広島生活春夏秋冬vol.12 一年目・11月後編|27歳独身男性の三大外乱(婚・種・税)に対するロバストな防衛戦略の包括的研究

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アボ湖

アボカドは果物とみなされている。寝ぼけまなこで見ると魚にも見えるが、よくよく見ればやはり果物だ。最初は野菜だと思っていた。セルフレジで会計するとき、野菜カテゴリーをいくら探せど見つからず、そこでようやく「アボカドが果物である」と知った。見た目は果物。中身も果物。コナンでいったら、毛利小五郎か。

毎日、夕食時にアボカドを半分食べる。球体にスプーンで切れ目を作り、グイッと応力をかけてひねる、種のついた方を冷蔵庫にしまう。種のついていない方から順に食べる。アボカドは、我が食卓の救世主。アボカドさえ食っておけば何とかなる。3点リードの9回裏に守護神が出てきた感じ。アボカドには栄養がパンパンに詰まっている。アボカドを食えば、頭脳はすこぶる明晰になり、肌ツヤは改善され、テストは3点になり、笑顔と栄養は満点になる。

北大入学翌日から青魚缶を毎日食べ始めた。学部時代はサバ缶だったが、海水温上昇に伴う漁獲高低下により、サバ缶が高騰して以降はイワシ缶に切り替えた。スーパーに並べられているサバ・イワシ缶詰は、ほぼ全て食べたことがある。サバには「イワシに浮気するな」と叫ばれた。イワシには「俺ばかり食うな」と恨まれてきた。

サバにもイワシにも嫌われている私だが、アボカドだけは他の果物に浮気することなく、青魚缶と一緒に毎日食べてきた。イギリス留学中も食べた。オックスフォードのアボカドは硬くて苦く、石灰岩をかじっているようだった。中身も色が淀んでいた。あるいは、本当に石だったのかもしれない。

ちなみに、イギリスの青魚缶は、魚が臭すぎて食えたものじゃない。ちゃんと処理ができていないのだろう。開封した途端、異臭が鼻をつく。吐き出しそうになるのをぐっと堪えて無心で食べ進めた。イギリスは缶詰すらまずい。何なら食えるのか。何も食べられない。

さて、我が伴侶たるアボカドに関して、どうしても解せないことがある。なぜ、あれほど種がデカいのだろうか。

他の果物を見てほしい。スイカの種は粒径が8mmもない。柿の種だって1cmぐらい。キウイなんか、種が小さすぎて、余裕で噛みくだいて呑み込める。それなのに君は何なんだ。3cm以上もある。アボカドを縦に割ると、種が琵琶湖のように見える。琵琶湖が滋賀の1/6なら、アボカドの種は1/3を占める。時には、実よりも種の方が大きいことすらある。

種ごと食べられるなら文句は言わない。だが、アボカドの種は食えないくせに主役面をしている。腹が立つ。食えないなら食えないなりに小さくしてほしい。どうして「俺が主役ですけど?」みたいな顔をして構えているのか。厚顔無恥にもほどがある。

アボカドに対してもうひとつ陳情したい。アボカドくん、君はどうして時々腐っているんだい?

腐ったまま棚に並んでいて恥ずかしくないのか。そんな君を引き当ててしまう消費者の気持ちを考えたことはないのか。腐っているならせめてひと言ぐらい教えてほしい。なぜ黙っている、この卑怯者が。君には武士道というものが無いのか。今度武士道と葉隠を貸してあげるから、じっくり読んできなさい。

腐ったまま陳列されたなら、自力で何とか状態回復しなさい。光合成でもいい、育毛でも植毛でもいいから、買われる前に良い状態になっておきなさい。それが商品の心得というものだ。次またやったら始末書を書かせるぞ。あるいは、私と一緒に残業に付き合ってもらうぞ。それでもいいならそのままでいい。いいのか? いいのか… ありがとうございます。

八年連れ添ってきたアボカドだが、九年目になって遂に我慢の限界を迎えた。こちらがおとなしくしていたら、アボカド嬢はやりたい放題してきた。やられっぱなしでは腹が立つ。こちらも腕を磨いて対抗しなければ。アボカドの理不尽に対する防衛術を徹底的に錬磨する。購入前に種のデカいアボカドを見抜き、避ける。腐っていそうなアボカドを、スラロームの要領で回避し、まともなものを選び抜く。博士号ホルダーの沽券がかかっている。コケコッコーだとかなんとか言っている場合ではない。

アボカドの理不尽に対する防衛術は、種体積の最小化と腐敗率の低減を目的としている。当該課題の解決に向けて、会社帰りに駅前のスーパーへ。他に買うべきものをカゴに入れたうえで、意気揚々と実験区へ向かう。今日はヤツが8匹いた。この中から最も食用に適した個体をひとつ選ぶ。

まずは視診検査。見た目からして明らかに腐っているものをはじく。さすが、棚に並べられているだけはある。どいつもコイツも優等生を装っている。アボ歴八年の我が眼はごまかせない。表面にある数ミリ程度の窪みから異常を察知する。腐っている部分はハリが無い。ハリが無いということは凹みやすい。果実に触れていない表皮は、どうしても形がおかしくなったり、色が不自然になったりする。コイツは地雷だ。買ってはいけない。残るは7個……。

