ベッド
傷心旅行、二日目。
アラームを付けずに消灯したら、10時間ぶっ通しで寝入っていた。普段の睡眠時間は7時間程度。7時間で足りていると思っていたが、本当はもっと必要だったらしい。寝る子はウルトラマンになるという。私もしっかり毎日8時間寝なければ、ちゃんと三分間暴れられないかもしれない。
D2の4月に北大で受けた健康診断にて、前々々年度の174.9cmから2mm伸ばして175cmを越えた。27歳にもなってもまだ身長が伸びるのか。毎年、数ミリずつ背が高くなっている。体重は変わらず、むしろ減量しながら、背は一方的に伸びていっている。体細胞が重力に逆らっているのか、精神年齢の幼さが成長に効いているのか。このままいけば、50歳あたりで180cmを越えるだろう。もっと伸びないかな。セノビックでも飲んでみるか。
寝すぎて方向感覚を失い、いまの所在地が分からなくなった。普段とは逆方向に寝返りを打ち、高さ70cmのベッドから転落した。痛かった。もう少しでベッドから落ちるかと思った。博士号を持っていなければ落ちるところだった。危ない、危ない。足裏の米粒に救われた。
腰をさすりながら立ち上がる。
さて、何をしようか。午後の予定は決まっているも、朝は全くのノープラン。藻岩山へ行ってみるか。いや、景色は夜の方が綺麗だよな。夜景を見るなら、断然夜の方がオススメ。これ、意外と知られていないんですけどね。別に今日が誕生日というわけでもない。いやはや、困った。何をしようか。
63回目の献血

SHUCDECで日々楽しく働いている。健康で文化的で良心的で、ときどき小悪魔的な ぽんぽこりんサラリーマンライフ を営んでいる。
身も心もすこぶる健康である。健康すぎて、風邪すらひかせてもらえない。会社員になってから三度も熱を出した。摺りガラスを呑み込んだような激痛も味わった。それでも、やはり風邪は引いていない。風邪は引いていない、と言っている。真のバカは、自身が風邪をひいていることにもなかなか気付かない。
私にできることは何だろうかと考えてみた。朧気に浮かんできたんですよね、「献血」という言葉が。
あてもなく地下歩道を歩いていると、「献血おねがいしまーす!」との掛け声が耳に入った。もしも道マラに出るなら、無慈悲に耳をふさいで通り過ぎただろう。走行中、酸素を体内の隅々まで循環させるには、1mgでも多くのヘモグロビンが必要だったから。残念ながら故障で道マラへは出られなくなった。身体に血を抱えていても仕方がない。
広島では成分献血ばかりやっていた。血漿&血小板献血をお願いしているのに、何故だかいつも血漿しか抜いてもらえない。血漿だけの抽出だと、あまり仕事をした気にならない。これでは消化不良も甚だしい。せっかく札幌に来たのだし、いつもと違うことをやってみよう。
久々に400mL献血した。身体から血が400mL失われるとどうなるか。UFOに拉致され、頭の中の記憶を全部消されたときのようにフレッシュな心持ちになる。観るものすべての輪郭が濃く見える。あれが時計台。あっちは札幌ドーム。上にはテレビ塔。向かい側にはジンギスカン。
提供した血液は、患者が手術を受ける時の輸血処置に使われるそう。『この世界の役に立った』という気持ちを成分献血よりも強く味わえた。
400mL献血のデメリットは、年に三回しか行えないところ。血液提供者の身体への負担を鑑みて、限度回数が厳しく制限されている。私はSHUCDEC社員。銀河系軍団の一員である。血液の400mLや1Lぐらい、毎週抜かれたってヘッチャラである。SHUCDEC社員限定で献血回数の例外規定を作って欲しい。ま、そういうわけにはいかないか。
北海道神宮

