後輩のAさん先輩、博士課程を早期修了してから、少し時間が経ちましたよね。今になって思うことって、やっぱりありますか?



あるよ。修了した直後より、むしろ今のほうがはっきり見えてきた気がする。博士課程にいた頃は、目の前の研究と締切で精一杯で、「何を選ばなかったか」まで考える余裕がなかったけど、少し距離ができると、ぼんやりと浮かんでくるものがある



後悔、みたいなものですか



そう呼んでもいいし、別の名前でもいい。失敗したというより、「あの時間、もう少し違う使い方もできたな」という感覚に近い
博士課程って、苦しい時間ではあるけど、同時に驚くほど自由でもある。その自由さを、僕は全部使い切れなかったんだと思う



自由、ですか。私もいま博士課程に居ますけど、正直、いまはあまり実感がなくて……



分かるよ。博士課程在籍中は、自分で選んでいるつもりでも、実際には流れに乗って走っているだけのことが多い。テーマもそう、修了時期もそう。各々の進路もそうだね。どれも「決めた」というより、「そうなった」という感触が残りやすい。ただ、後から振り返ってみると、そのひとつひとつが人生の分岐点だったんだなって気づく



その分岐点を、もう少し大切にすればよかった、ということですか?



そうだね。だから今日は、もし時間を巻き戻せるなら真っ先に考え直すだろうことを話したい。いま博士課程にいる君が、自分の時間をどう使うか考えるときの参考として聞いてもらえたら嬉しいよ



はい、分かりました!



じゃあまず一つ目から話そう。「専門領域を、もう一段広げておけばよかった」
専門領域を広げればよかった



専門領域を広げる、というのは正直よく聞く話ではあります。ただ、博士課程にいると「まずは自分のテーマを仕上げること」が最優先になってしまいますよね



まさにそこなんだよね
僕も博士課程にいた当時は、自分の専門分野をとにかく深く掘ることに集中していたし、その結果として論文を複数本まとめることができた。それ自体は間違いなく財産だし、博士号を取るうえで必要な訓練も、きちんと積めたと思っている



それだけ聞くと、理想的な博士課程にも思えます



うん。ただ、時間が経ってから見えてきたのは、深さだけでは研究者の輪郭は完成しないという事実だった
博士課程の数年間を一つの専門に全振りした結果、「そのテーマについては詳しい人」にはなれたけれど、「自分は何を武器に研究をする人間なのか」を説明する言葉が、意外と少なかったんだ



武器、というと?



テーマそのものじゃなくて、視点や発想、手法の話だね。たとえば、ある分野の課題を別分野の考え方で切るとか、実験屋だけど理論の言葉で議論できるとか、逆に理論を現実のデータに落とし込めるとか。そういう「掛け算」が一つでもあれば、研究者としての立ち位置はグッと立体的になる



確かに、そういう人の論文って、読んでいて面白いです



そうなんだ。今になって論文を読み返すと、心に残る論文の多くは、必ずどこかで分野をまたいでいる。しかもそれは、表面的に広く浅くやっている感じじゃなくて、「別の専門をちゃんと自分の中に通してから書いている」文章なんだよね。博士課程にいた頃の自分にも、ああいう書き方はできたはず。できはしなくても、そこに近づく努力はできたんじゃないかなって



時間さえあれば、という感じでしょうか



時間は確かに限られている。一方で、博士課程には 自分の裁量で使える時間 が他のどの時期よりも多い。その時間を、今のテーマを深めるのに使うのか、研究の幅を横に広げるのに使うのか。自分がどちらに走っていくかが、修了後の研究人生へダイレクトに効いてくると思うんだ



修了したあと、差が出るんですね



はっきり出るよ。博士号を取ったあとに問われるのは、何をやってきたかより、「これから何ができそうか」だから。専門が一つしかない研究者と、専門を軸に複数の文脈を行き来できる研究者では、同じ博士号でも価値が全く違う



先輩自身は、専門分野をどうやって広げていきたかったですか?



たとえば、あと一年あったなら、完全に別の分野の論文を百本単位で読んで、その分野の研究者と議論できる最低限の言語を身につけたかった。自分の研究テーマを、その分野の言葉で書き直す練習もしたかった
自分の頭で汗をかいて”第二言語”を獲得し、論文執筆や進路検討時に、もともとの専門性と掛け合わせることでレバリッジをかけてみたかった



お話を聞いていると、博士課程って、専門を決める場所というより、専門の使い方を設計する場所なのかもしれませんね



その通りだと思う
深さは博士課程の前半でも身につく。後半に何を足すかで、研究者としての形が決まっていく。僕はそこで努力を怠った。だからたいした博士になれなかった。だからこそ、いま博士課程にいる君には、今の専門を軸にしながら、もう一つ、自分を遠くへ連れていってくれる分野を意識してみてほしい



