっていた作業が手に付かなくなっています。趣味の読書やランニングで気晴らしして一時的に元気になることは可能。再び辛い出来事に見舞われると再度、心の状態がどん底にまで落ち込んで苦しむのです。D進してから今までに何度「死んでしまいたい」と思ったか分かりません。メンタルを壊しやすい私のような学生がD進すると不幸になるでしょう。

走りながら休める人

博士課程へ進学したが最後、完全なる休息の時間は博士号を掴み取るまで訪れません。博士課程では出版論文数のノルマ達成に向けて実験を行ったり、学会発表の準備をしたり、学振DCやフェローシップの報告書を書いたりと大忙し。特にノルマのクリアが厄介。博士修了要件を充足するまでの間、頭の中では常時『あと〇報…』と論文の存在がチラついて消えないのです。論文を書かなきゃ修了できない。論文執筆には心のゆとりが不可欠。しかし、博士課程では理不尽な目に遭うことが多く、心のゆとりを保つのが難しい。その結果、論文執筆へと取り掛かるやる気を起こせず、時間がどんどん失われて焦りだけが募っていくのです。

博士課程を生き延びる上で重要な能力の一つに【走りながら休む力】が挙げられます。頑張るのは頑張るに相違ないけれども、頑張るペースを少しだけ抑えて力を蓄えるイメージです。100%の力で作業していたとき、出力を70%まで落としたら楽に感じられますよね?博士課程では、70%のペースでも完全停止 (0%) している状態と同じぐらい寛げる力が求められます。博士課程在籍中に活動を一時停止すると、仕事量が追いつかず、標準年限で修了できなくなる可能性も。休めないんですよ、完全には。常に研究していなくちゃ3年以内に博士号を取得できません。しかし、人間は休まないと早晩壊れてしまいます。そのため、100の力で頑張っていたものを一時的に70の力で頑張るようにする力加減が重要です。残り30の出力余裕度でもって「あぁ、ゆっくりできて気持ちが良いなぁ^ ^」と思える変態さが求められるのです。

前述したメンタルヘルスの問題とは異なり、コチラの【走りながら休む力】は訓練を重ねれば習得可能。まずは100の出力を20まで落として作業して余裕を感じられるようになり、そののち緩走ペースを30、40、50…と段階的に上げていきましょう。

周りが働いているなか、自分だけ休んでも罪悪感を覚えない人

D進者の多くは20代の半ば。我々が大学院に残って研究している間、修士課程まで一緒に騒いでいた同期の大半は企業や役所で働いて社会を回しています。博士学生の仕事は学術研究。真面目に研究をしている限り、自分と企業で働いている同期とを比べて劣等感を味わう必要はありません。一方で、研究と企業での仕事とを比べれば、社会に対する貢献度は大半の場合、企業の方が上。いつ役に立つか分からない、ヘタをすれば全く役立たないかもしれない研究を”仕事”と銘打って取り組む行為へ罪悪感を覚えるようになります。果たして自分は何をやっているのだろう… 3年かけて大量のゴミを世の中へ産み出そうとしているのだろうか? 思い詰めた末、休みを取るのが何だか申し訳なくなってきます。自分が休んでいる間に社会を支えてくれている同期の顔が脳裏にチラついて辛いのです。仮に無理やり休んだとしても罪悪感を覚えて休めません。100のうち30だけ手を抜くのでさえ徐々に難しくなります。手を抜く程度が20、10、と減っていく。最終的には手を抜けなくなって破滅する運命に…

博士課程を健やかに乗り越えるにあたって【休んでも罪悪感を覚えない力】が不可欠。たとえ周囲がどれだけ懸命に働いていたとしても、自分に休みが必要であれば躊躇なく休み、休息を得られる能力が欲しい所。働いている同期に対して微塵の申し訳なさをも感じてはダメ。堂々と休む。白昼、芝生に寝転がり、うたた寝したり読書したりする図々しさが必要です。既にこの力を備えている方は大丈夫。もしも未だ備えていらっしゃらない方は、休みをとる際、「休んで何が悪い!自分はやることをやっているんだぞ。大丈夫だ」とマントラのように唱えて自らへ言い聞かせて下さい。私自身、クソ真面目なので、D進前は休むたびに罪悪感を覚えていました。ストレス過剰でM2の8月下旬に喀血し、休息の大切さを知ってからは”休むための図々しさ”を養って休めるようになりました。

最後に

D進に向いている人の特徴3選は以上。この記事が皆さんの適切な進路選択の一助になれば幸いです。

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