こんにちは!札幌と筑波で蓄電池材料研究をしている北大化学系大学院生のかめ (D2)です。D1の1月より就活を始め、およそ一か月後、某大企業へ内定しました。
就活に当たって一番難しかったのが、【就活自体をすべきかどうか?】との究極の問いへ答えを用意することでした。国研で研究者になる道を諦め、民間企業で働いて悔いは残らないだろうか、と。私の心は(研究の道に残りたい!!)と叫んでいました。自分の限界をまだ見ていない。ココで自分がやるべき研究がまだ沢山残されているのではないか。しかし、現実を直視すると、今がアカデミアを出る絶好機&ラストチャンスだと感じられてならなくなったのです。自分の心と対談を重ねた末、納得感を持って就活に臨みました。
この記事では、私がアカデミアではなく企業への就職を選んだ理由について解説します。博士修了後の進路を迷っていらっしゃる方にピッタリな内容なので、ぜひ最後までご覧いただければ幸いです。

それでは早速始めましょう!
今は液体電池から全固体電池への転換期


最初に述べた通り、私の専門は蓄電池材料です。電池の中でも特に電解液と負極、およびその界面で起こる現象について深く研究してきました。
負極の研究については進路に何も差し障る点がありません。現在使われている炭素系負極を金属リチウムに置き換えれば電池容量が数倍増えますから、2040年代以降の実現が予想されている革新型蓄電池の普及に向けて不可欠な研究を行っている自負があります。そう、社会の役に立つのです。役に立つ研究をしている研究者なら業界問わず引く手数多に違いない。正直言って、リチウム負極の実現は相当難しいと思います。でも、「実現できれば面白いよね♪」と研究者は喜々として実験している訳です。私が問題視しているのは、電解質に液体を用いた研究に取り組んでいる点。液体だと何がまずいのか?時代の潮流に取り残されてしまう懸念があるのです。
メーカー各社は液体電池から全固体電池へと転換しようとしています。全固体電池は電解質に固体を用いた電池。液体電池よりも充放電速度を高められ、電気自動車 (EV)の給電待ち時間の劇的な削減が可能。加えて、液体電池より随分と安全性が高い。石油のような有機電解液を用いていた液体蓄電池と違い、燃えない物質を電解質に用いる全固体電池は発火事故を起こす可能性が極めて低い。もしも世界中でEVを普及させたいなら、まずこの全固体電池を早急に実現させ、量産体制を築く必要があります。ラボスケールでの実現から工場スケールでの実現に一刻も早く漕ぎつけねばならない。液体でカバーできるのはおそらくハイブリッドカーまででしょう。ガソリン車に匹敵する航続距離や利便性を持つ電池だけで走るバッテリーカーを作るには、液体電池に取って代わる全固体電池を搭載する必要があります。
【マニアックな話】液体電池でも急速給電自体は可能なんですよ。しかし、充放電のたびに電解液成分が分解し、電池自体が劣化していくので、高速充放電環境下に置かれた液体電池は長期間の使用にはどうしても耐えられないのです。
自分の専門分野が時代遅れになってしまうんじゃないか…


