北大と国研で研究している化学系大学院生かめ (D2) です。日本学術振興会特別研究員DC1として博士課程を二年で早期修了し、本来D3となる新年度からは地元・広島の民間企業で就業予定です。
給与所得なのに国民健康保険加入。学振特別研究員DCには、このような制度上の矛盾が今なお残されているのが現状。しかし、研究者の未来を開く制度も存在します。中でも注目すべきは資格変更制度です。博士課程を修了しても学振DCの任期が残っている場合、PDへの資格変更で給与を継続して受けられます。
この変更は名称だけの形式的なものではありません。PDへの移行で待遇は大きく改善します。そして、この制度は、申請すれば誰もが利用できるのです。しかし、資格変更には慎重な判断が必要です。表面的な優遇だけで判断を急ぐべきではありません。
本記事では、学振DCからPDへの資格変更で得られるメリットとデメリットを解説します。私自身がこの道を選ばなかった理由も併せて紹介します。博士課程修了後の将来を考える一助となれば幸いです。
それでは早速始めましょう!
メリット
給与が1.8倍になる
学振DCから学振PDに資格変更した瞬間、月給が一気にバコーンと跳ね上がります。
学振DCの給与は月20万円。それが学振PDになった途端、月36.2万円にまで上がるのです。年収が240万円から434万円に。日本人の平均年収までもうあと少し。
収入が税金で幾らか削られてしまうのは事実。それでも、手元に残るお金は月々10万円以上増えるでしょう。ひと月10万円も増えたら相当大きいですよ。衣食住の充実はもちろん、心に栄養を届ける趣味にもたくさんお金を回せるかもしれません。私自身、学生時代は貧乏すぎて、D2の8月まで自分の冷蔵庫を手に入れられませんでした。月々36.2万円も貰えていれば毎月冷蔵庫を買えましたね(そんなにいっぱい要らん)。積み立て投資だって可能かもしれません。PDへの資格変更後、昇給分を全額投資すればちょっとした財産になるはずです。
資金が沢山あるおかげで海外留学へ行きやすくなる
学振PDとして増額される給与は、惜しみなく自分へ投じていきましょう。博士号取得直後に海外留学し、研究力を飛躍的に向上させる端緒をつかみに行くのも一興でしょう。
海外の物価は日本の比ではありません。食べ物も交通費も何もかも、目玉が飛び出てしまいそうなほど高いです。お金が湯水のごとく消えていきます。私がD1の後期にイギリス留学した時も、家賃と研究機関の在籍料だけでひと月30万円近く使いました。四か月弱のイギリス留学で計200万円以上もの巨額な出費に。正直言って、学振DC1の給与だけでは海外留学資金として足りません。DC1として受給していた科研費をフル活用してもまだまだ足りなかったぐらい。
もしも私の博士課程時代に学振PDぐらい潤沢にお金を貰えていれば、海外留学中にもっと余裕ある生活ができたかもしれません。レストランのメニュー表で値段を見て入店を諦めることなどなかったでしょう。服を買えず、寒さしのぎのために暖房の効いたフードコートで縮こまるみすぼらしさも味わわずに済んだはず。
学振PDになれば、お金の心配をせず、心置きなく海外へ長期留学に繰り出せるでしょう。物価の高い米国や西欧諸国へも臆さず飛び立てるかもしれません。学振PDになれば、学振DCだった頃よりも確実に海外へ行きやすくなります。海外留学における最大の障壁はお金。資金の問題が解決されたいま、我々の留学を阻むものは「語学力」と「やる気」ぐらいしかありません。
博士課程と同じ研究室にそのまま在籍できる
海外に興味がない方は日本国内へ留まっていただいても構いません。海外へ行くのが正解なワケではありません。やりたいことが国内でもできるという方は、わざわざ海外へ出なくても良いでしょう。
学振PDへの新規採用を目指す場合、博士課程在籍中に所属した研究機関へ引き続き在籍することはできません。仮に北大で博士号を取った私がPDへの新規採用を目指すケースだと、PDとして採用されるには北大「以外」の受入研究機関を探さねばならないのです。
いつまでも同じ研究室に在籍していたら研究の幅を広げられないでしょう。子供が大きくなるにつれ親離れしていくように、博士学生も博士号を得たら指導教員の元を離れて独り立ちする必要が。在籍研究機関の縛りは、学振による研究者への無言の愛ではないでしょうか。学振は研究者の親代わり。様々な厳しい制度も、全ては研究者らの華々しい将来を願って設けられているはず。
学振DCから学振PDに資格変更する場合、博士課程で在籍した研究室へ引き続き在籍することが可能。博士課程の間にやっていた研究を、同じ装置で、同じ人たちと続けられるのです。
研究に特殊な装置が必要な方にとっては嬉しいでしょう。装置の操作法に習熟し直す手間を省け、博士学生時代にも増して次々と成果を出していけるに違いありません。別の環境へ飛び込むのが苦手な方にとっても有難いはず。研究室は人間関係の当たり外れが激しい世界。信頼のおける元指導教員らと研究できるなら、互いの性格をよく分かっている分、摩擦を最小限に抑えられます。元指導教員にとっても、貴重な戦力が残留してくれればハッピー。自分も相手も幸せになれるのが学振DCから学振PDへの資格変更です。
ここまで、資格変更のメリットを解説してきました。次の章では、資格変更のデメリットについて話します。
デメリット
税金&社会保険料が高くなる