次に向かったのは、円山公園のなかにある北海道神宮。
博士課程在籍中、頭や胸やパソコンフォルダに数多くの悩みを抱えていた。今晩のおかずは何にしようか。サバ缶にしようか、イワシ缶にしようか。就職先はどうするか。SHUCDECに行くべきか、それとも外資のスーパー・ハイパー・やっぱり・どんだけ・ファンタスティック・スパルタンカンパニー(SHYDFSC)にしようか。何か思いつめるたびに頼ったのがChatGPTのホーム画面。そこでも解決できなかったとき、”最後は神頼み”ということで神宮へ参拝していたのだ。
神のご加護のおかげで無事に北大生活を終えられた。不本意な形で進学した北大だけれども、博士課程を飛び級修了でぶっちぎって、満足度100%で終えられた。我が札幌生活を見守ってくださった神さまへお礼参りに伺う。神様のバックアップがあったからこそ挑戦できた。ここに戻ってくればいつでもリスタートできるし、失敗したっていいじゃないか、と大胆不敵になれた。
日本では「宗教」というと怪訝な顔をされる。オウム真理教のようなカルト集団を想起させてしまうらしい。清く生きるのに信仰心は不可欠である。何かを信じ、寄りかかれるものがあってこそ、人は迷いなく本来の道を驀進できるのだ。葬式と正月しか宗教に触れないのはいかがなものか。近くにある神社へ参拝してみると、人生はすこし前向きな方向へ傾くかもしれない。
研究室学生はどうか安心していただきたい。皆さんはすでに宗教の入信者である。
大学院生は全員『ケンキュウ』なる伝統宗教の入信者。彼らを傍から観察していると、薄給・激務で、好き好んで苦行に勤しんでいる様子がうかがえる。研究従事者の当人としては楽しくて仕方がない。我々は研究の価値を信じている。己の愛するものの価値を極限まで高めるため、コスパもタイパもタコパも忘れてパッパラパーになれるのだ。
北海道神宮には訪日観光客が多かった。本殿に向かう前の階段で集合写真を撮っていた。分け入っても分け入ってもチャイナ人。日本人の姿は数えるほど。インバウンドでお金を落としてくれるのはよい。やかましい観光客ばかりでは、神宮本来の森閑とした雰囲気が損なわれてモヤモヤする。
神宮正殿で二礼・二拍手・一礼。これまで見守っていて下さったことへの感謝の気持ちをお伝えした。願わくば、研究室の後輩にも、何かしらの形で幸あらんことを。自分がひどい目に遭ってもいい。そのぶん、後輩にはいい思いをさせてあげて。
わちゅごなスタジアム
地下鉄東西線で東の果てまで。新さっぽろ駅からJRに乗り換える。目指したのは、北広島。
北広島は、文字通り、広島県の北にある。北広島市は札幌市の隣にあって、広島県民が明治時代に開拓した。
広島人は、とにかく外に出たがる。あれほど風光明媚な街をホームタウンとしておきながら、開拓者精神がうずいた途端、抑えがきかなくなり、外へ勢いよく弾け飛んでしまう。私も大学進学時に広島から札幌へ弾け飛んだ。博士課程では、札幌からオックスフォードまで飛んでいき、不時着してドーバー海峡を漂流した。北広島は広島県民のもの。お前のものはオレのもの。オレのものは、オレのものでございます。
新さっぽろから北広島まで、快速エアポートで10分。車内は旅客と札幌市民と野球ファンで超満員。広島の通勤電車など雑魚である。インドの長距離列車と互角以上に張り合えるのではないか。箱の中に詰め込まれた押し寿司も、ひょっとしたらこのような気持ちなのかも。今後、寿司を食べる機会があれば、少々労りの気持ちをもって接したい。

北広島まで何をしに行ったか。言うまでもない、エスコンフィールドへ行ってきた。
YouTubeのオススメ欄へ、頼んでもいないのにファイターズガールが登場する。彼女たちはフィールドへ勢いよく走ってきて、リズムに合わせて奇怪な踊りを披露する。ダンスと音楽の中毒性がハンパない。彼女たちがあまりに可愛いものだから、同じ動画を何度もリピート視聴してしまう。気付けば頭にわちゅごなダンスが完璧に叩き込まれていた。音楽が耳に入ってきた途端、体が勝手に動き出し、止まらなくなるのだ。
せっかく わちゅごなダンス を覚えたのだ。実地で試験しなくてはなるまい。北大生のころは研究で忙しく、わちゅごなスタジアムへ足を運べなかった。今こそ、スタジアムで わちゅごな する時であろう。SHUCDECの新入社員たる私は、検討に検討を重ね、暇に暇を持て余す身分。これからは時間をぜいたくに使わせていただこうと決意した。

