ポテトサラダナイト
一週間前、社内アドレスでフィンランドのサンタクロース村にメールを送った。
私の勤め先は広島No.1のぽんぽこりん企業。社外へメールを送るときは、その都度、稟議を通すルールがある。所定のワークフローでスタンプラリー。主幹と課長と部長のハンコを貰い、申請用紙を印刷して総務に提出する。念のため、上司からの温かいエールも貰っておいた。万全の態勢を整え、Outlookの送信ボタンをクリックした。
私も一応、まだ二十代である。28歳は二十代の範疇に入る(入る、よね?)。二十代は最強の世代である。何をやっても「まぁ、仕方がないね。若いから」と多めに見てくれる。飲みすぎて道端でスプラッシュしても大丈夫。SNSでキモいポエムをまき散らしても、社会は見て見ぬふりをしながら凝視している。
路上ゲロが許される国ならば、28歳独身異常男性がサンタに願い事をしても許されるだろう。まして、フィンランドは人権意識の高い国。私の気持ちをくみ取った最高のX’masプレゼントを送ってくれるに違いない。サンタさんには「彼女をください」と伝えておいた。B4以来、五年ぶり三度目のパートナーをお願いします、と。
彼女は、穏やかで落ち着いた人が好ましいです。ショートヘアの似合う方だとなお嬉しいです。欲を言えば、いや欲だらけですが、±3歳だといいですね。顔がどうとかはこだわりません。顔は、こちらが慣れれば何でもいいです。クリスマスの朝、パートナーを抱きしめて、頭をやさしくポンポンしてみたいです。彼女に甘えられてみたいです。いや、本当に欲だらけですね。サンタさん、すみません。
クリスマスの朝は雨だった。雨は夜更けすぎに雪へとは変わらず、雨はどう転んでも雨のままだった。相変わらず隣人のいびきが圧倒的にうるさいノイジーナイトである。クリスマスイブの深夜、唐揚げ社宅の階下で、カップルの文明開化の音がした。そういうのは窓を閉めてからやってくれよ。体温でつながる共有結合を焼き切ってやりたくなった。こちらには電子の共有相手すらいないというのに、これ見よがしに聞かせてくるのは勘弁してほしい。
横と下からの音に悩まされ、聖夜は8時間しか寝られなかった。どれだけ寝れば気が済むのだろうか、と己の身体を訝しんだ。寝不足の目をこすり、四股を踏みながら、社会の大きな流れについて考える。今年は聖夜にチキンが何本売れたのか。フライドチキンにも味の素はかかっているのか。欧米で「クリスマスにはKFCを食べるんだ」と言ったら爆笑される。何がそんなに面白いのか。日本の国民的栄養食をバカにしないでいただきたい。
そうだ、肝心なことを思い出した。サンタさんにお願いしておいたプレゼントはどこだ。肝心の彼女はどこに居るんだ。唐揚げ社宅の部屋じゅうを見渡してみても見つからない。念のため、部屋の四方を双眼鏡で眺める。ベランダや玄関も確かめる。いない。どこにもいない。
おかしいな。サンタにメール送ったよな。稟議に稟議を重ね、検討を促進し、珍味とセットでサンタクロース村宛に送ったよな。まさか、あのメール、まだ届いていないのか。メールって一瞬で届くんじゃなかったのか。今ごろはドーバー海峡あたりだろうか。ほな、仕方がない。焦らなくても、後からプレゼントが送られてくるわ。
あ~あ、クリスマスの朝、彼女の頭をポンポンしたかったなぁ。彼女をギューッと抱きしめながら、在宅勤務中にテキトーにゴロゴロしながら給料をもらいたかったなぁ。サンタさんは本当に薄情ですね。私、まだ子供ですよ? 精神年齢12歳ですよ? サンタさんからプレゼントをもらえない小学生が、どれだけ悲しむか分からないのですか? もう、頼みますよ。プレゼントをください。彼女が無理なら、年末ジャンボの一等当選券でもポストに放り込んでおいてください。有馬記念の3連単でも結構です。
・・・・・・・
さて、幻想から目覚めたところで、現実を見据えて今日も動き出そう。
与えられるのを待っていても、おそらくは誰も何もよこさぬだろう。サンタからのプレゼントは来ない。となれば、自分で自分のサンタになって、自分宛てにプレゼントを作ろう。今年こそはメリークルシミマスとか言わないで済むようにしたい。予定を詰め込み、検討に検討を重ねた最高のメッチャタノシンデマスにしたい。
