General Introduction
再生可能エネルギー導入の意義

日本は自然環境に恵まれています。 周りを海に囲まれているほか、国土面積の7割が森林であり、日射量や季節風が豊富であるという特徴を有します。
一方で欠点もあります。それは、電力供給網がたびたび寸断されることです。 頻繁に起こる自然災害は電力インフラを物理的にシャットダウンしてしまうでしょう。また、国内で採掘可能な資源が乏しく、自国内の資源だけで電力を賄うことが難しい状況です。
そこで近年、再生可能エネルギー”RE”が注目されています。 REとは、水力発電や太陽光発電、風力発電などの環境負荷が低い発電方法でまかなわれたエネルギーのことです。 従来の火力発電や原子力発電と違い、REは様々な場所で電力を得られます。 電力供給減を分散させるため、日本の電力インフラの強靭化に貢献します。しかし、REの発電量は気象条件によって大きく変動します。 REの本格的導入には、REで発電された電力を一時貯蔵できる蓄電池が不可欠です。
リチウムイオン電池(LIB)

REの貯蔵源として注目されているのがリチウムイオン電池”LIB”です。LIBは1992年にソニーと旭化成らによって共同開発され、以来、様々なポータブルデバイスに搭載されてきました。2019年、LIBを開発した吉野彰博士らにノーベル化学賞が授与されました。
LIBの内部構造と充放電機構について、模式図を用いて説明します。
従来型LIBには、正極としてコバルト酸リチウムLiCoO2が、負極にはハードカーボンCが使われていました。電解液には、1 mol L-1のLiPF6にエチレンカーボネートECとジメチルカーボネートDMCを体積比1:1で混合したものがよく用いられます。LIBが充電される際、正極層内に吸蔵されたLi+が脱離して電解液中に放出されます。そのLi+は負極層内へ吸蔵されます。それでもって充電反応が進行するのです。放電ではその逆反応が起こります。負極層内に吸蔵されたLi+が脱離して正極内へと吸蔵される仕組みです。
LIBに関して、正極や負極、電解液の材料開発が盛んに行われてきました。LIBのエネルギー密度向上の試みが進んでいます。
蓄電池開発ロードマップ2018

蓄電池のエネルギー密度は、電池の「端子電圧」と「電極容量」の積で見積もられます。これらふたつのパラメータの一方を、あるいは両方ともを高めることでエネルギー密度が向上していくでしょう。
下の図は、NEDOが発表した蓄電池開発ロードマップです。縦軸が電池の市場シェア、横軸が年代を表しています。2025年現在、現行の液系LIBを改良した先進LIBが主流になっています。今後、年代がどんどん後になっていくにつれ、先進LIBから電解質を固体にした全固体LIBへ、そしてLiやNa、Mgなど金属負極を用いた革新型蓄電池へ取って代わられる見込みです。私が博士課程で行ったのは、現行LIB以降の蓄電池を開発・普及させるための基礎研究です。次のページからその詳細を説明していきます。
研究の詳細な背景
高濃度電解液

まずは左の図をご覧ください。こちらは、従来型電解液中のLi+とアニオンと溶媒の配位構造を表す模式図です。従来型電解液中において、溶媒は、Li+と配位しているものもあれば、していないものもあります。Li+と未配位の溶媒は電気化学反応の際に容易に分解してしまいます。そのため、電池を操作可能な電位の幅を示す”電位窓”が低いという短所があります。また、未配位な溶媒は燃えやすいです。電池内部で短絡が生じた際に発火に繋がる懸念があります。なお、従来型電解液はLi塩濃度が1 mol L-1程度です。電解液粘度が低く、イオン導電率が高いという有意な特徴があります。
従来型電解液の示す欠点を克服するために考案されたのが「電解液高濃度化」というコンセプトです。高濃度電解液HCEは、従来型よりもLi塩が3倍以上高濃度な電解質になります。中央の図をご覧ください。HCE中では、液中の存在するほぼ全ての溶媒とアニオンがLi+に配位してイオン対や凝集体を形成しています。こうした特殊構造を示すことから、HCEは不燃性や広い電位窓を示します。一方で、高濃度化によって電解液粘度が向上し、イオン導電率は低下してしまいました。このままでは実電池への適用を考えることはできません。
HCEの有する欠点を克服するために提案されたのがHCEの希釈というコンセプトです。局所高濃度電解液LHCEは、HCEにLi+とは配位しないエーテル系希釈材を入れてLi塩濃度を下げた電解質になります。右の図をご覧ください。LHCE中では、HCE中で見られたLi+を取り巻く配位構造が維持されています。それでもって電解液濃度を下げられました。よって、LHCEはHCEの持つ有意な特性を持ちつつ、低い電解液粘度や高いイオン導電率といった特性を得られました。
HCEとLHCEは次世代型蓄電池用電解液として期待されています。私の研究ではこのふたつを用いて実験を行いました。
リチウム(Li)金属負極

私は将来、電池の負極にはリチウム (Li) 金属を適用したいと考えております。Liは金属の中で最も低い密度と電極電位を示し、非常に大きな理論容量を有します。そのため、リチウム硫黄電池やリチウム空気電池といった革新型蓄電池への適用が想定されています。しかし、Liは析出形態が凸凹です。その形状は苔状や針状など様々あります。凸凹とした析出Liは、充放電反応の際にますます凸凹としていき、やがてセパレータを貫通して短絡や発火事故に至る懸念があるでしょう。金属Liを電池へ適用するには、電解液中でのLi析出メカニズムの解明が不可欠です。
下の図は、析出Li表面に形成される固体-電解液界面 (SEI)と呼ばれる表面皮膜です。SEIは電解液成分の分解により形成されることや、Liの析出形態に影響を及ぼすことなどが知られています。電析反応の際、SEIは、電解液中のLi+を金属Li表面へ通すガイド役を担います。SEIは、炭酸リチウムLi2CO3や酸化リチウムLi2Oなど、様々な化学種がモザイク状に集まった構造物です。Li析出形態の制御には、SEIに関する詳細な理解が必要になります。
拡散と電析現象の相関性