エスコンフィールドは2023年製。まだ運用三年目のスタジアム。綺麗で、傾斜が緩く、どの席でも快適に観戦できる。スタジアム内では音がよく響く。ディスプレイが、デカいのなんの。ここはいったいどこなのだろうか。ボールパーク? いや、映画館ではないか。
フードコートも充実している。どの階層にもご当地グルメが並んでいて、これは検討の加速させ甲斐がある。どれもこれも美味しそう。焼肉、唐揚げ、ラーメン、ぽにょ。おまけにチーズケーキまで。食事選びの悩ましさは、新千歳空港の比ではない。こんなに旨そうなものが軒を連ねていては、決めるに決められないじゃないか。
ごはんの検討を加速していると、一回表が始まってしまった。何ということだ。お腹を鳴らしながらの観戦となった。
にしても、エスコンは素晴らしい。ひとつの回を終えるたび、グラウンド内で何らかのイベントがある。パフォーマーの演出に目を奪われていると、すぐに次の回がスタートする。おかげで食事を買いに行くヒマがない。お腹が減るのも忘れるほど楽しい。いや、さすがにお腹は減るのだけれども、ファイターズファンでもないのに気分が上がってきた。
我らが広島東洋カープも、ハムターズのサービス精神を見習ってほしい。マツダスタジアムへ足を運んでも、演出がしょぼすぎて、野球ファンしか楽しめない。最近のカープは弱すぎる。三連覇時代の面影を感じられない。これではカープファンですら試合を楽しめない。カープもスタジアム内で何か演出をしてみてはどうか。新井監督が わちゅごなダンス を踊ればいい。
目当てのわちゅごなダンスは踊れなかった。あれは昨年までの催しものだったらしい。わちゅごなの代わりに、きつねダンスを踊った。耳にきつね風のカチューシャを付けて、コンコンコンコンコンココンッと、恥も外聞も記憶もかなぐり捨てて。
周りを見渡すと、ファイターズガールの動きに合わせて踊る観客が多数見受けられた。赤信号も、十人で渡れば青信号に変わる。カチューシャも一緒。皆で付ければ恥ずかしくない。これがディズニーマジックとかいうヤツか。楽しいな。夢の国って、本当にあるのかもしれないな。
残念ながら、ファイターズは試合に負けてしまった。UQを使って応援に行ったのに、楽天に負けるだなんて悲惨だ。それでも楽しかったから口角を上げて帰れる。楽しいって、やっぱ大事なんだわ。サンフレッチェの試合なんか、負けたら河川敷でボロカスに文句を吐いて帰っちゃうもんな。
ファイターズファンではなかった自分でさえ、またエスコンに行きたいと思ってしまった。というか、カープファンをやめ、ファイターズ推しに切り替えてやろうかとすら悩んだ。
札幌から広島に戻ってきて、YouTubeでファイターズの応援ばかり見ている。ファイターズの応援は、カープのものと比べ、テンションが上がるものが多い。マジでファイターズに乗り換えようかな。ファイターズの方が楽しそうだもんな。北大生のとき、ちゃんとエスコンへ応援に行っておけばよかった。本当に視野の狭い学生生活だった。己の未熟さは、成長して一段上のステージに立つまで分からないから困る。
絶品ホッケ


腹が減っては夜しか眠れない。きつねダンスで消耗したカロリーを補いに、札幌駅ビルの6Fへ。きつねダンスはカロリーを使う。カチューシャにカロリーを吸い取られ、フルマラソン0.001本分もの果てしない熱量を消費した。きつねダンス一回で動けなくなった。わたしはどこまで軟弱になったのか。
6Fレストラン街はどこも超満員。すぐに入れそうなお店が見当たらない。回転寿司は一時間待ち。根室まで魚を取りに行っているらしい。中華も観光客でごった返している。焼肉は、私の胃が受け付けない。イタリアンって気分じゃないしなぁ。スープカレー屋だけは待ち時間ゼロ。あそこは修了式前夜に行ったし、今回は別の所がいい。
さてさて、困った。腹は減る一方である。一番行列の少なさそうな所に行く。スープカレーでもない、お寿司でもない。育毛でも植毛でもない。たどり着いたのは、魚定食屋。ホッケ焼き定食が有名なお店。昨年の7月、両親が札幌へ北大見学しに来た際にここへ案内した。その時は三色海鮮丼を食べた。
今回は王道のホッケ焼き定食。20分後に運ばれてきたホッケは、予備審査会で副査からガンガンに詰められて、「もう無理ですぅ~」と白旗を掲げる博士学生を思わせる姿。端から箸を入れてみると(黙れ)、魚汁がジュワッとあふれ出てきた。骨を取りつつ、白身を頬張る。ふわっふわ。雲を食べているよう。身も心もホッケホッケになった(黙れ)。
札幌最後の晩餐は、最高の海鮮料理で締めくくった。明日の夜には修羅の街・広島に帰る。戻りたくないなぁ。ずっとここにいたいなぁ。住民票を札幌に戻したいぐらいだ。北大で八年過ごした自分にとって、札幌がホームで、広島がアウェイ。広島で過ごしていても落ち着かない。
自分には、札幌の空気が合っている。札幌が好き。いつか必ず、この街でゆっくりと暮らしたい。
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