研究室生活春夏秋冬vol.61 最終回|さあ行こうぜ、どこまでも! 大志を抱いて札幌から世界へ

赤と青のガウン

皇族の彬子女王がお書きになられた英国留学体験記を読んだ。女王殿下がご留学なさったのは、私がD1後期に留学したのと同じオックスフォード大学。女王様はマートン・カレッジにて博士号をお取りになった。殿下のご専門は日本芸術。大英博物館を中心に、英国中の博物館の資料にあたってご研究なさったそう。

研究を英語で進めるのだけでも大変。まして、周囲を外国人に囲まれながら学位取得までこぎつける過酷さたるや、想像を絶するものがある。女王殿下のひたむきな研究姿勢が文章からひしひしと伝わってきた。カッコいいなぁ。すごいなぁ。尊敬するわぁ。北大博士課程を飛び級修了しただけで小躍りしている自分が卑小に思えてきた。

『赤と青のガウン』を読んだのは二回目。初めて目を通したのは、一年半前のD1前期。オックスフォード大学へ留学する直前に士気を高めるべく読んだ。まさか彼の地であんな目に遭うとは。「書籍で読んだ話と全然違うじゃないか…」と失意150億%で帰国した。

あの惨劇から一年が経った。留学で負った心の傷が癒えたのを確認して再読した。

知っている名前が次々出てきて留学時代を思い出した。彬子女王殿下が頻繁に出入りしたアシュモレアン博物館。ここへは自分も週に一度のペースで足を運んでいた。おいしい食べものが手に入るカバードマーケット。お金が無くてあまり買えなかったけれども、物珍しさに何度か訪れた。大英博物館にも一度だけ入った。他にも、サンドイッチ屋さんや広場など、オックスフォードの現地で見てきたものが数多く登場した。

私の留学は空虚なものだった。彬子女王殿下のようには友人を作れなかった。食事はいつもスーパーで買った。レストランになど入れなかった。『赤と青のガウン』がSFモノのように映る。自分の留学体験とあまりにかけ離れている。まるで現実のように感じられない。創作ではないのは分かってはいる。自分のモノクロな留学生活と比べてみたとき、生活の鮮明度のあまりの違いにクラっときた。

洗濯機!洗濯機!!

新たな研究器具を購入した。洗浄機能付き遠心分離機。世間では「洗濯機」と呼ばれている。もちろん、研究遂行経費で落とせる(落とせない)。日常生活の研究には不可欠なマテリアル。

北大へ入ってから八年間、コインランドリーで洗濯してきた。月に一度、スーツケースに家じゅうの衣類を詰め込み、コインランドリーまで引きずって持って行く。洗濯代は一回1,000円。ひと月に一度なら年12,000円。8年間なら約10万円。コインランドリーではドラム型洗濯機を使っていた。ドラム型は高い。平気で一台20万円はする。あと、重い。一台50kg以上ある。そんな高額で重たい洗濯機を買うぐらいならコインランドリーで済ませた方がいい。このような打算的思考で今日まで洗濯機を買わずにきた。

来月から会社員になる。上下ともにスーツでの勤務。コインランドリーへ行く時間がもったいない。家の中で選択できた方が楽だろう。また、洗濯機はドラム型にこだわらずとも良いと気付いた(気付くの遅っ)。縦型洗濯機でも十分じゃないか。縦型洗濯機なら3万円で買える。そこそこ良いものも5万円出せば手に入る。5万円ぐらいならすぐに出せる。広島駅前のビックカメラでHaier製44,000円の洗濯機を購入した。

洗浄機能付き遠心分離機は日常を一変させた。なんと! 家の中で洗濯を完結させられるようになった。これはフランス革命以来の出来事。驚天動地。月からスッポンの流星群が降り注いできたような感じ。

洗濯物をドラムに詰め込む。洗剤を流し入れ、蛇口を開け、ふたを閉めてスイッチを押す。30分後にはもう脱水まで終わっている。私の仕事はハンガー掛けと外干しだけ。ああ、なんということでしょう。洗濯がこんなに簡単になってしまっただなんて。専業主婦の気持ちがよく分かる。家電ごときに仕事を奪われてしまって喪失感がハンパない。

自転車!自転車っ!!

また新たな研究器具を購入した。サドル付き二輪市街走行車。世間では「自転車」と呼ばれている。もちろん、研究遂行経費で落とせる(落とせない)。世間の物質移動現象を調べるのに不可欠な機材だ。

自転車に関しては、以前は持っていた。中学高校は自転車通学。片道6kmの道のりをこいで通っていた。大学も学部時代は自転車通学。寝癖全開の頭に水をかけ、自転車をこぎつつ頭をかきむしって乾かしながら通学していた。B4の3月。M2の先輩に連れられ、すすきのの一蘭(*ラーメン屋)へ向かった。一蘭の前で路上駐車。メシを食べている間に見知らぬ誰かがタイヤへ穴をあけた。おまけにサドルまで持って行った。サドルなんか何に使うんだ。あなたも誰かにサドルを取られたのか。じゃあ仕方がないな…とはならない。

タイヤをパンクさせられただけならいい。サドルまで取られたのは痛手だった。もはや愛車を修理してもらう気にもならぬ。ないものはない。修理すらできない。修士進学以降、壊れた自転車をほったらかして、徒歩通学に切り替えた。行動半径が半分に狭まった。行きつけだったお店への足が遠のく。研究活動へますます意識が集中する遠因となった。

さて、来月から会社員になる。家から弊社へはJRで通勤する。問題なのは、家からJR駅までの行程。早歩きでも20分かかる。ほふく前進ならおそらく50分はかかる。さすがに時間がかかりすぎ。せめて半分以下の7~8分で向かえれば嬉しい。
そこで活躍するのが自転車。移動速度を倍増させて通勤時間をショートカットしてくれる。長い長いサラリーマン生活は、健康で文化的な最低限度のレベルを志向する。そのためにはどうしても自転車が必要。パンクやサドル盗難を警戒してなどいられない。

早速自転車屋さんへ向かう。どの自転車も「オレに乗ってくれ!」「いやいや、オレの方がいいぞ!」と魅力を訴えてくる。まるで院生のポスター発表を見ているよう。自分が学生だった頃も聴衆へ血気盛んにアピールしていたのだろう。私が欲しいのは通勤用自転車。サドルがあって、かごがついていて、ギアを何段階か変えられるものがいい。ロードバイクでもクロスバイクでもない。ママチャリでもない。育毛でも植毛でもない。アートネイチャー…

購入したのはサドル付き自転車。ギアは六速。暗闇でライトが自動点灯する。お値段、3万円と少し。中学時代に買った同じような自転車は2万円ぐらいだった気がする。この10年間で物価が上がったのだろう。学振DCの給与は一円も上がらなかった。要は、私は自転車以下の存在ということ。サドルを取られぬだけまだマシかもしれないが。

愛車は家族。家族には名前を付けてあげなきゃ始まらない。検討に検討を重ね、検討を加速する。思い付いたあだ名は「弊車」。弊社に弊車で通勤する。JR駅の兵舎へ平射し、弊車をヘイシャっとして、弊社行きの電車に乗る。弊車とは長い付き合いになるといいな。広島で暮らしている間はずっと乗りたい。パンクや盗難とは無縁のカーライフを送りたい所。弊車よ、これからよろしく頼むね。

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