分かりました
正直、今の私は明日の実験をどう回すかで頭がいっぱいで、自分の武器を増やすなんて発想、全くありませんでした。自分がただの作業員になっている気がして、少し怖くなってきました
企業就職しなければよかった



博士課程を修了したあと、企業に就職したことについても、いま振り返ると思うところはありますか



ある。これはかなり正直な話になるけど、いちばん感情が動く後悔かもしれない
自分はUターン就職を選んだ。いまどき珍しいよね。両親や地元に恩返ししたくてUターン就職したんだ。博士課程を修了した直後は、地元に戻って企業就職する選択を、自分なりに納得していたんだ。そんな決断を下した自分をちょっと誇らしく思ってもいた



それって、すごく立派な理由に聞こえます



当時はそう思ってた。でも実際に働き始めてみると、博士として積み上げてきたものが、ほとんど評価の対象にならない環境だった
博士号を持っていることが強みになる場面はほとんどない。給与も立場も、修士で入った人たちと大差はない。むしろ、年齢だけが上に乗っている分、スタート地点は後ろだったかもしれない



博士号を取った意味を、あまり感じられなかったんですね



そうだね
博士課程で身につけた思考力や専門性が、業務にまったく活きないわけじゃない。ただ、そもそも、企業が社員にそこまで高度な能力を期待しているわけでもなかった。失礼だけれども、博士号レベルの仕事なんて、上位職を見ていてもそこまで多くはない。
自分の会社では、博士新卒一年目の給与が、修士卒二年目の人より低い



えっ…



ビックリでしょ? 自分の博士課程って、何だったのって思った。現実を知ったとき、受け入れようと思っても、感情の整理に時間がかかった



それは、正直、きついですね
私だったら、泣いちゃうかも



僕だって泣いたよ



泣いたんですか笑



そりゃ、泣くでしょ。もっといい給料をもらえる会社に入ることもできたのに、Uターン就職したばっかりに、修士以下の待遇で働かなきゃいけないのだから



さらに追い打ちをかけるように、会社の経営状況が変わって、研究開発に割けるリソースが減っていった。オープンアクセス可能な学術誌も減っていって、研究というより、組織の都合に合わせた仕事が増えていった。取り巻く環境が悪くなるたび、自分は何のために博士課程であれほど頑張ったのだろうと考えるようになった



環境の影響って、大きいんですね



ものすごく大きいよ。人の能力がどれほど高くとも、選ぶ環境を間違えたら、出せる成果も出せなくなってしまう
博士号って、それ自体が価値を発揮するというより、価値を引き出してくれる環境に置かれて初めて意味を持つ資格なんだと思う。自分の専門性や思考力を活かせる場所に身を置けるかどうかが大事なんだよ



じゃあ、先輩はどんな選択をすればよかったと思いますか?



自分を高く評価してくれる場所を、もっと貪欲に探すべきだったね。アカデミアに残るとか、海外に出るとかいった風に、博士を前提にした研究職を選ぶ。どれが正解という話じゃないけど、博士号を持っている自分に、どこなら最大の恩恵があるかを真剣に考えるべきだった



恩返し、という気持ちはどうですか?



もちろん、否定はしない。それはそれで素晴らしいことだからね
でも、僕らは博士課程で心身をすり減らして、やっとの思いで博士号を勝ち取るんだ。そこで身につけた力は、まず自分自身の人生を豊かにするために使っていいんじゃないかな。自分が納得のいく場所で力を発揮して、その結果として誰かに還元できるほうが、長い目で見れば健全だったんじゃないかなって思うわ



なるほどなぁ。私も地元だからとか安定してそうだからという理由で、出口を選ぼうとしていたかもしれません。先輩の話を聞いていたら、自分も博士号を活かせない道を選んでしまうかもしれないなって感じました
博士課程在籍中の私たちは、何を意識しておくべきでしょうか?



博士号を取ったあと、自分はどんな場所で、どんな役割を期待されたいか、できるだけ具体的に想像しておくことじゃないかな。将来に対する解像度は、高ければ高いほどいい。進路選択で迷ったときに、楽な道や無難な道ではなく、自分の価値が一番活きる道を選びやすくなるから



そのためには、たくさん情報を集めて回るべし、と



そう。札幌デンドライトを隅から隅まで読みなさいってこと



サラッとブログの宣伝するの、やめてもらっていいですか?



大変申し訳ありませんでした笑
早期修了しなければよかった、かも



早期修了については、どうですか? 正直、外から見ていると、かなり順調に見えましたけど



色々な人からそう言われるよ。結果だけ見ればそうだと思う。論文を五報出して、飛び級して、博士課程を二年で修了した。うまくやった部類に入るだろうね



それでも、後悔があるんですね



ある。これは能力とか成果の話じゃなくて、時間の使い方の話だね
自分は大学受験で一浪していて、そのときに失った一年をずっと意識していた。だから博士課程では、とにかく早く結果を出して、早く修了することに価値を置いていた。自分でも気づかないうちに、一年でも早く博士号を取ることが、目標そのものになっていたんだ



それって、当時としては合理的な判断だったんじゃないですか?



