北大と国研で研究していた化学系大学院生かめです。博士課程を一年短縮して早期修了しました。
通常の学生は博士課程を三年かけて修了します。そんな中、二年でさっさと出ていこうとする方はさほど多くはありません。私の所属元専攻では、開設以来、自分以前にふたりしか飛び級の前例がありませんでした。指導教員も博士課程を三年で出た人間。誰かの情報を参考にしようにも、早期修了に関する記録をなかなか集められずに苦戦したのです。
博士課程には博士課程の、早期修了には早期修了ならではの「あるある」があります。あるあるを知っておけば早期修了の見通しを立てやすくなるかもしれません。
この記事では、博士課程早期修了あるあるを7つご紹介します。大学院の早期修了を目指している方にピッタリな内容です。ぜひ最後までご覧ください。

それでは早速始めましょう!
前例がない


日本社会は前例主義。前例を踏襲する際は楽です。未だかつて前例のない営みを試みるときは大変。前例がないというだけでストップがかかりかねません。強引に推し進めた際も数多の困難が待ち受けているでしょう。
皆さんの周りには博士課程を早期修了した先駆者がいらっしゃるでしょうか?……いませんよね。たいていの場合は居ない。私の周りにも居ませんでした。私の研究室なんて、開設以来10年間、博士進学者すら現れなかったぐらい。
前例がゼロだからといって達成不可能かといったらそのようなことはありません。達成できます。現に私ができました。その代わり、飛び級を成し遂げるための労力が莫大です。大学の事務手続きでは入念な確認が毎回必要。指導教員との打ち合わせでは、早期修了要件(*後述)が変わっていないかよくよく確認する。いつまでにどれぐらいの業績を集めるか、自らで作戦を立て、高いモチベーションを保って粛々と作業を進めていく…
皆さんはこれから前例のない戦いへ挑みます。学位取得までの道程が過酷であると覚悟したうえで一歩目を踏み出してください。
修了要件があまりにも厳しい


博士課程を早期修了するには、三年かけて修了するよりも多くの業績が求められます。所属元の工学系研究科が発行した学生便覧を見ると、どの専攻も例外なく厳しい要件が設けられていました。
ひとつ具体例を挙げましょう。
私の所属元専攻の場合、標準年限修了者は国際誌へ査読付き論文を二報出すだけで構いません。早期修了希望者は、国際誌へ査読付き筆頭論文を二報以上、セカンドオーサー論文も含めて三報出版することが求められます。これだけならまだまだ楽勝。私は指導教員から独自の早期修了要件を設けられました。博士課程の間に国際誌へ査読付き筆頭論文を五報以上出せと言われたのです。五報って、いったい何報ですか?(五報だよ)。多すぎるでしょ。ちょっともう、マジで勘弁してよ。
博士課程を早期修了するには、専攻や指導教員の定めた要件を突破する必要が。必要論文数を満たすのは大前提。学位審査会にて審査員へ自らの研究力をアピールせねばなりません。飛び級へ値すると認定されれば早期修了できます。知識不足で質疑応答が要領を得ず、飛び級に値しないと認定されれば三年かけての修了を求められるのです。早期修了は「業績」と「議論力」が求められる総合格闘技。学位審査会の場に立つだけでもなかなかしんどいでしょう。
忙しすぎて土日がなくなる


短縮修了希望者は標準年限修了者よりも多くの業績が求められます。よって、博士課程は研究漬けの毎日になるとご理解ください。「研究まみれの毎日だなんて、修士課程と一緒じゃん」と思うかもしれません。修士と博士とではレベルが違いますよ。土日祝日がなくなるのは当たり前。長期休暇など無いと思っておいてください。
論文を記すにはデータが必要です。データを得るには実験解析が必要でしょう。多くの論文を書くにはたくさんのデータが不可欠。データを集めるための膨大な作業が強く求められます。博士課程では息つく間もありません。全力ダッシュと小休止の繰り返しでフルマラソンを走り切るようなものと捉えてください。
人間は肉体と精神を持つ生きもの。機械ではありません。年中フル稼働したら破綻してしまうでしょう。しかし、早期修了したければ年中ダッシュしなければなりまけん。一年ではない。二年間ずっと走り続ける必要が。
頑張りすぎたら心身が壊れる。でも頑張らなければ飛び級は困難。博士課程では心身の限界を攻めて巡航することになるでしょう。作業と休息のバランスを少しでも間違えたら精神崩壊しますよ。私自身、D1後期にストレス過剰で喀血しました。また、最後の学位審査会を終えてから一か月間、うつ病のような症状に苦しんだものです。追い込みすぎだと分かっていました。しかし、追い込まなければ早期修了はできません。無理していると分かっていながら頑張り、案の定、しっかり体を壊したのであります。
周囲から「そんなに急ぐ必要あるの?」とよく聞かれる


早期修了者は博士課程を二年で駆け抜けたい。三年かけて修了する人よりも多くの業績を出す必要がある。普通よりも2~3倍速で研究していくことになるでしょう。傍から見れば狂ったペースですよ。あの人、大丈夫?休まなくていいのかしらと心配されかねません。
早期修了を目指していたとき、指導教員や学生からよくかけられていた言葉があります。「そんなに急ぐ必要あるの?」「もっとゆっくり進めたらいいんじゃないの?」と。
本来、研究とは腰を据えて行うもの。成果が出るか出ないか分からないものを何年もかけて丹念に検討していくのです。成果が出てきた場合はラッキー。イマイチな成果しか出ないことが大半でしょう。そんななか、我々早期修了希望者は全速力で成果を出そうと試みている。先生方から見れば変に思いますよ。「もっとじっくり考えた方が良い成果が出るんじゃないの?」とお考えになっても不思議ではありません。
飛び級希望者にとっての至上命題は、博士課程を二年間で修了すること。研究成果の素晴らしさは二の次。早期修了できるだけのデータ量と論文数を揃えるのが最優先なのです。我々にとっての成果とは「質」よりも「量」。なんせ、量を確保するために全力ダッシュしているのだから。周囲からオーバーペースを諫められながらも高速巡航する図太さが求められます。「研究の質は早期修了してから高めていけばいい」「学位を得るまではとにかく量を稼ごう」と割り切れば楽かもしれません。
進路を決める時期が早い