左の図は、電解前における電解セルを表す模式図です。アノードとカソードともにLi金属を使用しています。
電解前は電解液中に濃度の偏りは生じていません。セルに電気を印加して充電を行うと、両電極表面で電気化学反応が進行します。アノード表面ではLiの溶解反応が起こり、アノード近傍のLi+濃度が上昇します。カソード表面ではLi析出反応が起こり、カソード近傍においてLi+の濃度は低下していくでしょう。すると、両電極とバルクとの間にはLi+の濃度差が生じます。液中のLi+は濃度勾配に従って、アノード側からカソード側へと拡散していくのです。
Li析出反応にはLi+拡散現象が関与しています。よって、拡散現象が析出反応に大きな影響を及ぼしているのではないかと考えました。拡散現象を視覚的に捉えるため、博士課程では『電極近傍でのLi+濃度分布観察』を行ってきました。
次のページでは、電解液とLi金属負極に関する先行研究例を3つご紹介します。
電解液とLi金属負極の先行研究

まずは左側の図にご着目ください。こちらは従来型電解液を用いて行われた先行研究です。左上の図に実験セルの写真があります。左の透明な領域が電解液を、右の金色の領域がLiカソードを表しています。
実験セルへ電気を印加すると、ただちにLi析出反応が進行します。この研究では、電極表面に苔状のLiが析出する様子が確認されました。析出反応進行時の実験セル内について模式図で示されています。金属Li電極表面に苔状の析出Liが形成されました。また、電解液濃度は、電析時間の経過に伴って徐々に低下していきました。
析出反応を進行させていくと、やがて電極表面でLi+濃度がゼロになるタイミングが訪れます。この研究では、Li+枯渇の瞬間に析出形態が変化したことが報告されました。具体的には、苔状だった形態が樹枝状へ遷移した旨が記されています。
次に右上の図をご覧ください。こちらは、従来型電解液とHCEとLHCEを用いて行われた充放電試験の結果です。従来型電解液を用いた試験では、50サイクルを境に急激な容量低下がみられました。HCEでは150サイクルを境に容量低下が、LHCEでは350サイクルを経ても顕著な低下がみられませんでした。次世代型電解液を用いることで容量低下量を抑えられることが分かりました。
最後に右下の図をご覧ください。こちらは、HCEとLHCE中で行った電析実験後におけるCu電極表面のSEM像です。HCEとLHCEともに同じ電流密度と電解時間で実験しました。しかし、HCE中よりもLHCE中の方が析出物厚さが抑えられていることが分かります。HCEの希釈によって析出物厚さを著しく抑えられることが明らかになりました。
これらの研究以外にも様々な先行研究例が報告されています。しかし、私が博士課程へ進学する前までは、HCEとLHCE中において、Li析出反応とLi+拡散現象の相関性は明らかにされてきませんでした。
研究目的と研究の構成
研究目的

こちらは、博士課程での研究概略図です。
金属Li電析は、溶液側から電極表面へのLi+輸送を起点に進行します。Li+は溶媒やアニオンと配位されながら電極表面まで輸送され、表面で配位状態から離脱して電析します。析出の際、析出Li表面をSEIが被覆します。本研究では、Li+の一連の拡散現象を「干渉法」と「ラマン分光法」を用いて調査しました。析出物の成長過程は光学顕微鏡で観察しております。さらに、析出物の解析について、FE-SEMやCryo-TEm、STEM-EELSなどを用いて進めてきました。これ等の実験で得られた研究成果を総合的に考察することで、『Li+拡散現象がSEIとLi析出形態へどのような影響を及ぼすかを明らかにすること』を研究目的といたしました。
次のページでは、拡散現象の観察に用いた「干渉法」の測定原理についてご紹介します。
レーザー干渉計の測定原理

干渉計とは、光の位相変化という物理現象を利用して試料の濃度変化を算出する機器です。
干渉計では「参照光」と「物体光」という二種類の光を用います。参照光は試料を透過させません。よって、実験に際して光の位相変化は生じません。物体光は試料を透過させます。そのため、溶液の屈折率に応じて光の波長や位相が変化するのです。参照光と物体光を同じスクリーン上へ投影すると、光の干渉によって干渉縞が出現します。今回の実験で用いた干渉計では、干渉縞をPC上で解析することで、電解に伴う電解液中の濃度変化をリアルタイム観察しています。
博士論文の構成

私の博士論文は全七章で構成されています。
第一章では研究背景を記しました。
第二章では、Li電析形態にLi+配位構造と印加電流密度がどのような関係性を示すか調査しました。
第三章では、電解により形成された濃度勾配が緩和されていく様子を観察しました。
第四章では、電流の印加方向を操作して充放電反応を起こさせ、その最中における電解液中の濃度分布の観察とシミュレーションを行いました。
第五章では、様々な濃度の電解液を用いて充放電反応を起こさせ、析出形態の濃度依存性を調査しました。
第六章では、HCEとLHCEを用いた対照実験を行い、析出形態に希釈効果がどのような影響を示すか、拡散現象の観点から考察しました。
最後に第七章では研究の総括と今後の展望を記しております。

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