【研究室生活体験記】ラボ配属から博士課程早期修了まで駆け抜けた五年間のハイライト

何もかもが空回りしたD1時代

オックスフォード留学にて

留学にあたって数百万円単位のお金が必要です。海外での研究活動に必要な原資は全て自分の懐から捻出しました。

往復渡航費は学振DC1の科研費から。イギリスでの生活費は、DC1の給与と自らの貯金から。渡英に際して、積み立てNISAを全額解約して120万円用意しました。お金に働いてもらうよりも海外留学で自らの市場価値を高めた方が得策との判断です。多額の身銭を切っての留学になります。他人からは一円も借りません。自分で稼いだお金で留学するからこそ実りある時間を過ごせるでしょう。

10月2日。羽田空港からヒースロー空港まで15時間のロングフライト。バスを乗り継いでオックスフォードへ。苦労してようやくたどり着いた留学先では、目を覆いたくなるような絶望の日々が待ち受けていました。

オックスフォードへは実験をやりに行きました。にもかかわらず、使用予定の実験装置が全て壊れていて、ちっとも使い物になりません。辛うじて生き残っていた最後の装置は、目の前でチャイナ人ポスドク女性が扱いを間違えて息の根を断ってしまいました。実験試料は待てども待てども届かない。実験開始に必要な安全講習すら二か月間も受けられなかった。滞在先のラボで友達を作れでもすればまだマシだったかもしれません。そもそも滞在先のラボにはほとんど人が来ず、人と話す機会さえほとんどありませんでした。

留学中での研究を諦めました。ここで何か進捗を得るのは無理だ、と。
少しでも何か収穫を得て帰りたい。そこで、オックスフォードやロンドンの博物館や美術館へ足を運んでイギリスの文化を体験しました。本屋にもよく通いましたね。気になる本を買い、ショッピングモールの屋上でひなたぼっこしながら読みふける毎日でした。これはこれで決して悪くはありません。せわしなかった日本での研究活動から一時的に離れて羽を休められました。

…どうやら自分は「休む」のが苦手なようです。のんびりとしたオックスフォード生活に3か月目で嫌気がさしてきました。何か研究をやらせてほしい。何もやらずに時を過ごすのは辛い。時間を無駄にしている感覚に吐き気がする。ああ、お金も無駄になっていますね。なんせ、オックスフォードへの居住費と大学への在籍料で月に30万円も飛んでいきましたから。

やっとの思いでためたお金を無為にされるのが辛くてたまりませんでした。辛さに耐えきれず、イギリス留学を途中で切り上げて帰ってきたのです。イギリスにこれ以上長く居ても仕方がありません。研究をしに行ったのに研究できそうにもない。そうである以上、3月までイギリスに居る価値を見出せませんでした。早期修了だってまだ諦めていません。最後の一年で勝負をかけるべく、日本に帰って気力と体力を満充電する決断を下しました。

1月20日に羽田空港へ戻ってきました。第三ターミナルで夜景を眺めながら「本当にツイていなかったな」とガックリ。悔しくて涙が出てきました。実力不足ではね返されるなら仕方がないと納得できるでしょう。置かれた環境が原因で何もさせてもらえなかったのがやらせなかったです。日本ではもちろん破滅的な研究環境。海外に行けばもっと破滅的。「研究との縁はないのかもしれないな」と考え始めました。

ビッグジャーナル行脚

留学と時を同じくして論文投稿も進めました。いえ、白状しましょう。全く進みませんでした。

一回目の投稿はIF14の学術雑誌。9月初旬に投稿しました。査読に回ってくれるかなと思っていたところ、投稿翌日にリジェクトの通知が。エディター曰く「雑誌の要求レベルに達していないよ」だそう。箸にも棒にも掛からなかったようです。まぁ、高望みしすぎたということでしょうか。

エディターから”投稿雑誌のレベルを落とせ”と言われたとき、大概の人間は素直に従うかと存じます。自身の論文内容のレベルなど、追加実験程度では上げられないから。データは揃っている。考察はこれ以上できないぐらい作り込んだ。それでもリジェクトされた。ならばレベルを下げざるを得ません。

