北大博士課程を早期修了した化学系企業研究者のかめと申します。大学生時代のアルバイト経験は、スーパーの品出しと札幌競馬場の清掃の2つです。
学生のアルバイトといえば教育系が定番でしょう。塾講師や家庭教師として中学生や高校生を指導するお仕事です。教育系バイトは賃金が高めで、最低賃金の1.5倍は当たり前。札幌だと最低賃金の2倍ぐらいで雇われるようですし、超優秀な医学科生になると10倍以上もらえるケースも珍しくないと聞きます。
一方、品出しや清掃は最低賃金をギリギリ超える程度の給料です。時給だけで考えれば教育系バイトのほうがよほど割に合っていたはず。にもかかわらず、私は学生時代に教育系バイトを一度もやりませんでした。応募すらしなかったのは、端的に言えば何の興味も湧かなかったためです。
今回の記事では、大学生時代に教育系バイトをやらなかった理由についてお話しします。教育系バイトへの応募を考えている方にとっては、ちょっと変わった視点からの判断材料になるかもしれません。
かめそれでは早速始めましょう!
学生の考える楽しみを奪いたくなかった


私は昔から筋金入りの独学志向です。物事を最初から最後までひとりで学んでいきたい性分で、何かを知ったり分かったりすること自体にはさほど喜びを感じません。知識を得る手前にある、考えるという行為そのものに面白味を見出すタイプでした。
ひとつの対象について思考回路をフル回転させて考えを巡らせる時間がたまらなく好きなのです。考え抜いた末に理解へたどり着き、知識が頭の中で体系的に整理されていく過程も同じぐらい楽しい。この楽しさを知ってしまうと、もう何事も考えずにはいられません。
受験範囲はすべて独習で身につけました。学校の先生に教えてもらうよりも、自分で教科書を読んで考えながら内容を習得するほうが断然楽しかったからです。誰かから教わると、あーでもないこーでもないと頭を悩ませる楽しみが丸ごと消えてしまいます。難所を先生のガイドであっさり乗り越えられてしまったときの興醒め感といったらありません。だから、学校の授業はずっと嫌いでした。
私は”先生”という職業が嫌いです。考える楽しみを一方的に奪っていく存在を、どうしても好きにはなれなかったのです。仮に自分が教える側に回ったら、学生の考える楽しみを奪う側になってしまいますよね。ミステリー小説を読んでいる最中に、耳元でラストの大どんでん返しをネタバレしてくる人間みたいなものです。最悪じゃないですか。
もちろん、塾に通ったり家庭教師を雇ったりする学生は、考える楽しみよりも効率的な成績アップを求めているのでしょう。だから教える側の我々も気兼ねする必要はないはずです。頭では分かっていました。分かっていても、私には無理でした。自分が日々堪能している楽しみを奪う側にはどうしても回りたくなかったのです。
仕事をしている最中ずっと罪悪感に苛まれ続ける自分の姿が容易に想像できましたし、そこまで辛い思いをしてやるべきバイトだとはとても思えませんでした。
先生が嫌いだから


上の話と地続きになりますが、私は先生が嫌いです。正確に言うと、先生という属性が苦手です。先生の中身、つまり人間としての先生方は好きなんですよ。人間に付与される『先生』という肩書きだけがどうしても受け入れられません。無理なんです。
自分が考え込んでいる最中に脇でそっと見守ってくれる先生なんて、残念ながらいませんでした。みんな私の様子を心配して、大丈夫かと声をかけてくれるのです。先生方はあまりにも優しすぎます。もっと厳しく接してくれないと、人間というのは甘えたくなるじゃないですか。甘えが生じた瞬間、どこまでも堕落していくのが人の性です。 先生、あなたがたは私を地獄の底まで引きずり込んで腐敗させたいんですか。
教育系バイトとして教育現場に立てば、純真無垢な目をした学生から「先生っ!」と呼ばれるでしょう。嫌いな属性の名で呼ばれるのは、率直に言ってしんどいです。せめてさん付けで呼んでほしい。バイト組織の中で自分だけ特別な呼び名をつけてもらえるとも思えません。
加えて、「先生っ!」と呼ばれ始めたが最後、何だか偉くなった気分になってしまいそうで怖いのです。謙虚さを忘れてつい高飛車になり、人間として大切な何かが欠落してしまうかもしれません。教育系バイトへの従事は、自分の人間性のバランスをあらゆる面から揺さぶりにかかってきます。
バイト期間が長くなれば先生呼びにも慣れていくでしょう。慣れていく一方で、自分が一番嫌っていた属性そのものになることへの嫌悪感は日に日に膨らんでいったはずです。
自分の中で大学受験を終わらせられなくなるから


