【博士課程】留学失敗と論文四回連続リジェクトでメンタル崩壊したあとV字回復して早期修了した方法

大学院のD1後期に、悲劇が立て続けに襲ってきました。

10月からイギリスのオックスフォード大学へ研究留学に向かったのですが、訪問先のラボに誰もいません。教授はサバティカルで海の向こう、ポスドクは別プロジェクトに出払い、学生の姿すら見当たりませんでした。私はこの留学のために、学部生の頃からコツコツお金を貯めてきました。デート代すらケチりすぎて彼女にフラれるほど身を削ってきたのに、待ち構えていたのは無人のラボ。3.5カ月、異国の地でほとんど何の研究もできないまま虚しく過ごしました。

さらに追い打ちをかけるように、留学中に指導教員へ投稿をお願いしていた学術論文が四回連続でリジェクトされます。雑誌を変えて再投稿しても、返ってくるのは不採択の通知ばかりでした。自分の研究を否定され続けると、最後の方はもう人格ごと踏みにじられているような気持ちになってきます。

留学の失敗だけでも十分に堪えるのに、論文のリジェクトまで重なりました。心が限界を迎え、イギリスのホームステイ先で喀血してしまったのです。大事をとって、半年間の滞在予定を繰り上げて帰国することになりました。

ここまでなら、ただの悲劇です。話には続きがあります。帰国後、ボロボロの状態から態勢を立て直して論文を三報書き上げ、最終的には博士課程を一年飛び級で修了しました

メンタルが完全に壊れた地点から、どうやって立ち直り、飛び級にまで辿り着いたのか。心を病んでいる大学院生や、うつ寸前まで追い込まれている博士学生に向けて、私自身の経験をお伝えしていきます。ぜひ最後までご覧ください。

目次

「頑張らない」を徹底的に意識した

メンタルブレイクする前の私は、何に対しても120点を叩き出そうとしていました。

研究では、もっと良いデータが取れるんじゃないかと睡眠を犠牲にして実験手法を模索し続けました。ゼミ発表では、先生たちの期待をきっちり超えてやろうと、資料作りにありったけの熱量を注ぎ込みました。趣味のランニングですら、マラソンの自己ベスト更新を目指して毎日追い込んでいたほどです。

なぜそこまで自分を追い立てていたのか。根っこには、小さい頃の家庭環境があります。私の両親は、成果を出し続けなければ愛情を注いでくれませんでした。テストで99点など取ろうものなら「なんで1点落としたの!?」とぶん殴られた。こういう毒のある両親のもとで育った結果、成果を出している自分にしか価値がないと骨の髄まで刷り込まれていました。ほどほどに手を抜くなんてやり方、知るわけがありません。

でも、ずっと全力で走り続けるなんて無理だったんです。スタミナにもメンタルにも上限はあって、閾値を超えた瞬間に身体のほうが先にギブアップしてしまいます。私の場合、日々の無理な追い込みに加えて留学の失敗と論文リジェクトが一気に押し寄せ、メンタルの限界をあっさり超えてしまいました。

帰国してからも燃え尽き症候群のような状態が続き、研究どころではありません。にもかかわらず、博士課程の修了年限は何の遠慮もなく近づいてきます。毎日、一歩でもいいから前に進まなければなりませんでした。

そこで私は、前進はするけれど、「頑張らずに前進する」と決めました。今日の自分にできそうなことだけをやっていく。データをまとめるだけでもいいし、論文を一本読むだけでもいいし、投稿論文を一行だけ書くのでもいい。何でもいいから、頑張らなくてもこなせる作業から手を付けて、無理のない速度で前に進んでいきました。

最初は亀にも抜かれそうな遅さでしたが、少しずつメンタルが持ち直してきて、生成AIの力も借りながら全盛期の7割ほどの出力で走れるようになっていきました。

60点を積み重ねていく

ひとつだけ、ぜひ覚えて帰ってください。全力主義×完璧主義=破滅です。

人間の持久力には限界があります。加えて、研究には終わりがありません。ゴールだと思った地点に辿り着くと次の目標が姿を現し、クリアした先にはまた新たな壁がそびえ立っているのです。走っても走っても終わらないし、そもそも終わりなんて最初から存在しません。