指導教員は投稿雑誌のレベルを上げたがりました。私はレベルを下げてくれよと懇願しました。投稿先で三日間、大揉め。最終的には自分が折れました。「コレでリジェクトされたら絶対にレベルを落としてくださいよ」との約束を取り付けて。

二回目の投稿はIF19の学術雑誌。案の定、二週間でリジェクトされました。指導教員は何を思ったか、私に対してリジェクト通知を一か月間も黙っていました。先生から連絡がないから、論文がてっきり査読に回っているのかと思っていた。落ちたならすぐに次の雑誌へ投稿したいところ。リジェクトの事実を知らなかったがために貴重な一か月間が失われました。

なんと! 先生は、再び雑誌のレベルを上げようと試みました。このままではやりたい放題されてしまいますね。この論文が一生アクセプトされないかもしれません。業績不足で早期修了を達成できなくなる可能性がありました。折あしく、私は漆黒のイギリス留学へ飛び立ちました。先生が日本で意中の雑誌へ投稿するのを止めようがありません。

自分なりの抵抗を試みました。先生とZoom会議して、投稿先の件で文句を言ったのです。その際、留学のストレスと相まってついついブチギレてしまった。さすがに先生もひるんでいましたよ笑。普段、自分は猫のように大人しい。そんな自分が突如としてキレたものだから驚いたのでしょう。「まぁまぁ落ち着いて…」と宥められました。キレさせた側が言うセリフではないんですけどね。「そこまで言うなら…」とようやくレベルダウンに応じてくれました。投稿が完了するまでは気を緩められません。

三度目の投稿はIF10の雑誌。これは一週間でリジェクトされました。まだまだレベルが高すぎるようです。エディターから「もっと標準的なジャーナルへ投稿したら?」と提案される始末。四度目の投稿はIF9の雑誌。ようやく査読に回りました。2か月間の査読を経てリジェクトのお沙汰。

ただでさえ論文のリジェクトは堪えます。それを四度、暗黒の英国留学中に被弾したものだからなお辛かったです。研究の意義どころか、人間としての尊厳まで否定されたような気分。「どうして博士課程へ進学したのか」と過去の選択を心から悔やみました。博士課程なんて全然楽しくない。研究させてもらえない。留学はクソつまらない。論文は通らない。もう、踏んだり蹴ったりだ。何が楽しくて生きているのだろう。

研究者になるのを諦める

M2の後期、トップジャーナルへアクセプトされる過程で研究が嫌いになりました。

もともとは研究が好きでした。嫌いになった研究をもう一度好きになれたらいいなと願って博士課程へ行きました。けれどもD進後、研究関連で散々嫌な思いを味わってしまった。研究にまつわること以外の方がよほど楽しかった。おかげで研究活動自体まで嫌いになった。本気でもう二度と携わりたくない。一刻も早く離れてしまいたい。研究なんて大嫌いだ…

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 6年前に学位を取った者です。
    調べ物をしていて偶然このブログを見つけました。とても楽しく読ませていただいております。
    様々な災難に見舞われたり、在学中にコロナ禍もあったなか、これだけのモチベーションを保っていて、本当に尊敬いたします。

    私はかめさんのように優秀な学生ではなかったのですが、
    同じく、進学する人が周りにいない環境だったり、
    余裕がなくて彼女にフラれたり、
    ボスとそりが合わない時期があったり、
    研究が嫌いになったり、
    いいジャーナルに載ったら周りの評価が変わったり、
    色々なことを思い出しました 笑

    そして、就職のために引っ越しした春先は、とても楽しかったのを思い出します。

    かめさんの益々のご活躍をお祈り申し上げます。

    • コメントありがとうございます。記事をご覧いただけて嬉しく思いました。
      皆さん、博士課程へ行くと、何かしらハプニングに遭遇するのですね。何事もなく学位取得まで至った人を見たことがありません…笑

      ただいま、つかの間の解放感を味わっています。五年ぶりに何もやることがない状態になって精神が落ち着いております^ ^
      来週から会社員生活です。もう少し休ませてくれよとは思いますが、また気合を入れて頑張っていくしかありません。

      応援のお言葉をありがとうございました。
      今後も頑張ります。会社も、ブログ執筆も、その他の趣味も充実させます!

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