現役時代、第一志望の大学にA判定から6点差で落ちて浪人しました。夏に勉強する気持ちが途切れてしまい、安全圏の大学を受けざるを得なくなって、断腸の思いで志望校ランクを下げた経緯があります。自分の大学受験は不完全燃焼でのフィニッシュでした。
北大に入学してからも、もっとやれたはずなのにという思いが募って毎日モヤモヤしていました。第一志望校への未練を捨てきれず、仮面浪人にまで手を出したほどです。結局1か月も続けられず、己のあまりの不甲斐なさに絶望しましたね。
仮面浪人を断念したあとは、大学では勉強以外のことを頑張ろうと決めました。趣味で細々とやっていたランニングや読書にもっと熱を注いでみよう、と。一刻も早く大学受験のことを忘れたかったのです。辛くて思い通りにいかなかった大学受験から足を洗いたかった。せっかく大学に進学したのに、いったいいつまで受験のことに囚われなきゃいけないのか。いい加減に頭を切り替えたい。あの頃はずっとそう思っていました。
教育系バイトに従事すれば、少なからず受験と関わらざるを得なくなります。学生の志望校合格を叶えるための指導をする以上、偏差値ランク表や大学受験の過去問を嫌でも目にしなければなりませんよね。当然、自分が落とされた大学の名前もそこに書いてあります。
もしかしたら、かつて第一志望だった大学を志望する学生の面倒を見る羽目になるかもしれません。受験番号が掲示板に載っていなかったあの瞬間が想起されるたびに、吐き気を催してしまいそうです。教育系バイトを選んでしまったら、自分の中で大学受験をいつまで経っても終わらせられなくなる。
受験から距離を置いて意識を別のことへ向けるために、教育系バイトをやるわけにはいかなかったのです。過去と決別するために、受験から卒業する必要がありました。
正直、自分の成績を上げた方法を自分でもよく分かっていなかったから


現役時代から浪人時代にかけて、成績を高めるのに必死でした。がむしゃらに教科書を読み、問題を解き、分からなかった箇所をひたすら考える。とにかく精一杯やるだけの毎日です。
成績は高三の秋から一浪の夏にかけて急上昇し、第一志望には届かなかったものの、なんとか北大に引っかかりました。
正直に言うと、自分の成績が上がった理由は学部生のうちはあまりよく分かっていませんでした。一生懸命勉強しているうちに、気がついたら学力が勝手にぐんと伸びていた感覚です。成績上昇の要因をつかめたのは、大学院修士一年次の1月から2月ごろでした。就活用に自己分析を進めていくにつれて、受験生時代の勝因や敗因がようやく浮き彫りになってきたのです。遅すぎる。
北大に入学したての学部一年次の頃は、勝因も敗因もまだ霧の中でした。自分のことすらよく分かっていない人間が、他の学生の成績を向上させるなんて無理だろうと考えるのは自然な流れでしょう。
いま振り返ると、私の成績向上法には再現性のかけらもありませんでした。メチャクチャな順番で勉強していたけれども、努力量と執念が一定レベル以上に達したおかげで運良く伸びただけです。こんな人間に教えられる学生の身にもなってほしい。可哀想すぎます。自分がもしも個別指導塾に通う学生だったら、こんな先生には絶対に教わりたくありません。というわけで、
せめて一度ぐらいはやっておけばよかったかな
大学生時代に教育系バイトをやらなかった理由は以上です。
いま思い返すと、ちょっと勿体なかったかなという気持ちもあります。一度でもいいからやってみて、それから続けるかどうか判断すればよかった。
私、人と接するのが好きなんです。ひとりでもくもく作業するのも好きですが、少人数でチームを組んで共同作業をするのも嫌いではありません。バイトを続けていくうちに、自分なりの先生像をつくれたかもしれないのです。答えを教えるウザい存在ではなく、考えたり進んだりすべき方向をそっと示す良き伴走者のような先生に。
せめて一度チャレンジしてみればよかった。会社員になったらもう教育系バイトはできません。教わる側と年齢の近い大学生だからこそ務まるバイトに手を出さなかったのは、あまりに勿体なかったなと思います。





















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