ルヴァンカップ


翌日は晴れ。柔らかな雲が空をただよい、太陽が遠慮がちに大地を照らして、学研都市に穏やかな朝がやってきた。ホテルをチェックアウトして駅へ。ペデストリアンデッキを北上していく。
ペデストリアンデッキは、つくば市中心部を貫く、信号ゼロの歩行者用道路。車道を跨ぐように設けられているため、ところどころに急勾配がある。足を鍛えるのにちょうど良い。何も考えず走っているだけで、しなやかで強い脚ができあがる。朝、ペデストリアンデッキを走っていると、よく筑波大の陸上部員とすれ違う。彼らは箱根駅伝を目指して練習している。自分と彼らとでは、筋肉の付き具合が全然違う。月とカツカレーぐらい違う。彼らに颯爽と追い抜かれるたび、「まだまだ修行が足りないな」と己の至らなさを思い知らされた。
学生時代、筑波滞在中はほぼ毎朝ランニングしていた。汗を流せばスッキリする。なんとなく活力が高まるような気もする。走った方が調子が上がる。頭のキレも、身体の動き具合も、実験セルの製作精度もランニング後の方が断然良い。走り込みを重ねていくうち、楽しくなってきて、筑波滞在中に一か月で500km以上走ったこともある。研究をやりに来たのだか、走りに来たのだか、主客転倒することぽにょの如し。
さて、つくば駅でTX快速に乗り、秋葉原へ。東京まで45分。常総の暴走族が一気に駆け抜ける。
守谷駅で黄色のユニフォームを着た人が乗ってきた。本日対戦する柏レイソルのサポーターだ。柏市はTX沿線にある。たちまち周囲がレイソルサポに満たされ、六方最密充填構造となり、逃げも隠れもできない、育毛でも脱毛でもない、四面楚歌となってしまった。悪いが、今日は勝たせていただく。あごを極限まで削った港区女子にはホルモン焼肉が効果抜群なように、黄色よりも紫色の方が強いと相場は決まっている。こっちはね、広島から四時間もかけて東京に来たんですよ。移動時間一時間弱のチームに負けるわけにはいかんのです。
秋葉原から総武線で千駄ヶ谷へ。決戦の地・国立競技場を目指す。車内は両軍のサポーターでいっぱいになった。黄色と紫色が入り混じっておしくらまんじゅうになっている。「水と油を混ぜればスパゲッティーになる」と誰かが言っていた。そんなことは別にどうでも構わないんだけれども、せっかく東京まで来たのだから、勝って笑顔で帰りたい。


国立競技場とは反対方向に進み、必勝祈願のため明治神宮へ。神宮には二月にも参拝した。今回が二度目の来訪となる。前回参拝したときは、サンフレッチェが神戸を相手に2-0で勝利。勝率100%のゲン担ぎでもって、今回も無慈悲に勝たせていただく。
明治神宮は緑まみれ。大都市の真ん中とは思えぬほど穏やかで、静謐な雰囲気が漂う。北大札幌キャンパスと似たような感じを受けた。北大は、札幌駅から徒歩五分のところにある。正門から入るや否や、夏は緑のオアシスが、秋は銀杏爆弾が、冬はダイヤモンドホワイトアウトダスト・クリティカルシューティングアタックが出迎えてくれる。北大が好きな人は明治神宮も気に入るはず。明治神宮がお好きな方は、ぜひ北大の門をたたいていただきたい。
明治神宮には外国人が多かった。外国人は外国人でも、日本文化をリスペクトしていそうな外国人が目につく。彼らは鳥居の前でちゃんとお辞儀をする。桂大でも横一列のアベンジャーズ隊形ではなく、縦一列のかまぼこ型行進を心掛けている。本殿では二礼二拍手一礼する。外国人もこういう人たちばかりなら良いのにな。日本を愛し、日本に愛される、日本大好き人間だけで日本を作っていければいいのに。
境内にレイソルサポーターはいなかった。我らが紫のユニフォームは目立つけれども、黄色のユニフォームはどこにも見当たらなかった。この時点で勝利を確信した。我が方には明治神宮のご加護がある。ビハインドだってお好み焼きのように軽くひっくり返せるだろうし、リードしていたら、模範的就活生のごとく納豆のような粘り強さでもって勝利を呼び込める。申し訳ないが、負ける気がしないね。鼻息荒く、国立競技場に向かう。

