博士課程が始まった
博士課程の初日を、土曜の静かな研究室で迎えた。学振DC1の内定で経済面の不安は薄れたものの、修了要件を満たすまでの精神力が続くか不安が募る。M2の8月に一度経験した燃え尽きからの再起を経て今に至る。二度目の燃え尽きは立ち直れないかもしれない。だからこそ、ペース配分に細心の注意を払いながら研究に打ち込むことを心に決めた。
サッカー中継を横目に、博士課程での目標を3つ定めた。まず、筆頭論文4報の出版だ。専攻の要件は3報で十分なのだが、ギリギリを狙うのは興醒めだ。せっかくD進したのだから、現在の研究をより深く追求したい。ハイペースで論文を書き、次世代蓄電池実現の基礎を構築することを目指す。4報という数字が、自分に相応しい目標だと判断した。
次に、おっくづフォード大学留学を活用した研究力の向上。D1の9月半ばから始まるイギリス留学で、ガムシャラに研究へと邁進する。向こうの先生方に「君、すごいね!」と評価されるほどの成果を残したい。北大生でも世界のトップ研究者と互角に渡り合えることを証明する。教えを請う学生としてではなく、対等な「共同研究者」として単身イギリスに乗り込む覚悟だ。
そして、1年間の早期修了。高三で京大農学部に不合格となり浪人を経験し、他の人より一年遅れて大学生活を始めた。この「一年遅れ」という事実が、ずっと重荷だった。博士課程の早期修了でその遅れを取り戻したい。至難の業と承知の上で、全てを懸けて一年を取り戻す覚悟は既に固まっている。
午後には指導教員が私の筆頭論文を雑誌に投稿してくれた。博士早期修了への第一歩。早期のアクセプトを願うばかりだ。
事務手続き
月曜から新年度が本格的に始動した。研究室の初回ゼミ参加、学生証や学生便覧の受け取りと、慌ただしい一日となった。その合間を縫って40回目の成分献血へ向かった。しかし献血直前、北大教務課から若手研究者海外挑戦プログラムの書類再提出を求められる。献血イスで右腕に針を刺されながら、左手でスマホを操作してメール対応に追われた。脳への血流増加のせいか、献血機への血流が減少。通常の1.5倍、90分もの間、献血イスに釘付けとなった。
何とか書類提出を完了し、一つの山を越えた。このプログラムへの採択は、渡航費と生活費を含む総額200万円の支援を意味する。オックスフォード留学をより充実したものにするため、どうしても採択されたい。申請書の出来と採用倍率から判断すると、採択確率は8割程度か。7月の結果発表が待ち遠しい。
生活基盤の確立
北大大学院では、博士課程でも8単位の講義履修が必須となる。学部時代の143単位や修士時代の20単位と比べれば少ないものの、研究に100%の力を注ぎたい身には、この8単位すら煩わしく感じる。同期と共に、効率的に単位を取得できそうな講義を血眼になって探した。D1前期で8単位を一気に片付けられる時間割を組み立てた。
同日、学振へ博士課程の在籍証明書を提出した。これがなければ学振DCからの支援を受けられない。提出期間が4日から7日までと非常に短かったため、催促メールを受け取った瞬間、用意していた証明書を即座に提出。長きに渡ったDC1の採用手続きも、これで完結。あとは月末の採用者名簿で自身の名前を確認するだけとなった。
国民健康保険加入
研究室を早めに切り上げ、夕方には区役所で国民健康保険の加入手続きを済ませた。学振との間に雇用関係はないにも関わらず、研究奨励金が給与所得とみなされ税金を徴収される。その上、会社員が加入できる健康保険ではなく国保への加入を強いられるという矛盾。考えれば考えるほど腹立たしさが募る。いつか特別研究員も健康保険に加入できる日が来ることを願わずにはいられない。手続き自体は順番待ちを含め15分ほどで終了。6月からは国保の保険料が懐から消えていく運命だ。
講義が始まった
金曜から講義が始まった。初回は別研究科開講の再生可能エネルギーの授業を選択。蓄電池材料の研究者として、再エネを学ぶ意義は大きいと考えてのことだ。授業前の意欲は高かったものの、実際に受講してみると落胆を禁じ得なかった。日本の大学での講義なのに、資料も講師の説明もすべて英語。さらに授業を聴講するうちに、日本での再エネ普及の限界を感じ、モチベーションが急速に低下していった。