月給が1.8倍になるぶん、所得税や住民税も高くなってしまいます。もちろん国民健康保険料も増えるでしょう。国民年金保険料だけは月額約1.7万円で変わりません。そのほかのお金はPDになった途端にバーンと跳ね上がってしまうのです。
税金と社会保険料について、学振DCと学振PDを比較してみました。両方とも研究遂行経費申請アリの条件でシミュレーションしています⇩
学振DC | 学振PD | |
所得税 | 月0.3万円 | 月0.5万円 |
住民税 | 月0.3万円 | 月1万円 (*任期終了翌年度) |
国保料 | 月1.1万円 | 月2.2万円 |
年金 | 月1.7万円 | 月1.7万円 |
合計 | 月3.3万円 | 月5.4万円 |
学振DCなら月3.3万円の支出で済んでいました。学振PDになると月5万円弱が取られます。支出の増額分以上に収入も上がるからまだマシなのかな。余計なお金を取られたくない方にとっては見逃せないデメリットかもしれません。
学振PD任期終了後、高い住民税の支払いが待っています。学振PDの間の住民税は学振DCとして貰っていた給与に基づき決まるけれども、会社員や公務員一年目の住民税額は学振PDとして貰っていた給与に基づき決まるのです。新生活初年度に月々1万円も取られるのは辛いのではないでしょうか。住民税を払わなくて済む学士・修士の同期社員が羨ましくなってしまうに違いありません。
間接経費で研究費が数割削られる
学振DCの間は、自分で稼いできた科研費を満額自分のモノにできました。学振PDからは違います。科研費の3割程度を大学に召し取られてしまうのです。
取られる分のお金の呼び名は「間接経費」。仮に学振DCとして100万円もらっていても、学振PDになったら間接経費で30万円取られてしまいます。学振PDに資格変更後、学振DCとして貰っていた研究費枠を引き継ぐことができます。しかし、間接経費を引かれる分、研究費枠を満額使うことはできません。博士学生時代よりも予算が減るため、研究のために身銭を切るシーンが増える可能性が。学振PDへの資格変更をお考えの方は、自腹でどこまで研究にお金を費やせるかも少し考えておくと良いかもしれません。
自分が資格変更制度を使わず民間就職を決めた理由
DCからPDへのカンタンな資格変更手続きでたくさんのお金を貰えるようになる制度。私自身、博士修了後の進路を考えるにあたって、この制度を利用しようかしまいかと検討をフル加速させました。けれども、結局は使わなかったのです。それはなぜか、最後にお話しします。
私が資格変更制度を使わなかったのは、学振PDよりも会社員になった方がより沢山のお金を貰えるから。36.2万円で喜んでいるだなんて可愛い。会社員になれば、月30万円以上の給与とボーナス、それに諸々の福利厚生を享受可能。大企業に入社する博士人材なら、一年目でも、少なく見積もって年収500万円以上に達します。学振PDは年収434万円。収入が年間70万円も違えば、そこから見える景色が全く異なるに違いありません。
会社員よりも学振PDの方が生活自由度が高いのは事実。PDは学生の延長だから働く時間に縛りはありません。就業規則もなければ、稟議を通さず気軽に留学へ行くことも可能。一見魅力的に思えるけれども、PDとして過ごす一年は会社員生活よりも確実に金銭面で劣るでしょう。
博士課程在籍中、冷蔵庫や留学の件でお金の問題があまりに切実でした。もうお金の面では苦労したくない。一円でも多くのお金が欲しい。そう考えたとき、学振PDという選択肢は自分から一瞬で消え去っていったのです。
おまけに、PDになれば一年分の実務経験を積む機会が失われます。二十代は転職のゴールデンタイム。最初に入った会社でスキルを積み、より好条件な企業へ移動しやすい時期。給与アップを目指す転職に必要な実務経験は最低でも三年。二十代の間に三年の実務経験を積めるか否かは、自身のキャリア全体へ大きく響いてくるはず。
自分は別に転職志向でもなんでもありません。しかし、社会情勢の変化で会社が傾き、転職せざるをえなくなる状況がゼロではありません。今の社会は変化が目まぐるしいです。安泰だった分野がものの数年でオワコンになるケースも。自分が仮に転職せざるを得なくなったとき、なるべく若い状態で転職市場へと参入したかったのです。学振PDとして企業で実務経験を積めないよりも、会社員として企業でスキルアップして転職の波に備えた方が得策なのかなと考えました。
まとめ
学振DCから学振PDへの資格変更には、メリットとデメリットが存在します。
メリットとしては、月給が20万円から36.2万円へと1.8倍に増額される点、潤沢な資金を活かして海外留学などの機会を得やすくなる点、そして博士課程と同じ研究室に継続して在籍できる点が挙げられます。一方、デメリットとしては、収入増加に伴う税金や社会保険料の大幅な上昇、また研究費から間接経費として3割程度が大学に徴収される点が挙げられるでしょう。
私がこの制度を利用しなかった理由は、民間企業への就職の方が年収で上回るから (学振PD434万円vs.企業500万円以上)、また20代という転職のゴールデンタイムに実務経験を積める機会を優先したためです。資格変更の選択は、将来のキャリアプランや経済面を総合的に考慮して判断する必要があります。
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