10と3/4連休

SHUCDECの弊社は、広島イチの ぽんぽこりん優良企業。頑張って働いた よい子 の皆には大型連休がある。
今年のGWには十連休があった。休みすぎて、何が何だか分からなくなった。博士課程と違い、会社員は「休まなければならない」。コッソリ働いていたら怒られる。休むのも仕事のひとつ。僕が僕であるために、SHUCDECがSHUCDECであり続けるために、従業員が健康第一で働くための福利厚生策。
弊社は今夏に九連休があった。八月中旬はまるまる休み。言うまでもなく、私はよい子である。私も大型連休の恩恵にあずかれた。私は素行優良のよい子である。連休明けに有休を取り、九連休を十連休とした。さらに、私は模範的社員である。連休前最後の一日は、残業を全消化して午後まるまる休みにした。
私が手にしたのは【10と3/4連休】。10日もあれば、人生は変わる。
信じられないことに、最初の七日間は、家でひたすらゴロゴロしていた。ゴロゴロしすぎて五郎丸になった。
第一、暑すぎて、外に出る気にならなかった。来る日も来る日も三十五度超えの猛暑。暑いだけならまだいいのだけれども、湿気が凄くて、息もできなくなる。ダイキンさんには、オゾンホールに超巨大除湿器を付けていただきたい。大気中の余計な水分を月に送り、地球外生命体を育てるのに使ってほしい。そう強く願っている。
家で五郎丸になったからといって、特に何かをする気にもならなかった。暑さが行動体力を根こそぎ奪い、何にも手を付ける気にならなくって。書店で買った本は、書棚にうず高く積まれた積読状態。おまけに日差しで目が疲れている。視界がチカチカする状態で大量の文字を追いかけられない。
連休をこのままゴロゴロして終わるのかと思った。あっちにゴロゴロ、こっちにゴロゴロ。ゴロゴロを極めてゴマフアザラシになる10と3/4連休かと諦めていた。
大頭神社

八日目の朝、久々にYouTubeを開いた。ゴロゴロするのにも飽きてしまって、何か面白い動画でもないかなと探し始めた。
開くや否や、オススメ欄に、スピリチュアル系動画の世界的権威・ゲッターズ飯田が出てきた。ゲッ田さんが何を言うのかと思い、動画を開いてみる。驚いた。広島にとんでもない開運神社があるらしい。持ち上げたコップをテーブルに降ろすのも忘れ、瞬きもせず動画を見つめる。気付いたら、ズボンがビシャビシャになっていた。漏らしたのかと思うほどのずぶ濡れだった。
広島の西端に大野浦(おおのうら)がある。鞆の浦ではポニョが出てくるけれども、大野浦には大頭神社(おおかしらじんじゃ)なる龍神を祭る神社がある。ゲッ田さん曰く、大頭神社にはふたつの滝があるらしい。しかも、滝の水源はそれぞれ別なのだそう。こんな神社は極めて珍しいらしい。珍しいかどうかは定かではないけれども、ゲッ田さんがあんなに自信満々に仰るのなら間違いない。暇だし、拝みに行ってみるかと、こぼしてビシャビシャになったズボンを着替えて外に繰り出す。
SHUCDECとは逆方向の電車に乗って大野浦へ。駅から神社まで、歩いて20分。うなじから吹き出る汗が瞬時に乾いた。容赦ない日差しで、道路には陽炎がゆらめく。こんなに暑いなら、ビシャビシャのまま出てくればよかった。神社へ着くまでに余裕で乾いただろうに。
大頭神社の前には車の大行列。若いカップルが多く出向いていた。おそらく、皆、ゲッ田さんの動画を見てから訪問を決めたのだろう。欲深いにもほどがある。隣に素敵なパートナーがいるというのに、それでもまだ何かを欲するというのか。パートナーを持つ以上の幸せは無いだろうに。
さて、神社に着いた。全方位を山に囲まれ、右脇には轟音とともに大量の川が流れている。パッと見ただけで縁起の良さそうな神社だと分かる。さすがはゲッ田さんチョイス。あの人が選ぶ神社だから、間違いない。


本殿へ二礼二拍手一礼して参拝。横道を通って、二つの滝へ。
片方の滝には高さがあった。断崖絶壁から白糸がちゅるちゅると、キャットフードの要領で流れ落ちていく。目を閉じれば、サラサラと滑らかな音。胸の中に水がとけ込んでいって、気分がどんどん洗われていく。目を開ければ、いつの間にか涙が出ていた。癒された。ここの神社には、何かがある。
続いてもう一つの滝へ。こっちはとんでもない爆滝だった。50m先からでも水の落ちる音がした。近づいてみれば、滝行を躊躇するほどの水しぶき。ナイアガラの滝にも負けていない。ただ、最初の滝ほどの霊力は感じなかった。こっちの滝には神さまはいない。
それにしても、これほどまでにたくさんの水が、いったいどこから湧いて出てきたのか。今年の夏は雨がちっとも降らなかった。それで、こんなにも水が出てくるのか。きっと、人間の推し量れぬメカニズムが働いている。神様どうしで水のやり取りをしているのか。あるいは、ビットコインで送金して、水を買って流しているのか。
せっかく神社へ来たのだからと、おみくじを引いてみる。開運の神さまのもとで引くおみくじは大吉に違いない。正月に北海道神宮で引いたら末吉だった。さすがに末吉よりかはマシだろう。中吉か、大吉か、せめて吉ぐらいにはなっていてくれ。