毎年11月、日本中の電池技術者・研究者が一堂に会する『電池討論会』と呼ばれる学会が催されます。私はM2のころ、そのイベントに参加したのですが、液体電池の研究成果よりも全固体電池の成果をお披露目する人の方が遥かに多かった印象。割合にして液体:固体系=1:4ぐらいだったかな?発表会場の大きさも違うんですよ。液体電池の研究成果は小さいホールで発表されるのに対し、固体電池の研究成果はどでかい大ホールで話されます。それでも固体電池のセクションでは立ち見客がチラホラと現れるほどの人気。液体電池研究の人気が急速に落ちていっているのを肌で感じられて寂しかったです。ほんの数年前までは固体電池など誰からも見向きもされなかったにもかかわらず、いつの間にやら電池研究の花形分野にまで駆け上がりました。
論文出版数だって今は液体より固体電池研究の方が多いです。日本/世界問わずその傾向は顕著にみられます。研究のライバルが他分野に移ってくれたのは私にとっては非常に嬉しいニュース。自分が温めていた研究のネタを他の研究者に取られる可能性が減りますからね。一方で、”私の研究が時代遅れになってしまうのではないか”という強いの危機感も芽生えました。将来、全固体電池が完全無欠な電池になってしまったら、液体電池など過去の遺物。誰からも顧みられなくなってしまう可能性が。そうなると研究の続行自体が難しくなります。科研費を申請しても予算を付けてもらえず、研究資金の枯渇で研究を断念せざるを得ない未来が訪れるのです。もっと恐ろしいのが、トヨタやパナソニック、東大など各団体の狂奔的な投資と技術競争により、【全固体電池車の完成する日は決してそう遠くはないだろう】という点。私の研究の意義が失われてしまう日がすぐそこにまで迫っているのです。
数年後、自分を欲しい企業はあるか?自分の最高値は今じゃないのか?


全固体電池が実現した途端、液体電池の居場所が失われるわけではありません。ゼロから固体電池の製造ラインを作るよりも、液体電池の製造ラインを使い回した方が安く済む企業もあるためです。また、2040年以降の革新型蓄電池は液体が想定されています。リチウム空気電池やリチウム硫黄電池、マグネシウムイオン電池などは電解質が液体です。しかし、もしも2040年までに全固体電池がパーフェクトな電池になっていたら、(液体の革新型蓄電池なんか作らなくていいじゃん)と全固体電池の時代が続くのではないでしょうか?革新型蓄電池の実現が遅れたら、全固体電池の時代はそれだけ長引く可能性もありましょう。液体電池分野へ盛り上がりは今後、あと数十年は訪れないかもしれません。私が生きている間に固体系から液体に再び取って代わる未来が来るかどうか。
液体と固体系とでは仕組みが色々と違います。液体電池の細密な知識を固体電池の開発に役立てられるとは限りません。数年後、30歳を超えた研究者の自分を欲しがる企業が日本の何処かにあるでしょうか?そりゃまぁ、何社かはあるかもしれないだろうけれども、今より選択肢の数が大幅に限られてくるのは自明の理。もしも私が企業の人事や技術部長を担っていたら、液体電池の研究をしてきた30過ぎのおっちゃんよりも、固体電池の研究をしてきた20代の元気な院生を採用したい。私を採用するケースを考えてみたら、固体電池研究をしてきた学生を採用後、まだ採用枠が余っていれば”ついでに採っておくか”といった感じ。
自分の研究分野や年齢、業績など、それらを総合的に考慮した市場価値を考えてみました。私にはどうしても【自分を他所へ最高値で売れるのは今じゃないか?】と思えてならなかったのです。博士修了直後の就職を逃したら、ポスドクとして所属を転々としながら薄給で暮らす生活が待っているでしょう。運良く国研のポジションを得たとしても、転々としていた間に企業で稼げていたはずの給与を稼ぐことはもうできません。任期制ポジションに勤めたらストレスで体がどうなるか分からない。将来への不安に押しつぶされかねない。研究者になる道を頓挫し、企業就職を選んだとしても、年齢や実務経験の無さで採用を見送られる可能性がある。「そんなリスクを背負ってまで研究者になりたいのか?…そうじゃないよな」というのが結論。
自分を最も高く売れるいま、企業への就職に大きな価値を見出しました。企業就職後、実務経験を積みながら固体電池の知識をゼロからつけていこうと思い立った次第。
最後に
博士修了後、アカデミアではなく企業就職を選んだ理由は以上になります。
博士修了後の進路を考える際、【自分を最高値で売れるのはいつか?】と考えるのが一つの指針になるかと存じます。皆さんもしっかりとお考えになって下さい。もしかしたら博士修了直後かもしれないし、ポスドク後かもしれないし、分野によっては修士修了後かもしれません。
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