当時はそう思っていた。指導教員にも恵まれていたし、研究も順調だった。ただ、いま振り返ってみると、そこまで急ぐ必然性はなかったんだと思う。博士号を一年早く取ったことで、人生が大きく変わったのかというと、正直、そこまでではなかったんだよ。むしろ失ったものの方が大きかった



そうなんですか



もう一年あれば、できたことは本当に多かった。専門をもう一段深めることもできた。新しい分野に本腰を入れて踏み込むこともできた。進路についても、腰を据えて考える時間を持てたはずだった。本当に『恩返し』を軸に進路を選んでいいのかと、ひと呼吸置いて自問する余白もあったはずなんだよ



早期修了すると、考える余裕がなくなりますか?



ない、ない笑。考えていたら時間が過ぎてしまうでしょ。考える前に走り切ってしまう感覚に近いかな
博士課程って、在籍している最中はしんどいけれど、同時に立ち止まっても許される時期でもある。他では得がたい貴重な時間を、自分はみすみす手放してしまったんだ



でも、早く修了すること自体は、悪い選択ではないですよね



もちろん。早期修了が合う人もいるし、それで幸せになる人もたくさんいる。現に、早期修了直後の自分は幸せだった。
でもね、自分の場合は「早く終わらせること」が目的化してしまって、その先の将来設計が雑になった。博士課程はゴールじゃなくて、長い研究人生のスタート地点なのに、スタートラインに立つ準備が疎かなまま走り出してしまった感覚がある



早期修了って、できたらカッコいいけれども、代償も大きなものなんですね。じゃあ、博士課程在籍中の私たちは、何を基準に修了時期を考えればいいんでしょうか?



「自分はもう、博士課程でやり残したことは何もない!」と言えるかどうか
論文の本数や年限だけじゃないよ。専門性もそう。視野の広がりもそう。進路への納得感も、精神的な成熟も忘れられないね。そのどれかに引っかかりが残っているなら、もう少し博士課程に居てもいい。ないなら、さっさと修了したらいい



聞いていると、博士課程って、成果を出す場所というより、人生の覚悟を固める場所なのかもしれませんね



そうだと思う。博士号は通過点。その後の時間のほうがずっと長い。だからこそ、在籍期間を最短で終わらせるより、自分が納得できる形で使い切ることのほうが大切なんだ。僕はそこを急ぎすぎた。だから、いま博士課程にいる君には、焦らず、自分の時間をどう使い切るかを考えてほしい
最後に



ここまで話を聞いてきて、どうだった?



…重かったです。でも、不思議と気持ちは沈まなかったです。これまでは、早く終わらせて楽になりたいとばかり思っていましたけど、今はこのしんどいけど自由な時間を、どう使い切ってやろうかって、少しだけ前向きな欲が出てきました



それなら、この話をした意味はあったかな
ここまで話してきたことって、これをやるなという忠告ではないんだよね。専門を深めたことも、企業に就職したことも、早期修了を選んだことも、その時点では全部、自分なりに考えて選んだ道だったからさ



それでも、後悔として残っている



そう。後悔が残った理由はひとつで、博士課程を自分なりに100%使い切れなかったからだと思う。もっと視野を広げられたかもしれない。もっと自分を評価してくれる環境を選べたかもしれない。もっと腰を据えて、自分の将来を考えられたかもしれない。そういう「かもしれない」が、あとから積み重なって、後悔という形を持った



では、いま博士課程にいる私たちは、何を一番意識すればいいんでしょうか



正解を選ぼうとしなくていい。博士課程からは万人向けの正解ルートなんて存在しないからね。
僕が何か言えるとすれば、いまの自分が、この時間をどう使ったのかを、将来の自分に胸を張って説明できるかどうかを大切にしてほしいな



後悔しない選択、というよりは…



後悔しても納得できる選択、かな
後悔そのものは避けられない。でも、「あのときの自分は、ちゃんと考えて決めたんだ」と言えるなら、その後悔は次の選択にちゃんとつながる。ここで話した僕の後悔も、いまになってようやく、そういう意味を持ち始めたメモみたいなものなんだ



それを、後輩に渡している感じなんですね



まぁ、そんな大それたものじゃないけどね。途中で拾ったメモを、そのまま置いているだけかな



でも、それを読めただけで、少し気が楽になりました



それなら十分だよ。博士課程って、思っているよりずっと自由だし、思っているより取り返しもきく。その自由をどう使うかを、いまのあなたなりに考えてくれたら、それでいいからさ



















コメント