「末吉」だった。運気はそう簡単には上がらぬらしい。ここ数年、ずっと末吉をひいている。そろそろ大吉が欲しいなあ。
乗馬クラブ

大頭神社の鳥居を抜ける。駅に向けて歩き出そうとした瞬間、後ろで龍神さまの声がした。
最初はモゴモゴと、ちょっと何を言っているのか分からなかった。耳を澄まして聞いてみる。邪心を捨て、世界平和を願いつつ、お声に耳を傾けみた。どうやら龍神さまは「乗馬クラブへ行け」とおっしゃっている。お前、昔、乗馬をやっていただろう。またやってみたらどうだい、とのご発案。
どうしていきなり「乗馬」なのだろうか。何の前触れもなく出てきて驚いた。
確かに、毎日は単調そのものである。走ってシャワーを浴び、会社に行き、満員電車で もみじ饅頭 にプレス加工され、本を読んで寝る。週末は、サッカー観戦と本屋徘徊。札幌時代は待ち焦がれた広島生活も、いまや六か月目を迎え、行動が定式化された。ちょうど広島生活のマンネリ化に苦しんでいた。何か新しいことに挑戦して、この得体のしれない停滞感を吹き飛ばしたかったのだ。
おまけに、プライベートで「他者」と交わる機会が少なすぎる。彼女が欲しい、妻が欲しい、つまようじも欲しいと駄々をこねながらも、人と出会う努力を徹底的に怠ってきた。博士課程で下がりに下がった自己肯定感は、「どうせ自分なんか好きになってくれる人はいない」との自己否定にまで進化していた。ダメな自分から卒業するために大学院を飛び級したはずだが、本質的な所は変わっていなかった。
そこにきて、龍神さまからのご提案。
乗馬は、私が唯一自信をもって「得意だ」と言える種目。研究なんかより百倍は得意だろう。学会発表と比べたら、一那由多倍は得意かもしれない。大学受験を機に馬から離れてしまった。この八年間は馬ではなく自分の足で走っていた。札幌で学生生活をしているときも、馬のことは忘れられなかった。
改めて研究室生活春夏秋冬を見返してみると、一年前の自分は「会社員になったら乗馬を再開するんだ!」と息巻いていた。大学院在籍中は「乗馬再開」を目印に全力で突っ走ってきた。それなのに、広島に帰ってきて、すっかり乗馬のことを忘れていた。忘れていたというよりも、乗馬をやり始めたら絶対にのめり込んでしまうから、あえて距離をとっていたのかもしれない。
龍神さまがおっしゃるのだから、乗馬をまたやってみるのもいいかもしれない。とりあえず乗馬クラブへ行ってみる。昔お世話になったクラブへ十年ぶりに連絡を入れ、クラブの送迎バスでJR駅から山奥へと向かった。
クラブでは私の知っているスタッフさんがまだ元気で働いていらっしゃった。先生方からは「久しぶりじゃね~!」と熱烈歓迎していただいた。この十年で何があったか、札幌やオックスフォードでどんな悲劇があったか、詳らかにお伝えした。話しているうちに、いつの間にかクラブ入会の案内が始まっていた。おいおいおいおい、ちょっと待ってくれ。今日は久々に馬の顔を見ただけなのだ。
クラブには、顔なじみの会員さんもまだ在籍していた。おばさま方 綺麗で美しいお姉さま方から「おかえり~!!」と歓待していただいた。綺麗で美しいお姉さま方からの質問ラッシュには参った。予備審査会での質問攻めは身体に堪えたけれども、乗馬クラブ入会審査検討加速推進委員会常任理事のお姉さまからの質問は嬉しかった。鉄よりも高融点で鉄面皮(*誤用)な私でさえ表情が崩れた。
チヤホヤされるというのは素晴らしい。札幌や筑波ではATM扱い、弊社ではポニョ扱いの私でさえも、この乗馬クラブでは国体優勝選手として一瞬でスターになれる。馬の世界には、自らの居場所がある。ここなら、自分は自分のまま居て構わないのだ。どうしてもっと早く乗馬クラブへ行かなかったのか。本当に後悔している。何やってんだろうか。
ここだけの話、弊社へ就職後、月二十万円弱を金融投資していた。絶対にFIREしてやるぞ、家と会社の無限反復横跳びライフにサヨナラグッバイするぞ、と息巻いていた。弊社を早期修了する前に、頭の中が大火事になった。我慢、節約、倹約、ポニョ。お金を守ろうとしすぎたせいで、貧乏マインドが育って心が荒んだ。おかげで何をするにも消極的になった。「でも」「どうせ」「だって」が増えた。半年間、乗馬クラブへ足が向かなかったのも、後ろ向きなメンタリティーが育ったせいかもしれない。
大頭神社に行って、龍神さまから「そんなんじゃアカンよ!」と往復ビンタされた。FIRE前に貧乏神になり果てたら何の意味もない。
もっと今の自分に投資してあげなきゃダメ。投資は月十万円でいい。残りの十万円弱は今の自分に使ってやる。人間としての器を拡げれば、節約などしなくてもお金が集まる。お金は、お金好きな人のもとに集まる。FIREだなんだと言っていたら嫌われる。自分よ、さっさと目を覚ませ。乗馬クラブでレッスンを見ながら、こんなことをひとりで考えていた。
荷物をまとめて帰ろうとしたその時、スタッフさんたちから「次はいつ来るの?」「はよ乗りに来いや」と言われた。気付いたら「また来週来ます」と答えていた。
日々の営みに乗馬が加わり、広島生活がいよいよ本格的に動き始めた。
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