クリスマスの朝、出社したら、先輩から「昨日のご予定は?」と尋ねられた。何だかニヤニヤ笑っている。昨晩に何か良いことでもあったのだろうか。独身異常男性会社員に良いことなど起ころうはずがない。先輩には、サンタクロース村の方角へ「彼女を下さい…!」と手を組み合わせてお願いしていました、と答えた。先輩は、妻や子供と一緒にクリスマスパーティーを催したそう。先輩の家にはサンタが来たという。子供がキャーキャー言って喜んでいたと、嬉しそうに教えてくださった。
どうやら、広島市内でも聖夜の翌朝にプレゼントが届いた地域と届いていない地域があるらしい。川沿いの地域は配達が早く、市内中心部にかけて遅れている。サンタ界隈も人手不足が厳しいのだろう。最近はタイミーでよく募集をかけている。あるいは、サンタは水生動物なのか。先輩の家にサンタが来ているのならば、私の家にもすぐサンタが来る。置き配されて盗まれないよう、年末年始は自宅待機しておこうか。
先輩と話しているうち、何かの拍子にポテトサラダが食べたくなった。ポテトサラダには夢が詰まっている。噛めば噛むほど笑顔があふれる。カロリーは白に弱く、眩しくて逃げる。ポテトサラダは、あんだけぽんぽこりんの見た目をしていて、実はゼロキロカロリーらしい。

ポテトサラダが頭に浮かんで以来、頭の中がポテトサラダ一色に染まった。前頭葉に「ポ」があって、側頭葉には「テ」と「ト」があり、海馬には「サ」、脳髄に「ラ」、大脳には「ダ」がある。鶏が先か、卵が先か。ポが先か、ダが先なのか。そんなことはどうでもいいが、無性にポテトサラダを食べたくなった。オフィスでお腹が鳴って仕方がない。迷惑極まりない。水を滝飲みする。
定時のチャイムを号砲に、ダッシュで階段を駆け下りて退社。駅までポテトサラダのように歩く。電車の中では、吊り革につかまりながら、ポテトサラダのようにフラフラする。駅に着いた。最寄りのスーパーに駆け込み、我が白い恋人を探し求める。
ちょっと待てよ。ポテトサラダを買うよりも、ポテトサラダを作った方が楽しいんじゃないのか。料理は作る過程にこそ醍醐味がある。既製品で楽をするよりも、汗水たらして作った方がウマいに違いない。
いったんスーパーを出て、電波の良い環境でポテトサラダの作り方を検索する。クックパッドを見て驚いた。えっ、ポテトサラダって、ジャガイモでできていたのか。てっきり、あの白いまま土に埋まっているのかと思った。いや~、マジか。ポテトサラダのポテトって、ポテトのことだったのか。まさか、そんなことは無いだろうと思っていた。この歳になるまで真相を知らなかった。
ポテトサラダクッキングに向けて、カゴへポテトとニンジンを放り込む。隠し味のマヨネーズも放り込んだ。放り込みはしたが、歯を食いしばって棚に戻した。マヨネーズで全部ごまかす人生にはしたくない。大舞台で惜敗してマヨネーズを呑む羽目になるのは嫌なのだ。ポテトサラダなんてね、味の素をかけりゃ、パパッとすぐ出来上がるんですよ。マヨネーズに頼るのは甘えでしかない。ポテトサラダは気合で作る。味蕾に武士道を叩き込んでやれ。
家に帰り、電気圧力鍋へジャガイモとニンジンを投下する。10分蒸して、フニャフニャにする。おっと、皮を剥いでおくのを忘れていた。文明人たる私は、ちゃんと服を着るのを覚えているので手いっぱいで、ちゃんと食べ物を剥ぐのを忘れていた。アツアツの固体をお手玉しながら、空中でピーラーを一閃する。何ということでしょう。そこらじゅうに皮が散らばった。どうすんだコレ、誰が掃除するんだ。
野菜をボウルに入れ、上からしゃもじで丹念にほぐす。愛情の深さは北条政子のごとく、そのパワーはツキノワグマのごとし。完成品に味の素を噴霧する。ダメ押しに塩を振りかければ完成。あー、楽しかった。最高のクリスマスだった…
しょっぱっっっ!!! なんじゃこりゃ。海水を直飲みしているようだった。今年もメリークルシミマス、か。博士課程からちっとも成長していないじゃないか。
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