早期修了は”早期”修了。通常よりも博士課程を早く出ていきます。博士課程在籍中、業績確保はもちろん、修了した後のことも頭を巡らしておきましょう。
将来はどのような職種に就きますか?会社に入って技術者になりますか?大学や国研で働く研究者になります?文系就職して事務員になりますか?いっそ、起業して社長になりますか?投資で生きていくトレーダーもアリかもしれませんね。博士号取得後にどのような職へ就こうが構いません。幸せになれるなら何でもOK。とにかく将来の道を定めておく必要があります。
早期修了者は通常の人間よりも進路決定時期が早いでしょう。一年飛び級する方は一年早く、半年の短縮なら半年早く決定します。私はD1後期に企業就職を決めました。D1・1月に就活を開始して職探ししたのです。博士課程に入ってからまだ一年も経っていませんでした。自分が研究者になる姿をどうしても想像できず、早々に研究の道を断念して技術者になる決心を固めたのです。
早期修了希望者は、進路について「博士進学直後から」考えておくのをオススメします。自身に研究適性はあるか。残りの人生でどのような仕事をしていきたいか。業務と余暇のバランスをどう考えるか。様々な観点から総合的な検討を加速していただきますようお願いします。
予備審査会でボコボコにされる


博士課程には通過儀礼があります。最後の学位審査・公聴会で先生方からボコボコにされるのです。公聴会に出席するのは、自分とは異なる専門をお持ちの先生方。考えたこともない観点からの質問に窮して冷や汗をかきます。私も公聴会ではボコボコにされました。ちょっと何を言っているか分からぬ質問に何度も聞き返しながら首をかしげるばかり。
公聴会の試練については学生に周知されています。皆さんも博士課程の先輩の公聴会を聴きに行った際、ボコボコにされてうめき苦しむ先輩の姿を見かけたかもしれません。しかし、学位審査にはボコボコにされる会がもう一つあるのをご存じでしょうか。そう。それが悪名高き予備審査会。本当に恐ろしいのはこちらの方。予備審査会こそ真に恐れるべき存在です。
予備審査会は、博士論文の主査と副査によって行われます。審査員さんは自身と同じ専門分野の方。指摘ひとつとっても深くて本質的。理解度の浅そうな箇所を狙ってピンポイントで突いてくるのです。私は予備審査会にて、副査の先生から一時間も爆詰めされました。予定質疑時間は20分だったんですよ。40分も超過するだなんて聞いていないって。終盤は貧血で卒倒目前。倒れる前に指摘の手が緩められたので事なきを得ました。
予備審査会が恐ろしいのは、指摘が鋭いからではありません。予備審が”落ちうる会”だから怖いのです。
もしも予備審査で落ちたら、博士課程が半年か一年追加されます。早期修了を達成できなくなってしまう可能性が大。ただでさえ予備審の指摘は鋭め。まして、早期修了者の予備審査会はとんでもなく厳しいでしょう。審査員の先生方は「コイツは飛び級に値するか」と目を鋭く光らせて見てくる。早期修了に値するパフォーマンスを発揮できれば通る。できなければ容赦なく落とされる。
早期修了希望者さんは、予備審査会へボコボコにされる前提で向かいましょう。どこまで傷を浅く留められるかの勝負だと思っておいてください。
全てを終えてもまだ終わった感じがしない


傷だらけで公聴会を突破し、めでたく学位取得までこぎつけました。普通なら大喜びですよ。奇声をあげて走り回りたくなるはず。そりゃそうだ。博士課程ではプライベートを犠牲にして、研究最優先で過ごしてきたのですから。長きに及ぶ抑圧から解き放たれて嬉しくないはずがありません。
ところがどっこい。早期修了しても全然嬉しくありません。まるで現実味がないのです。喜ぶどころかキョトンとしている。まだ続きがあるんじゃないかと身構えているぐらい。えっ、本当に終わった?もう研究しなくていいの?休めるの?事態をのみ込めずに放心状態になるでしょう。
最後に
博士課程早期修了の実態と課題について具体的に述べてきました。前例の少なさ、厳格な修了要件、研究と時間の制約など、早期修了に伴う困難が浮き彫りになったかと存じます。私自身の経験からも、学位取得までの道のりは心身に大きな負荷を与えるものでした。
適切な戦略と強い意志があれば、早期修了は確かに実現可能な目標となりえるでしょう。研究業績の蓄積、進路選択の前倒し、予備審査への万全の準備など、通常の博士課程とは一線を画す独自の取り組みが求められます。研究の質と量のバランスを保ちながら、限られた時間で最大限の成果を上げる計画性も欠かせません。
早期修了を目指す方々には、述べてきた「あるある」を参考に、自身の研究計画を慎重に練り上げることを推奨します。険しい道のりで時に孤独を感じる場面もあるでしょう。だからこそ明確な目標と綿密な準備が重要になります。自らの限界を見極めながら、着実に一歩一歩を積み重ねていく姿勢が、「博士号の早期取得」という大きな挑戦を可能にするのです。
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