終わりのない世界で完璧主義を貫こうとすれば、負け確定の総力戦が始まります。完璧なんて不可能なのに、完璧を目指すのだから、勝てるわけがありません。しかも私のように全力主義まで掛け合わせると、走っているうちに火だるまになり、道中で燃え尽きるのがオチです。

白状すると、私はM2の後期からすでにメンタルに異変を感じていました。実はM2のときにも、同じ論文が三回連続でリジェクトされ、家で喀血した前科があるんですよ。あの時点で全力・完璧主義を改めていれば済んだ話なのに、愚かな私はもっと頑張らなきゃと誤った方向に学習してしまいました。結果、博士課程に進んでから見事に潰れたわけです。諸行無常、南無南無……

D1で二度目の喀血を経験し、イギリスで血を吐いて帰ってきてからは、さすがに考えを改めました。100点なんていらない、60点を目指そうと。日々できることを少しずつ増やしながら、ある程度のクオリティーに達したらもう良しとして手を止めることにしました。

幸いなことに、メンタルが復調してきたD2の頃から生成AIが凄まじい勢いで進化し、研究にも本格的に活用できるようになりました。自分の手でゼロから60点まで引き上げ、60点から80点への磨き上げはAIに任せました。人間が骨格を作り、AIが仕上げる。AIとの二人三脚(?)のおかげで、全力を出さなくてもコンスタントに悪くない研究成果を出し続けられるように。その結果、博士課程の飛び級修了に必要な業績を積み上げることができました。

割り切って、可能な限り突っ走る

帰国してから痛感したのですが、メンタルは環境で大きく変わります

ストレスの少ない場所にいれば、不意に圧力がかかっても踏ん張れます。でも、普段からストレスにさらされている状態で追加の圧力をかけられたら、あっけなく押し潰されてしまう。メンタルを根本から整えたければ、ストレスの発生源から物理的に離れるしかありません

博士課程にいた私を最も苦しめていたのは、他ならぬ研究でした。論文リジェクトも留学の失敗も、すべて研究から生まれたストレスです。大学院を辞めてしまえば手っ取り早く楽になれるでしょう。辞めた瞬間から心がすっと軽くなるに違いありません。

でも、せっかくここまで来たのだから、学位だけは取って修了したいと思いました。二度にわたって血を吐いて倒れてもなお最後までやり切った、逃げなかった証拠が欲しかったのです。加えて、私は大学受験で一浪しており、人生に一年のビハインドを背負っています。博士課程の早期修了が、履歴書の上で一年を取り戻せる最後のチャンスでした。絶対に負けられない戦いが、目の前にあったわけです。

もしメンタルが多少やられようとも、最短で学位を取れたら、受けるダメージも最小限に抑えられるはずです。修了できた暁にはゆっくり休んで、思い切り羽を伸ばせばいい。こう割り切って、D2からは自分に可能な最速のペースを維持するようにしました。

もちろん、壊れたメンタルで猛スピードなど出せません。前に進める範囲のなかで、メンタルブレイクしないギリギリのペースを攻め続けました。辛くなるたびに、「飛び級すれば早く休めるから」と自分に言い聞かせて耐え凌ぎました。最後は本当にギリギリで、公聴会では貧血で倒れるかと思いました。それでも何とか踏みとどまり、飛び級を成功させました。

最後に

メンタルが壊れるほど追い詰められている方は、おそらく根が真面目なのだと思います。先生からの指摘をまっすぐに受け止め、もっと頑張らなければと自分を追い立て続けるストイックな方なのでしょう。

真面目な読者の皆さんに、私から伝えたいことはこれだけです。無理すんなよ、と。もっと肩の力を抜きなよ、と。無理して進められる距離には限界があります。無理なくコツコツ積み上げていく方が、長い目で見ればずっと遠くまで行けるのです。

投資の世界に例えると、レバレッジをかけて信用買いに走った人は暴落局面で市場から退場させられます。一方で、毎月コツコツとインデックス投資を続けている人は、リターンこそ派手ではないけれど、リスクを抑えながら長く市場に居続け、やがて大きな資産を築いていきます。研究も投資と同じではないでしょうか。

早期修了はあくまでも最後の手段です。まずは自分のペースを見極めて、無理のない速度で日々の仕事を淡々と片づけていってください。

くれぐれも、無理のないように。

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