私たちは科学技術の発展とともに、論理的思考の重要性を強く意識するようになりました。確かに、論理的思考は問題解決や研究において欠かせない要素です。しかし、論理的思考だけを追求することは、実は大きな危険をはらんでいます。
研究開発の世界に身を置く者として、日々感じることがあります。それは、優れた研究は論理的な正確さだけは成り立っていないということです。研究者には論理的思考力も不可欠。それと同じぐらい感性や直観が必要不可欠だと感じます。
この記事では、研究活動における論理と情緒の関係性について考察していきます。特に大学院生の皆さんへお読みいただきたい記事です。論理と情緒のバランスがなぜ重要なのか、そしてどのようにしてそのバランスを養っていけばよいのかについて、具体例を交えながら解説していきます。
かめそれでは早速始めましょう!
論理的正確さと情緒的正しさの狭間で


皆さんの目の前に美しい山々が連なっているとしましょう。そこに太陽光発電パネルを設置する計画が持ち上がったとき、どのような判断を下すべきでしょうか。
エネルギー効率や経済性の観点から見れば、パネル敷設は極めて「論理的」な判断に思えます。再生可能エネルギーの活用は、環境保護の観点からも「理に適っている」のです。発電効率の試算も、投資対効果も、すべての数値が計画の正当性を示しています。
ですが、我々日本人の多くは、その光景に強い違和感を覚えずにはいられません。この違和感の正体は何なのでしょうか? 人間が本来持っている、自然との調和を求める感性の表れだと言えるでしょう。山肌を削るようにして敷設されたメガソーラーを想像し、我々の奥底に眠る情緒が「嫌だ!」とうめき出したのです。
このように、私たちの抱く情緒は、時として論理的な判断に重要な歯止めをかけてくれます。こうした感性的な判断は、往々にして長期的な視点での持続可能性や、定量化困難な文化的・審美的価値の保護につながっているのです。実際、世界遺産に登録された文化的景観の多くは、経済的な論理だけでは説明できない価値を有しています。日本の棚田や、イタリアのブドウ畑などが典型例。経済効率だけを考えれば存続が難しい景観も、人々の美意識と感性によって守られ続けてきたのでした。
人間が機械と異なる点は、まさにこの情緒性にあるのではないでしょうか。
AIやコンピュータは、膨大なデータを基に論理的な判断を下せます。しかし、文化的価値や審美的価値を真に理解する能力などは未だ持ち合わせていません。我々人類は、論理的な正しさを捉えられます。加えて、心の琴線に触れる美しさや調和を感じ取る力をも備えているのです。つまり、情緒こそが、技術の暴走を防ぎ、人間社会に真の進歩をもたらす重要な要素となっています。
情緒への過度な依存も危険


一方で、情緒へ過度に依存する姿勢にも大きな危険が潜んでいます。感情的な判断は、時として私たちを非合理的な方向へと導いてしまうのです。
情緒は論理よりもはるかに飛躍しやすいです。AならばB、ではなく、いきなりZまで飛んでいきかねません。悪いことに、AからZまで飛んでいったとして、それが妥当な飛躍なのかどうかを検証する術もありません。各々の美的感性から得られた解がそれでも、科学的に正しいとまでは言えないでしょう。”AよりZ”を北極星に突き進んでしまえば、行く先で何が起こるか分からないのです。
研究の世界では、「情緒による飛躍」が様々な形で表面化してきます。例えば、実験結果への強い思い入れが客観的な解析を妨げ、感情的な執着が代替説の検討を困難にしてしまうでしょう。また、指導教官や先行研究への過度な敬意が、先生からの指摘に対する批判的検討を躊躇させる場面も少なくありません。さらに、情緒的な判断は確証バイアスを強化する傾向にあります。自分の研究仮説への強い思い入れは、それを支持するデータばかりに注目させ、反証となるデータを軽視させてしまうでしょう。
論理と情緒の理想的なバランスを保とう


大学院で研究生活を営んでいくうち、自然と論理的思考力が育まれていくでしょう。日々の文献読解や実験データの分析、論文執筆の過程で着実に養われます。論理力に加えて、情緒の育成も忘れないでいただきたいです。
情緒は、美しいものとの出会いによって養われていきます。芸術作品の鑑賞、自然の中での時間、音楽との触れ合いは、研究者としての感性を豊かにしてくれるでしょう。美しいものを美しいと感じること。美しさに満たされながら、物事の本質をえぐり取る嗅覚を養うこと。美的体験は直観力や創造性を育み、新たな着想や洞察を生み出す源泉となっていくでしょう。
数学者の岡潔は、数学的真理の探究には美的感性が不可欠だと説きました。複雑な数式の中に潜む美しい調和を見出す能力は、純粋な論理的思考へ情緒のエッセンスを降り注ぐことで生まれるのです。
近年の脳科学研究においても、芸術体験が創造的思考を促進する証拠が明らかになってきています。芸術鑑賞時の脳活動パターンは、科学的発見や数学的洞察時の脳活動と類似した特徴を示すという報告もなされているのです。さらに、歴史的な科学的発見の多くは、研究者の直観や美的感覚が重要な役割を果たしてきました。インドの大数学者ラマヌジャンの生まれた村の近くには美しい寺院がありました。美しいものに囲まれて育った彼は、情緒を育み、のちに膨大な数学公式を着想するインスピレーションの源を培いました。
会社員になって分かりました。論理的思考と情緒のバランスを保つ姿勢は、創造的人間になる/であるための必須条件です。論理一辺倒の研究開発者は、往々にして本質的な発見や革新的なアイデアを見逃してしまうもの。真に価値ある研究は、論理と情緒が見事に調和した地点に生まれると信じています。情緒があるからこそ研究が成り立つのです。厳密な論証と豊かな想像力の織りなす壮大なシンフォニーが、人類全体を共鳴させる知的創造物を育んでくれるでしょう。




















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