浪人生活・冬
12月:センター試験対策開始。“前年度の二の足を踏むまい”と死力を尽くして勉学に励む

センター試験の足音が聞こえ、最後の気力を振り絞りました。4月や5月みたいにバリバリ頑張るのは正直無理だったのですが、“今できるベストの努力をしよう”と苦しいなりに必死のパッチ。センター試験でしか使わない日本史の勉強に追い込みをかけたり、物理や化学などセンター特有の問題形式に慣れるべく過去問を25年分解いたりしました。一番力を入れたのが英語。昨年度は筆記試験で144点しか取れずに足を引っ張ってしまったから、今年は“せめて9割は取ろう“と英語も25年分演習しました。もうガソリンが残っていないのに走らされる車の如くフラつきながらの過去問演習。ひと科目解くだけで集中力が底をつき、積み上げられた赤本を眺めて(もう勘弁してくれよ…)とつい弱音が漏れる。それでもどうにか踏ん張れたのは『前年度の二の足を踏むまい』という己の意地の強さのおかげ。

後には引けない。絶対に負けられない戦いなんだ
と挫折しそうになっては呟いていました。
1月:センター試験763/900。国語でまさかの114点


二度目のセンター試験は広島大学での受験。前日に最寄りのJR・西条駅前のホテルに泊まり、降雪で鉄道が止まっても受験できる万全の態勢を築いておきました。同じホテルには塾でよく見かけた顔が大勢宿泊していました。たしか隣の部屋も知り合いだったかな?まるで予備校にいるみたいだなぁと居心地の良さを覚えました。
翌日・翌々日と2日連続でセンター試験。待ってました!とばかりに大雪が降り、交通ダイヤが乱れに乱れて試験開始時刻が大きく遅延。試験自体は全科目会心の出来でした。初っ端の日本史からラストのリスニングまで集中力を途切らせず望めました。ところが自己採点してみた所、763/900(84.7%)しか取れていません。戦犯は国語。なんと114/200(いいよっ!)と過去最低点の出来でした。手応え的には良かったのに、評論以外でボロボロと点数を落としていました。特に古文なんて4点しかなかった笑。懸命に古文単語を覚えたにも関わらず全く点数に反映されませんでした。国語の採点中は腕が震え、(どんだけ点数落とすんや…)と冷や汗が滝のように出てきました。しまいにはあまりの不出来に笑えてきたぐらい。「なにが114(いいよ)だよ、ふざけんなよ笑!」と一人でツッコミを入れていました。
ちなみにセンター試験の成績は
・日本史:92/100
・国語:114/200
・英語 (リーディング):186/200
・英語 (リスニング):48/50
・数学IA:96/100
・数学IIB:100/100
・化学:92/100
・物理:82/100
でした。
2月:復習メインで二次試験対策。試験本番は最高の出来


センター試験の成績をもとに出願校を絞り込み。国公立の前期は北大、後期はセンターだけで合否が決まる大阪府大(現:大阪公立大)にエントリー。少しでも合格できるチャンスを増やすべく大阪府大の中期試験にも出願しました。また、センター試験だけで合否が決まるセンター利用入試という形式で関学大(経済)や同志社大(法・法)などにも申し込みました。本当は早稲田の政治経済学部に願書を出したかったのです。しかし国語で衝撃的(笑撃的?)な点数を取り合格する見込みがなくなったことで出願を取り止めました。
滑り止め校については以下の記事に詳細を書いたので宜しければご覧ください。


出願後は北大合格に向けて二次試験対策に取り掛かりました。北大に特化した対策はせず、これまでやってきたテキストや問題集の復習をメインに知識に抜け漏れがないか確認する形。というより、気力を使い果たしたせいで新しいことに手を出す余裕がなかった。手を広げてもモノにならないまま受験を迎えるのだけは避けたかったし、だったらやらない方がマシだと考え復習に専念していました。唯一、数学だけは『北大数学50年』という分厚い本を買って演習しました。それに関しても全問は解かず、苦手な複素数と数列、それに論証問題だけつまみ食いした程度です。
試験の一週間前から時間を測って5年分の過去問演習を行いました。
- ちゃんと北大形式に対応できるか?
- 時間制限内に回答し終えられるか?
など実戦的な側面から自己分析。一応全年度・全科目とも制限時間内に問題なく解き終えられました。(絶対に合格するぞ!)と気持ちを高めて試験地・札幌へと向かいました。
試験前々日から試験当日の一部始終についてはこちらの記事をご覧ください⇩


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