一緒に受講していた同期は早々に離脱を宣言。私も翌週の講義に参加したものの、再エネについて真剣に学ぶ意欲が湧かず、結局リタイアを決意。D1前期で8単位を取得する計画は、もろくも崩れ去った。早期修了を目指すD2での講義受講は気が重いが、目標達成のためには講義と博士論文作成の両立を図るしかない。
次に投稿する論文の執筆を開始
博士修了要件を満たす二報目の論文執筆に着手した。諸事情により今年度は筑波の国研への出入りが叶わず、M2までに蓄積したデータの論文化が中心となる。幸い、三報目までの論文のネタは既に手元にある。イギリス渡航前の9月半ばまでに三報目まで書き上げ、留学中に四報目投稿用のデータを揃えることで、2年での早期修了を目指す。
今回論文化する研究成果は、電池業界に革命をもたらす可能性を秘めている。高価な計算ソフトを使わずExcelでデータシミュレーションを行う点、電池研究コミュニティーの盲点を的確に突く点など、斬新さに満ちている。ビッグジャーナルへの掲載が現実味を帯びてきた。以前リジェクトを食らったインパクトファクター40超の雑誌への再挑戦も視野に入る。執筆完了までの道のりは前作以上に険しいだろうが、持ち前の持久力と根性でこの難関を突破したい。
一報目の査読結果が返ってきた
1日に投稿した論文の査読結果が届いた。2名の査読者から数多くのコメントを頂戴し、該当箇所を迅速に修正・加筆していった。なんとなくだが、この論文のアクセプトは既に射程圏内という手応えを感じている。1週間ほどで査読対応原稿を仕上げ、指導教員の手直しを経て再投稿を完了した。
留学先へ受け入れ感謝メールを送信
オックスフォード大学の受け入れ研究者Mさんへ長期滞在受け入れへの感謝メールを送信。英文メールの作成は初めての経験。基本的な書き方からネットで調べながら何とか完成させた。送信から一週間後、Mさんから「一週間以内に今後の手続きについて連絡する」との返信があった。
これからVISA取得や航空券手配など、初めての経験ばかりが待ち受けている。留学前から胸が高鳴る。YouTubeでOxfordの街並みを眺めているだけでも研究へのモチベーションが急上昇する。5ヶ月後には自分がその街を歩いているという事実が、まだ現実味を帯びていない。
学振DC1の採用者一覧
学振から開示された令和5年度のDC1採用者名簿で自身の名前を確認。申請手続きが無事完了し、一瞬だけ論文執筆の手を緩めてホッと一息ついた。名簿で「北海道大学」を検索すると、同じ専攻の同期の他にも見覚えのある名前を発見。北大一年次の同クラスだった優秀な学生で、なんとなくD進を予感していた。彼の研究題目は私には一言も理解できず、思わず笑みがこぼれた。
博士候補生ともなれば既に半分は研究者であり、皆が非常に高度な研究に取り組んでいることが一目瞭然だ。令和5年度のDC1は応募者3,991名のうち690名(17.3%)が採用された。私の応募した大区分「化学」は応募者356名のうち62名(17.4%)、小区分「エネルギー関連化学」は44人のうち8人(18.8%)の採用という狭き門を突破できたことに安どしている。
学振DC1の科研費交付額が決定
学振DC1に伴う科研費の交付額が内定。特別枠で「150万円×3年」と申請していたが、年額10万円減の140万円×3年で決着した。通説では申請額の8割程度(この場合120万円)しか得られないと言われる中、9割以上の交付を受けられた幸運に感謝している。
科研費からは学会参加の旅費や実験材料など研究関連費用を支出できる。専門書購入や出張手当など、自身の研鑽にも活用可能だ。420万円という額は、小規模ながら独立した研究者としての第一歩を意味する。国費を財源とする以上、国民の期待に応えるべく、背筋を伸ばして研究に邁進する決意を新たにした。
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