【大学受験】A判定でも大学受験に落ちる!不合格経験者が理由を解説する

京大実戦模試で農学部B判定(夏)、続けてA判定(秋)。翌年の本試、不合格

札幌と筑波で電池材料を研究している北大化学系大学院生のかめ(D2)です。模試の判定と本番の結果がまるで噛み合わなかった人間であります。

受験から9年が経ちました。傷ついた心もようやく癒え、当時の愚行を冷静に振り返る余裕が出てきています。あの頃を思い出すたびに赤面しますね。18歳の自分にいまの分別が備わっていたら合格できていたでしょう。必要な時期に必要な力が足りず、力が十分に備わった頃には受験など遠い過去の出来事になっていました。

本記事では、A判定を取りながら京大に落ちた理由を9年越しに自己分析していきます。しくじり先生の教訓から何かひとつでも拾ってもらえたら幸いです。

かめ

それではさっそく始めていきます

目次

偶然取れた好判定に気を緩め、勉強をやめてしまった

高3の春、駿台模試でE判定。夏の京大実戦でB判定まで一気に跳ね上がり、秋にはまさかのA判定。順調に成績が伸びた、、、と当時の私は信じ込んでいました。実力が京大合格レベルに達したと思い込み、有頂天になって勉強する手を緩めてしまった。その結果、センター試験(現・共通テスト)で大失敗し、二次試験本番でも大撃沈しました。

後から振り返ると、B判定もA判定も偶然の産物でした。得意な英語が大当たりし、苦手な数学で足を引っ張らない程度の点数を拾えた。どちらの模試も同じパターンで、幸か不幸か、マグレの好判定が二連発してしまったわけです。

冷静に考えれば好判定はマグレだと気づけたはずなのに、18歳の私には冷静さが致命的に足りなかった。A判定でも油断せず勉強を続け、着実に実力を積み上げていかねばならなかったのです。少なくとも合格可能性60%以上を二度叩き出す力はあったわけですから、本当に京大へ受かってしまう可能性も低くはなかったでしょう。

A判定で浮かれたのが運の尽き。努力をサボる受験生に、受験の神様は容赦しないようですね。

テクニック頼みの数学が、京大二次で通用しなかった

現役時代の勉強法を振り返ると、問題を解くことに躍起になっていた印象があります。とりわけ数学。少しでも早く正解にたどり着きたくて、なるべく多くの解法を頭に叩き込んで試験に臨んでいました。

京大の二次試験を除けば、確かに点数は取れていたのです。校内テストは常に95点以上、河合の全統模試でも偏差値65を下回ったことがない。好成績が続いていたので、自分の勉強法を疑う機会がほとんどありませんでした。連勝中のサッカーチームがフォーメーションをいじらない心理と同じです。うまくいっている方法をわざわざ変えるのは怖い。ヘタにいじれば良い流れが断ち切られ、連敗が始まるかもしれませんから。

ただ、テストや模試で高得点を取れていたとはいえ、解法を知っていたから解けていたに過ぎません。本質を理解していたわけではなく、上辺の知識で点数を稼いでいました。当時の私は、勉強=テクニック収集と錯覚していたのです。案の定、本質的な理解を問う京大二次の数学で大撃沈し、200点満点で60点

京大のような難関校は、パッと見て回答方針を立てられない複雑な問題を出してきます。テクニック頼みの人間をふるい落とし、根本から理解している人間を選び抜くためです。数学の本質を掴んでいる人間には解法の糸口が見えるけれども、解法の暗記にばかり注力してきた私の目には、何も見えませんでした。

もう少し腰を据えて根本から理解する学習を積み上げていれば、仮に模試の点数は伸び悩んでも、二次試験本番ではそれなりに戦えたはずです。

和田秀樹さんが提唱した解法暗記も、暗記の過程で数学を深く理解してこそ成立する手法でしょう。ところが当時の私は、解法を覚えること自体が目的にすり替わり、理解を完全に置き去りにしていました。本末転倒もいいところです。

京大専願受験し、本番慣れの機会を自ら潰してしまった

私は緊張しがちな性格です。絶対に失敗できないと自分に圧をかけ、肩に力が入ってしまう悪い癖がある。緊張したところで何の得にもならないのは頭では分かっていますが、長年、この性格は変えられませんでした。

現役時代は京大専願。受かれば天国、落ちれば浪人のハイリスク作戦を選びました。案の定、二次試験が始まる前はめちゃくちゃ緊張しています。失敗したら浪人だと考えた途端、体がガタガタ震え出し、シャーペンを握る手から力が抜けました。第一科目の国語はなんとか無難にクリアしたけれど、第二科目の数学で撃沈。本質的な学力不足に加え、緊張による大量の計算ミスも敗因として重くのしかかりました。

京大不合格が決まったとき、滑り止めを受けておけばよかったと心底後悔しました。進学するかどうかは別として、本番前にいくつか試験を受けて場慣れしておきたかった。私大の入試で合格を掴み、自信をつけてから京大二次に向かえば展開は変わっていたはずです。緊張しがちな人間が自ら背水の陣を敷くなんて、頭がどうかしていたとしか言いようがありません。京大に落ちても行ける場所がある状態なら、もっと心にゆとりを持って戦えたでしょう。

入試会場は独特の緊張感に包まれています。よほど心臓の強い受験生でなければ、あの空気にのまれて実力を出し切るのは難しいでしょう。

浪人時代は現役の反省を活かし、二次試験の前に関関同立をいくつか受験しました。実際に会場で受けた試験もあれば、センター試験の成績で合否が決まる方式に出願したものもあります。場慣れして合格と自信を掴んだおかげで、北大の二次試験にはほとんど緊張せず臨めました。本番では実力を120%発揮し、総合理系に次席合格。現役時代と浪人時代の違いは、学力よりもメンタルの安定感にあったと思います。

最後に

A判定から京大に落ちた理由の自己分析は以上です。自分の失敗を掘り返す作業はなかなかに辛いものがありましたが、同じ轍を踏む受験生が一人でも減ってくれれば、この赤面の時間にも意味があったと思えます。

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