北大と国研で研究していた化学系大学院生かめ (D2)です。2022年9月、倍率6倍以上の難関を突破して日本学術振興会特別研究員DC1 (学振DC1)に採用されました。あてがわれた研究費は140万円×3年。採用者の中でもほぼ最高額の科研費を支援いただきました。
先月、公開論文説明会を終え、一年繰り上げての早期修了が決まりました。申請書の研究計画に記した研究をほぼほぼやり終えて飛び級したのです。成果を全て論文化したいま、研究計画公開を妨げる障壁は何も存在しません。
そこでこの記事では、DC1内定を掴んだ研究計画を大公開します。学振DCやJSTフェローシップの内定を目指す方は申請書の書き方の参考にして下さい。

それでは早速始めましょう!
研究の位置づけ


当該分野の状況や課題等の背景
2050年のカーボンニュートラルを目指した再生可能エネルギーの活用によるスマートグリッド構築には、リチウムイオン電池(Li-ion Battery, LIB)を始めとした二次電池のさらなる高エネルギー密度化が不可欠である。そのため、LIB用電解液の開発が盛んに行われており、中でも3 mol L⁻¹以上の高濃度電解液 (Highly-Concentrated Electrolyte, HCE)が注目されている¹。HCE中では全ての溶媒がLi+と配位しており(図1)、この特殊構造が従来の商用LIB用電解液(Li塩濃度:1 mol L-1)と比較し、高い分解耐性や高速充放電性能、低い蒸気圧をもたらしている。さらに、最近ではHCEの高い粘性による低伝導率を克服すべく、低粘度の不活性な非配位性溶媒でHCEを希釈した局所高濃度電解液 (Localized Highly Concentrated Electrolyte, LHCE) の利用が提案されている(図1) ²。
LIBの高エネルギー密度化には、最も軽く、最も標準電極電位の低いLiの負極への応用が期待される³。しかし、HCEやLHCE中でLi電極を用いると、充電(電析)-放電(電気化学的溶解)の際、電極近傍におけるLi⁺を取り巻く溶媒和構造が不安定になる。その結果、電極表面形状に凹凸が生じ、最終的にデンドライト形成に繋がってしまう⁴。デンドライト成長したLiはセパレータを貫通し、電池内で内部短絡を引き起こし、発火事故を引き起こす主要因となり、実用化を妨げている。その解決には、Li金属がデンドライト状に析出する要因、及びその形成メカニズムの理解が必須であるが、溶媒和構造と電析形態との関係を議論した研究例はほとんど無い。
本研究計画の着想に至った経緯
従来のLi電析に関する研究は、表面皮膜(Solid-Electrolyte Interphase, SEI)解析やその制御に関するものであった。一方で、電解液中のLi⁺と溶媒との配位構造やその電極間の拡散現象に焦点を当てた研究例はごく僅かである⁵。特にLi⁺の拡散については、実電池内では正極と負極が厚さ数十μmの薄いセパレータを介しているため、電解液中の拡散が端子電圧やLi電析形態などに与える影響が過小評価されている。しかし、申請者らの研究グループによる過去の研究⁴から、高速充放電操作では、LIB中に大電流を流すため、狭い電極間においても濃度場が形成されることが容易に想像される。また、Liと溶媒の複雑な配位構造も、Li⁺の拡散やSEI形成に影響を与えると考える。したがって、電解液中の拡散現象の理解なくしてデンドライト形成を議論することは不可能である。電気化学反応に伴う電解液中の濃度場測定から得られた知見は、金属Liを負極へ適用する足掛かりとなる。このような経緯の元、本研究計画を着想した。
研究目的・内容等
①研究目的、研究方法、研究内容


研究目的 金属電析における核形成モデルでは、溶液中をイオンが拡散し、電極表面で電子を得て吸着した原子が表面拡散をし、ステップやキンクに辿り着くことで核発生・結晶成長、デンドライトへと発達する。本研究では、反応の起点である拡散現象やそのイオン配位構造が、核形成やデンドライト成長、またSEI皮膜形成に及ぼす影響を解明することを目的とする(図2)。Liと他の金属に関する電析現象の類似性と特殊性を明確に区別し、デンドライト形成の本質を発見し、Li金属のデンドライト形成学を確立することを最終目標とする。
研究方法・研究内容 申請者は特別研究員として、下記の3項目に従い研究を実施する。
●項目1:Li電析中のカソード近傍における拡散現象のその場測定 干渉法でLi⁺と非配位性溶媒の多成分系拡散挙動を観察し、ラマンマッピング法により干渉法測定の結果の妥当性を評価する。
●項目2:Li電析中のカソード表面における核成長過程のその場測定 高速原子間力顕微鏡(高速AFM)で電析初期に発生した核の解析を行い、デンドライト形成しやすい/しにくい要因を特定する。
●項目3:電析LiやSEI皮膜のナノスケール解析 直交型FIB-SEMによる3次元構造観察、Cryo-TEMによる微細構造観察、STEM-EELSとXPSとTOF-SIMSによる析出物表面の成分分析から、電析形態とSEI皮膜構造と拡散現象の相関関係について検討を行う。
②どのような計画で、何を、どこまで明らかにするのか


