日本学術振興会特別研究員DC1になって良かったこと7選

『博士課程は辛いぞ』と散々脅されてD進しました。実際、確かに辛かったです。辛さの種類もバラエティーに富んでいて、もはや試練のデパートでした。

ただ、辛い辛いと連呼するだけの記事を書いても誰も幸せになりません。ネガティブな博士課程エピソードはもうたくさん書きましたから、たまにはポジティブな話もしないとバランスが取れないでしょう。

そこで今回は、学振DC1に内定して良かったことを7つ挙げていきます。

私はM2の9月にDC1内定通知を受け取り、翌春から博士課程に進学しました。博士課程を早期修了し、現在は民間企業で研究開発の仕事をしています。DC1経験者として、あのとき内定をもらえて本当に助かったと感じていることを、書きながらひとつずつ振り返ってみました。

目次

博士課程で、幸先の良いスタートを切れた

博士課程が修羅場であることは、進学前から十分に覚悟していました。廊下ですれ違う先輩たちの疲れた顔を見れば、嫌でもわかります。どうせ辛くなるなら、せめてスタートくらいは気持ちよく切りたいと思っていました。

学振DC1に内定してから博士課程に足を踏み入れたおかげで、入学時点での幸福度は、かなり高い状態でした。

もちろんD進後はきっちり辛い目に遭いましたし、大変な時期も何度もありました。博士課程は、我々の晴れやかな気分を容赦なく叩き潰してきますからね。ただ、スタート地点でしっかり幸福の貯金ができていたぶん、辛いときでも絶望的な落ち方をしなかったように思います。マイナスに振れても、ゼロ付近で踏みとどまれ、メンタル不調突入を回避できたのです。

給与をもらいながら研究できた

学振DC1に採用されると、日本政府から毎月研究奨励金が支給されます。私の頃は月20万円もらえました。

修士までは無給で研究していたのが、博士に上がった途端にお金がもらえるようになるわけです。好きなことをやっているだけで口座の残高が増えていく。最高でしたね。「パラダイスかよ」と。世の中には好きでもない仕事をして給料をもらっている方が大勢いるのに、こちらは好きな研究をして、お金までいただいている。この幸せを噛みしめない手はないでしょう。

さらに北大では、学振DC内定者は博士課程の学費が全額免除になります。収入があるうえに学費もかからない。研究に没頭できる環境としては、これ以上ないほど恵まれていました。

ちなみに、学振DCは任期最終年度に特別手当として月3万円が加算されます。けれども私は博士課程を一年短縮して早期修了したため、最終年度を迎えることなく学振の任期を終えました。月3万円、もらいたかったなあという気持ちがほんの少しだけあります。年間にすれば36万円です。36万円あれば、主食のイワシ缶を1,400個買える計算になります。早く修了できたことと天秤にかければ贅沢な悩みですが、36万円は36万円なので、ほんの少しだけ惜しいです。

研究費を使って海外留学できた

学振DC1に採用されると、研究奨励金とは別に科研費があてがわれます。通常は年間100万円前後のところ、私は年間140万円いただけました。ありがとうございます。

科研費は研究に関わる出費全般に使えます。基金制なので、次年度の枠を前倒しして執行することも可能です。

これだけ研究費が潤沢にあると、海外渡航して研究する選択肢が浮かんできます。”留学してみたいなぁ”との漠然とした憧れが現実になるのです。お金の力は偉大です。

私はD1の10月からイギリスのオックスフォードに渡り、約4カ月間の研究留学を経験しました。イギリスは物価の高さで有名ですが、科研費のおかげで生活費や渡航費を賄えました。ポンドの威圧感に怯えながらスーパーで買い物をする日々だったものの、科研費が財布の底を支えてくれていたので、なんとか生きて帰ってこられました。

留学中は思考の枠組みが飛躍的に広がりましたし、研究に対する視座もぐっと高まりました。海の向こうには、日本にいては見られなかったであろう風景が広がっていました。こうした経験を学生時代にできたのは、今後の人生でかけがえのない財産になると感じています。科研費がなければオックスフォードの空気を吸うこともなかったわけで。学振さま、ありがとうございます。

学振DC2の申請をしなくて済んだ

学振DCへの応募チャンスは、M2・D1・D2の計三回あります。DC1に応募できるのはM2の一回きりで、DC2にはD1とD2の二度挑戦できます。チャンスが多いのは良いことのように思えますが、裏を返せば、DC1に落ちた人は、最大二回、あの申請書地獄を味わうことになります

もし私がDC1で落ちていたら、D1のときにDC2の申請書を書かなければなりませんでした。あの申請書をもう一度最初から書き直す場面を想像すると、胃の中からさっき食べたごはんが逆流しそうになります。めっちゃ苦しいです。

DC1は同学年の学生同士で競うので、業績の面では比較的戦いやすいです。なんせ、みんなまだ駆け出しですから、飛び抜けた業績の持ち主はそう多くありません。

一方DC2になると、同期に加えて、自分たちより一年長く研究しているD2の先輩たちも審査対象に入ってきます。D1の身でDC2の内定を勝ち取るのは、かなりハードルが高いはずです。DC1が新卒採用だとすれば、DC2は即戦力を求められる中途採用のようなものでしょうか。中途採用面接に新卒として乗り込んでいくようなものです。絶望感、半端ないですね。

