初詣
定期的に神社に参拝している。普段は通勤経路沿いの神社へ詣で、週末は市内中心部の某神社へ足を運ぶ。一週間や一か月分の成果を報告して、「いつも見守ってくださってありがとうございます」と日頃の感謝をお伝えする。
昔は「彼女ができますように」とか「空から一億円が降ってきますように」などと自分の願いをぶつけていた。大抵は身分不相応のものだった。いつ頃からか、個人の願望を神さまに押し付けるのを止めるようになった。神頼みより自助努力の方が確実だ。それに、願いに見合った器を備えた自分になれれば、夢はおのずと叶うものである。
神さまには、自分ではどうしようもない 他人の幸せ を願うようにしている。大変な時期に心の支えになってくれた人。昔、自分と付き合ってくれた人。こっぴどくフラれてしまった人。告白したけれどもフラれた人。男女問わず、自分の人生の関係者全員に幸せになって欲しい。どうか自分の分までたくさん笑って、私には縁なき温もりや睦まじき愛情を手に入れてもらいたい。
普段の参拝では、日頃の想いと身の回りの幸せを願う。年に一度、お伊勢参りをしているが、そのときは国家の安寧と振興を祈る。余裕があれば鹿島神宮にも行く。勝負ごとを控えているとき、鹿島ほど背中を押してくれるところはない。「この試練を乗り越え、人々に奉仕する力を与えたまえ」と頭を下げに行く。自身の願いを文明発展と結びつけ、無意識レベルで世界を味方につけてから大一番に挑む。学振DC1も、博士課程早期修了も鹿島神宮の神さまと乗り越えた。
神社には定期的に行くのが良い。前回の来訪から自分がどれだけ成長できたか定点観測する機会となる。
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さて。三が日の神さまは、庶民からの無心にてんてこ舞いである。庶民は神さまのご負担などお構いなく、新年早々「今年こそ三連単が当たりますように」「いやいや、ウインズ5が当たりますように」などと欲望の機銃掃射を放つ。賽銭の音がからころと鳴るたび、人々の煩悩が神殿へ吸い込まれる。その煩悩の数、優に108を上回る。一万も二万も、明治神宮に至っては数百万もの煩悩であふれかえる。
神さまは広い心をお持ちである。「なんで年に一回しか来ん薄情者らの願いを聞ぃたらなアカンねん」と毒づきながらも、「まぁ、しゃーないわ、叶えたるわ」と各々に見合った形でご利益を授けてくださる。もしも私が神さまならば、一日で匙を投げるだろう。匙どころか参拝者の賽銭を投げ返して「もう二度と来んなやお好み焼きでも食っとけ」と追い出してしまう。元日の朝だけでもう立っていられなくなり、あとはタイミーを雇ってトンズラする。ほんと、日本の神さまは我慢強い。こんなことを何千年もやってきているのだから。
高校まで実家で 子供部屋お兄さん をしていた。初詣には、ドアから鳥居まで ほふく前進20分の神社に向かっていた。産廃は夜に行くパターンと午後に行くケースがあった。夜の場合、ガキの使いを見終えてから、ちゃんと服を着こんで参拝する。午後の場合、ニューイヤー駅伝を見終えてから、寒晴れのもと、家族三人でトコトコ歩いていく。ガキの使いの放映終了を境に、深夜から午後参拝に切り替わった。午後の方が空いていて早くお参りできる。おまけに眠くない。一石三鳥。
今年も元日に実家に帰った。前回実家に帰ったとき、「結婚はまだか」「早く孫の顔が見たい」と結婚のコケコッコー飽和攻撃を浴びた。両親と一緒に過ごす時間が伸びれば伸びるほど、攻撃にさらされるリスクが高まる。そこで、今回からは、実家での滞在時間を最小限に抑えることに決めた。
幸い、テレビではサッカー皇后杯決勝が放映されていた。我らがサンフレッチェの女子チームが出ている。家族の意識をそちらに釘付けにさせ、何事もなく滞在時間を消化した。
申し訳ないが、今年から初詣は自分一人でさせていただく。小言のシャワーを浴びて不愉快になるよりも、一人でのびのびと清らかな心で参拝する方が気持ち良い。実家が安息の地でなくなった以上、長居は無用ということで、2時間で帰らせていただいた。実家が憩いの場だという人が羨ましい。私に安息の地は天国しかない。