次に触診検査。表面へわずかに圧力をかけ、ハリと弾力を感じたものをTier1に残す。腐っているヤツは一発で分かる。今日はどれも調子がよさそう。ぐじゅぐじゅになっているものは無い。念には念を入れ、様々な箇所を検査していく。優良個体ばかりである。今日は大収穫か。いや、ご開帳するまでは気を引き締めておく。

最後は持ち上げ検査。大きさに対して重量がありすぎる個体をはじく。アボカドは実よりも種の方が重い。見た目の割にずっしりしているものは、だいたい種でかアボ湖である。相対的に最も軽い個体を選んでおけば大丈夫。視診も触診もクリアした個体を、最後の最後にスクリーニングする。出るわ出るわ、種だけ大きいクセしてふんぞり返っているアボカドが。どうせ君たちを開けたら琵琶湖なんでしょ。今度から君たちのことはアボ湖(あぼこ)と呼ぶから。アボ湖よ、さらば。この勝負は貰った。

今日は案外楽に選べた。検討を加速するまでもなかった。

家に帰って食事の用意。荷物を置き、肉と野菜をキッチンに載せ、三分クッキングの用意をする。今日もぽんぽこりんの弊社でよく働いた。あー、疲れた疲れた。今朝は17km走った。明日朝は19km走る。美味しくて実がパンパンに詰まったアボカドを食べてリカバリーしよう。

鶏肉やジャガイモを切り、カレースパイスともども電気圧力鍋へ。スープカレー完成までの間、アボカドを開けて戦果を確かめる。まぁ、見るまでも無いんだけれども。あれほど念入りに検査を行って、アボカド選びを外すわけがない。外したらバカでしょ。YouTubeでドラえもんとホリエモンに笑われたって別にいいわ。開けたら、特大のアボ湖だった。実はほとんど入っていない。種のあまりの大きさに、鼻から息がブワッと漏れ出た。しばらく、包丁を握ったまま固まっていた。

なぜ、アボ湖を引き当てたか。原因は視診でもなければ、触診でもなさそうだ。どうやら持ち上げ検査にミスがあるらしい。万物は上昇時に位置エネルギーを獲得する。Natureによると、種子に位置エネルギーはないらしい。というより、アボカドの種子は、表皮へ包丁を入れられるコンマ数秒前に、シュレーディンガーのにゃーが実の中へ封入する。アボ湖か否かはネコが決める。結果は開けるまで分からない。

ふと、アボカドにここまで入れ込む人生で良いのか、と頭をよぎった。だが、その思考はすぐに脳のどこかへ吸い込まれて消えた。

その夜、アボ湖の悪夢を見た。何かしゃべろうと口を開くたび、何者かに口の中へアボ湖が突っ込まれる。何故そんなことをするのかと尋ねたら、日頃の行いが悪いからだと返された。洗濯した服をたたまずにしまう。ご飯を食べたあと、ごちそうさまを言い忘れる。ランニング中に襲い掛かってくる飼い犬へ舌打ちして追い返す。小さな悪徳が積み重なって、とんでもない極悪人に成り下がっている。そんなお前にはアボ湖が相応しい。だからアボ湖しか引き当てられないのだと。

そうか、と思った。外的成功を収めるために、内的成熟を疎かにしてはならない。アボ湖が嫌なら自己修養しなければ。アボ湖に武士道だなんだと訴える前に、我が武士道を見つめ直すべきだった。もう分かりました。次からはちゃんと服をたたみます。ご飯は いただきます と ごちそうさま をセットで言います。飼い犬に右足を噛まれたら、左足を差し出して「お噛み」と言うことにしましょう。だからお願いです、アボ湖はやめてください。もうアボ湖はこりごりなんです。

——目が覚めた瞬間、しばらく天井を見つめた。何か大切なものを夢の中に置き忘れてきた気がした。

身の振り方を見つめ直して、数日間、おとなしく過ごしてみる。そうしたらアボ湖とは出会わなくなった。触診検査不適合のものでも優良個体を引き当てたこともある。結局、科学よりも道徳の方が大事だった。アボカドの理不尽に対する防衛術は『仁徳』だった。

科学なんてクソだ。博士号なんかいらん。大学の研究室などぶっ壊して、寺子屋に建て替え、論語を素読させなさい。論語が嫌なら孟子でもいい。韓非子でもいいし、老子でも荘子でもいい。文明の衰退よりアボ湖被害者撲滅の方が優先であろう。アボ湖への恨みつらみが拭い去れれば、おのずとヒューマノイドや量子コンピュータができあがる。核融合炉など容易に作れる。

早朝、アボ湖への勝利宣言を発して、太陽が顔を出す方向に向かってランニングに繰り出した。走路をふさぐカラスに向かって「残クレ アルファード!!」と威嚇すると、カラスはビビったのか、大急ぎで明後日の方向に飛び去った。その日もスーパーでアボカドを買った。開封すると、アボ湖だった。いくら畜生相手といえど、大切に扱わねばならなかった。改めて身の振り方を慎重に考え、検討のさらなる加速およびフル加速について、関係各位と鋭意検討を進めていきたい。

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