私は負けるときにはトコトン負けるタイプの人間です。一度転び始めると、身が焼けこげるまで転がり続けます。もしDC1に落ちていたら、DC2でも連敗していた可能性が高いのではないでしょうか。一度目の挑戦で決着をつけられたのは僥倖でした。申請書をもう一回書かなくて済んだだけでも、DC1に通った価値があります。あ~、よかった。

研究がうまくいかないとき、心を奮い立たせてくれた

学振DC1の内定率は約15%で、6〜7人に一人しか通りません。博士課程への進学者は毎年1万人近くいますが、DC1に採用されるのはわずか700人ほどです。現役研究者らによる審査を突破し、アカデミアからお墨付きをもらった事実は、自分の中で大きな支えになりました

博士課程ではさまざまな困難に直面しました。同じ論文が四回連続でリジェクトされたこともあります。四回ですよ、四回。審査員の方々は私の論文に何か個人的な恨みでもあるのだろうかと思いました。そんなわけはないのですが、四回も落とされると被害妄想的な思考が顔を出してきます。誰に助けを求めても状況は好転しませんでしたし、ストレスが身体の限界を超えて喀血したこともあります。博士課程は、心身の両方を丁寧に削ってきました。

研究がうまくいかないとき、私はDC1の内定通知書を引っ張り出してきて眺めていました。あの紙を見るたびに、「自分の力はこんなものではないはずだ、まだやれるはずだ」と思えました。それに、DC1に落ちた人たちのぶんまで頑張らなければいけません。こんなところでくたばるわけにはいかない。全員の想いを背負って頑張るんだ。そう自分に言い聞かせ、打ちのめされるたびに立ち上がりました。

内定通知書は、博士課程修了までずっと、困難を乗り越える勇気を与えてくれました。

就活で職歴欄を埋められた

D1の1月頃から進路について考え始めました。検討に検討を重ね、検討を加速させたすえ、民間企業への就職を決めました。企業に応募するには履歴書の準備が必要です。志望動機や自己アピールなど書くべき項目はたくさんありますが、博士学生がよく悩ませられるのが職歴欄になります。

日本の慣例上、博士課程は職歴とみなされません。大学に何年通っていようと、それは学歴であって、職歴ではないのです。定職に就いた経験が博士課程までないと、就活時の職歴欄は真っ白になります。何も書けないと、なんか寂しいですよね。「自分はいい歳をしてまだ定職に就けていないのか…」と、考える必要もない余計な不安まで押し寄せてきます。

皆さんに朗報です。日本学術振興会特別研究員DCは、職歴として記載できます。学振DCはれっきとした国家公務員です。国からお金を受け取って研究業務を遂行する国家公務員。コッカコウムインって、響きが良いですね。ありがとうございます。おかげで私は、履歴書の職歴欄に堂々と一行書き込むことができました。

空白のまま提出するのと、何かしら記載があるのとでは、本人の気持ちがまるで違います。あのたった一行が、学生時代の私にどれほど心強かったかわかりません。

同期や後輩の成功を素直に祝えた

私はDC1に申請するとき、同じ専攻の別研究室にいた同期と申請書を見せ合っていました。互いにフィードバックを交換しながら、申請書をブラッシュアップしていたのです。彼と私は申請カテゴリーが異なるため、審査でどちらかがどちらかを蹴落とす関係にはなりません。ライバルではなく、共闘相手。

いくらライバルではないとはいえ、ですよ。もし彼だけが通って、自分が落ちていたらどうだったでしょうか。内心穏やかではいられなかったと思います。心を込めて「おめでとう」と言えたか、正直、あまり自信がありません。笑顔で祝福しながら、家に帰ってから枕に顔を埋めていたかもしれません。うぇんうぇん泣いていたでしょうね。

幸運にも、審査の結果は、ふたりとも内定でした。自分が通っていたからこそ、同期の成功を一切の曇りなく喜べました

また、自分がD2のとき、同じ研究室のM2のDC1申請をほんの少し手伝いました。幸い、その後輩も内定してくれて、お祝いの言葉をかけてあげられました。もし自分がDC1不採用の経験者だったら、後輩の成功をほんの少し妬んでしまっていたかもしれません。口では「おめでとう」と言いながら、口の中で奥歯をギュッと噛みしめていたかも。

いや、これはDC1に内定していたかどうかに関わらず、単純に心が狭すぎる話ですね。もう少し人間として修養が必要ですね。精進します。

最後に

博士課程を通じて、学振DC1は、経済面でも精神面でも大きな支えになりました。お金の心配をせず研究に打ち込めましたし、科研費のおかげで海外留学の機会にも恵まれました。辛いときには、DC1内定の事実が自分を奮い立たせてくれました。どれも、DC1に通っていなければ手に入らなかったものです。

博士課程は確かに辛かったですが、DC1のおかげで、辛さの中にも光明を見出せました。辛い博士課程をちょっとだけ辛くなくしてくれたのが、学振DC1だったのだと思います。

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