開門は10時。試合開始3時間前にもかかわらず、自由席ゲート前は大行列。いったい何千人いるのだろうか。カップヌードルが一匹、カップヌードルが二匹、…と数えていったら、父が私の名を呼び、目が合った。開門待ちに父も並んでいた。自分より何十人か前方に並んでいた。御年還暦の父より遅く着いただなんて情けない。もう少し早く筑波を出ればよかった。
SNSを見ると、早い人は前日から夜を徹して並んでいたそう。11月の東京は冷え込み、早朝は10℃を下回る。そこまでして列に並ぶのか。クラブに対する愛情の深さが垣間見られる。私が筑波のJALシティホテルでぬくぬくしていた頃、サポーターのコールリーダーらは野外で寝袋にくるまっていた。彼らの姿勢を見習いたい。もし来年もカップ戦決勝に進めたら、私も寝袋を持参して野営に挑戦しようか検討を加速している。
定刻通りに門が開いた。前の方から順にスタジアム内へとなだれ込んでいく。赤兎馬のごとく俊敏に駆けていくサポーターたちを、後ろからギシギシ歯がみして見送る。私も開門ダッシュを決めたかった。まさか何千人も並んでいただなんて思いもよらなかった。こんなに後ろからでは、席取りダッシュしたくても難しいよね。
開門から10分後に入場した。父を探すと、入場ゲートの方を向いて、奥で待ってくれていた。地元で働き始めて以来、これで何度目になるか分からぬ握手。父の手は、ゴツゴツしていて、温かかった。一緒にふたり分の席を探す。意外にも空席がたくさんあって、見晴らしの良い席を確保できた。
座って、父と会話する。勤め先が広島No.1のぽんぽこりん優良企業であること、オーシャンフロントの唐揚げ社宅で優雅にタワマン生活していること、通勤時には腕力効果のためほふく前進していることなどを伝えた。「今どきの若者は凄いな」と褒められた。そりゃそうだ。こっちは北大で八年間毎日サバ缶を食ってきたんだぞ。年金も貰えるかどうか分からないから、NISAや競馬やビットコインで資産形成している。Z世代と一緒にしないでくれ。なめてもらっちゃあ困る。

選手がウォーミングアップにやってきた。全員で立ち上がり、拍手で迎える。旗を振り回す人が目につく。ユニフォームを脱ぎ、上裸姿でユニフォームを振り回している人もいた。私も脱いでしまおうか。私が脱いだら、つられて父も脱いでしまうかもしれない。東京まで来て親子そろって連行されるのは恥ずかしいし、やめておく。
ウォームアップから気合い全開。最初から全力で声を張り上げる。
今年はシーズンチケットを購入して、ホームスタジアムで年中応援している。声を出すのに慣れてきたせいか、大声を張り上げてもそう易々と喉が痛くならない。声出しと同時にジャンプもやる。90分ずっと飛び跳ねているおかげで、足首の弾力性がケタ違いに高まった。サッカー観戦に行ったはずなのに、ランニングの走力が高まってきた。自分が何をやっているのかよく分からなくなる。まあいい。幸せなら、それでOKです。

試合は、前半から広島ペース。ロングスロー二発と直接フリーキックで前半のうちに三点を先制した。応援席はお祭りムード。もみじ饅頭が乱舞し、フードコートではお好み焼きとウニクレソンが飛ぶように売れていた。ビールを飲んで酩酊している人もいた。ちゃんと広島まで帰れるのだろうか。最悪、飛行機の貨物室に入れてもらえばいいし、令和の時代だから何とでもなる。
後半は一進一退の攻防が続く。広島が中央突破したかと思えば、柏が巧みな連係プレーで守備を崩してくる。後半35分、相手のストライカーに一点を返された。まだ勝負は分からない。シャンパンファイトをするには早い。全員で最後の後押しをする。もう一点も取らせない。このまま勝ち切るぞ。
5分のアディショナルタイムが終わり、ピッチ中央で高らかにホイッスルが鳴った。勝った。広島が優勝した。勝つとは思っていたけれども、実際に勝ってみると嬉しい。ニヤニヤとハッスルが止まらない。隣を見ると、父が青筋を立てて天高くガッツポーズしていた。頭へそんなに力を入れたら血管が破裂するぞ、と心配になる。


表彰式を見届け、電車で東京駅に戻る。父とはここでお別れである。「じゃあな」「気をつけて帰れよ」と握手を交わす。一緒に移動すればいいのに、現地集合・現地解散。男子校の遠足みたいだ。細かいことは気にしない。互いに気を遣わないで済むのが一番であろう。会社員になってからも適切な距離感を保てている。
父と散会した勢いそのままに改札を通過した。ああ、うっかり夕食を買い忘れてしまった。東京駅は食のパラダイス。食べたいものは何でも揃っている。選り取り見取りの弁当売り場をスルーし、筑波みたいに殺風景なホームに上がってしまった。こういう所は昔から変わっていない。いい加減、無鉄砲な癖を直したいのにな。ちっとも変わらない。見た目は大人、頭脳は子供。
幸い、ホームにはキヨスクがあった。牛肉弁当とレモネードを手に取り、ちょっと足らないかもなと つくねおにぎり を追加。指定席車両まで歩いていくと、試合を終えたばかりの選手が姿を現した。選手って、こんなに早く帰るものなのか。優勝したばかりなのに、余韻にひたる間もなく、次の試合に向けてすぐ準備を始める。自分にサッカー選手は務まらない。選手は凄いわ。彼らには応援しかできないけれども、応援が力になるならいくらでもやる。
新横浜駅を出てすぐに牛肉弁当を開けた。これが思いのほか美味しかった。噛めば噛むほど牛になっていく。呑み込むのが惜しくて、ひと口に100咀嚼は費やした。さきほど散々大声を出したせいか、口がなかなか大きく開かない。開けようとしてもアヒル口になって、なかなか食べ進められない。弁当一個食べ終えるのに一時間半もかかった。名古屋駅に着く間際にようやく食べ終えた。あー、美味しかった。
サッカー観戦のせいか知らないけれども、いつの間にか顎関節症になった。27歳で顎関節症は笑える、いや笑えない。広島に帰ってからは身体と顎を入念にケアしていきたい。
コメント