広島で最も初詣客の多い神社は『広島護国神社』。広島城下に居を構えて、戊辰戦争以来、150年以上もの歴史を誇る。普段は観光客で賑わっているが、三が日は境内が広島県民で六方最密充填構造となる。人が人を呼び、人どうしで押し潰しあい、検討に検討を重ねることで人間をもみじ饅頭にする。人口密度は山陽本線の出勤ラッシュと同じぐらいだろうか。
記憶のページを手繰ってみると、護国神社に参拝した記憶が一度だけあった。まだ親戚付き合いのあった中学生時代、ひとつかふたつ年上の可愛いお姉ちゃんに連れられて参拝した。今では いとこたち の顔も覚えていない。皆、就職や結婚でバラバラになってしまった。もう集うことも無いのではないか。顔も思い出せなくて残念だ。
護国神社は実家から遠く、これまでなかなか足が伸びなかった。だが、昔と今とでは事情が異なる。会社員となった私には自転車がある。広島は自転車さえあればどこにでも行ける。元カープの外野手、ブラッド・エルドレッドさんもママチャリでスタジアムまで通勤していた。我が唐揚げ社宅から護国神社まで、自転車で20分で着く。20分で着くなら行ってみるかと、ちゃんと服を着て三輪車にまたがる。
元日の混雑を避け、3日にお参りすることに決めた。3日といえど、境内の様相はなかなか ファンタスティック。これほど多くの人をどこからかき集めてきたのかというのか。
まさか、皆さん二回目の初詣でしょうか? 元日って年に一度しかないんですよ。これ、意外と知られていないんですけれども。広島は腐っても百万人都市。五年連続で全国ワーストの転出超過となった街ながら、右も左も上も斜め後ろも人、人、人だった。
初詣は順番待ち。広島県民の大行列に並ぶ。前の人の髪の毛が縮れていて、お好み焼きの麺みたいだなと思った。意外にも人の捌けが早かった。わずか20分で参拝できた。新500円玉を投げ、二礼・二拍手・一礼。自分のチャレンジを見守っていてください。今年は働いて×5、めちゃくちゃ頑張りますから、温かなまなざしで一部始終を見届けてくださいな。

北海道神宮で昨年買った古札を返却し、代わりに護国神社の木札を買った。おつりで得た500円玉を100円おみくじに投げ、今年の運試し。
北大入学以来、吉よりも良い運勢を引き当てた記憶がない。最頻値は末吉、第一四分位数が吉、最低値として一度だけ凶を引き当てたこともある。おみくじだからといってバカにはできない。意外とよく当たるから困る。実際、末吉の年は、良いことが少ししかなかった。凶の年は、神社からの帰り道で転倒して膝の皿にヒビが入るなど、七転八倒で踏んだり蹴ったりだった。
北海道神宮のおみくじは厳しすぎる。いや、あえて試練を与えてくださっていたのか。いやいや、私にだけは特に厳しかった。広島の神さまは私にやさしいことを祈る。博士課程を飛び級してUターン就職までしたのだから、せめて中吉以上は出してくれなきゃね。
会社員一発目のおみくじを引き、境内を出たところにある駐輪場で開けた。おめでとうございます、大吉でした。
小学生ぶりの大吉だった。最初は大凶と書いてあるのかと思って焦った。とうとうここまで幸薄くなったか、博士課程やオックスフォードなんか行くんじゃなかったなと。よくよく見たら大吉だった。大吉って、何吉よ。大吉は大吉よ。慣れない大吉に戸惑い、「フォーっ、ほっほっほっ!」と奇声をあげた。
何やらいろいろ書いてある。
神願望! 思い通りですが、油断するな



はい、分かりました!



学問! 安心して勉学せよ



はい、頑張ります!



相場! 焦るな、利あり



ちょうど狼狽売りしそうになっていました。もうちょっと待ちます!



恋愛! 思い通り、大吉



次、次、



にゃん…(がんばって!)
病気! 心安らかに信神せよ



無茶は禁物ってことですね。分かりました
いや~、美辞麗句の羅列じゃないか。大吉のくじにはこんなに良いことが書いてあるのか。末吉時代には考えられぬほど、綺羅星のごとき美文が連ねられている。全員で私を騙しにかかっているのではないか。あの箱には大吉しか入っていないんじゃないか。さすがにそのようなことは無いだろう。もしそうなら公正取引委員会がすぐにでてきて開封調査を始める。私が100円のくじに500円入れたから、神さまが私の信心深さをお認めになったのであろう。ありがとうございます。十何年ぶりかの大吉に頬を赤らめて境内を離れた。
今年は60年に一度の丙午。まして、私は元ホースライダー。馬に縁のある自分が、人生の転機と言われている28歳の正月、しかも丙午に久々の大吉を引き当てた。これはひょっとすると、ひょっとしないかもしれないけれども、2026年は人生史に刻まれる歴史的シーズンになるかもしれない。果たしてどのような一年になるのだろうか。あんなことやこんなことが待っているに違いない。
毎日をワクワクで満たせるよう、挑戦し続けていきたい。長年の迷いを手放し、清澄爽快な心で年末まで軽やかに駆け抜けたい。人生を何段階も上に駆け上がれるよう、全てを賭けて日々全身全霊で戦っていく。

















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