●項目1-1:HCE中におけるLi⁺拡散のその場測定 (採用前~1年目前半)
申請者は修士課程において、アノードとカソード近傍の拡散について個別に考察するため電極間の距離を5 mmとし、電気化学反応中の濃度場を測定した。しかし、実電池内における電極間距離は数十μmであり、充放電反応に伴う両電極間の拡散現象の統合的な議論が必要である。そこで、電極間距離を以前の10分の1である500 μmまで短縮し、実電池に近い環境を再現し(図3)、電気化学反応中のLi⁺の拡散を一波長干渉法とラマンマッピング法でその場観察する。干渉法で得られた濃度場からLi⁺の拡散係数(D)や輸率(t*)を、ラマンマッピング法では電解液中のLi⁺を取り巻く溶媒和構造について、両電極間における過渡的な変化を調査する。これらの情報は、項目1-2における二波長干渉法で得られるデータの比較対象とする。
●項目1-2:LHCE中におけるLi+と非配位性溶媒の拡散のその場測定(1年目後半~3年目後半)
LHCE中ではLi⁺と配位する溶媒に加え非配位性の溶媒が含まれているため、HCEと異なる拡散現象、すなわち多成分系の拡散現象をとらえる必要がある。そこで、LHCE中における電気化学反応に伴う電極間での拡散現象を、ラマンマッピング法、及び二成分の拡散挙動が観察可能な二波長干渉計でその場測定する。二波長干渉計は、1年目後半から申請者の外部受け入れ機関の○○に導入される。二成分の拡散により形成された濃度分布からDやt*、溶媒和構造を調査し、HCEのデータと比較することで、電析反応に伴う多成分系の拡散現象について考察する。また、電解液組成、印加電圧・電流密度などを変数とし、デンドライト形成しやすい/しにくい要因を調査する。
●項目2:高速AFMを用いたHCEやLHCE中での電析初期過程のその場測定(2年目前半~3年目後半)
Li電析の理解には、電析初期のナノ領域での核生成過程に関する知見が不可欠である。しかし、今までの走査型プローブ顕微鏡では、刻々と変化する電極反応に追従する事が困難であった。そこで、申請者の所属研究室の高速AFMを活用する。過去に銅の核発生の観察に成功しており⁶、その技術を活かすことでLiでも同様な成果が期待できる。具体的には、HCE及びLHCE中で定電流電解を行い、銅単結晶上にLiを析出させる。電流密度を変数として核発生数やそのサイズをプロットし、デンドライト成長に繋がる析出表面状態を調査する。また、項目1で得られた溶媒和構造と電極表面濃度との関係も議論する。
●項目3:電析LiやSEI皮膜のナノスケール解析(採用前~3年目後半)


項目1~2と並行し、HCEやLHCE中における電気化学反応に伴い形成された電析物の解析を実施する。電析形態の観察はFIB-SEMとCryo-TEM、SEI皮膜解析はSTEM(図4)⁴、EELS、XPS及びTOF-SIMSで実施する。これらの実験と解析については項目1~2と照合する形をとる。電極近傍の溶媒和構造や電解液組成、Dやt*が電析形態やSEI皮膜に及ぼす影響を明らかにする。
③研究の特色・独創的な点
本研究の特色 本研究の特色は以下の2点である。
1. Li電析メカニズムの解明に電解液中の拡散現象の観点から挑戦する点
2. HCEやLHCE中におけるLi電析の研究へ適用された例がない高速AFMや二波長干渉計を用いる点
先行研究との比較 Li金属の二次電池負極への適用に関する研究は「サイクル特性向上」と「電析形態の調査」に関するものが大半を占め、申請者が計画した電解液中の拡散現象に焦点を当てた研究例はごく僅かである⁷。また、二波長干渉計を用いた多成分系の拡散現象や、高速AFMを用いてHCEやLHCE中での電析初期過程に焦点を当てた研究は、申請時点で一例も報告されていない。ここで申請する研究は、Li金属の電析反応機構に関して、溶液側の拡散現象から核発生、結晶成長への形態遷移過程にまで焦点を当てたものであり、「Liデンドライト形成メカニズム」の解明を目指す、学術的に非常に意義の高いものであると言える。
本研究の完成時に予想されるインパクトと将来の見通し デンドライト形成メカニズムが解明されることで、Li硫黄電池や金属Li二次電池など、Liを負極に用いた次世代蓄電池の実現に向けて大幅な前進が期待される。本研究が基礎となり、カーボンニュートラル実現に大きく貢献できると確信する。
④申請者が担当する部分と⑤○○での研究従事計画
項目1~3について、申請者がすべて担当する。指導教員の△△准教授から指導を受け、○○の□□研究員との共同研究により実験を遂行する。研究遂行にあたり、□□研究員の管理する干渉計、及び☆☆の電池材料分析用装置群を活用する。当装置群の多くは、大気非暴露かつ冷却状態で測定可能である。これらの機能は、大気下で扱えないLi金属の研究の際、非常に重要である。露点-90 ℃の乾燥空気を供給するスーパードライルームも利用可能であり、極低濃度水分下における実験環境も整っている。
最後に
研究計画の『研究の位置づけ』と『研究目的・内容等』に関しては以上になります。皆様の学振DC内定の助けになれば幸いです。
最後までご覧いただいた皆様にプレゼントです。私の学振申請書をPDFにてプレゼントします。執筆の際にご参照ください。
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