北大博士課程を一年短縮修了した技術開発エンジニアかめです。
大学院の「飛び級」と聞くと、天才的な研究者が歩む特別な道に思えるかもしれません。キラキラしたキャリアの象徴として語られることも多いですよね。しかし、実際の早期修了の制度やその内側については、あまり知られていないのではないでしょうか。
私自身、博士課程での早期修了を経験しました。手続きを進める中で、制度のしくみや現場の実情について、いろいろな発見があったのです。特に、修士課程と博士課程では仕組みや難易度に大きな差があります。
この記事では、私の体験を交えながら、修士課程と博士課程それぞれの早期修了について比較していきます。大学院への進学を考えている方や、すでに在学中の方にとって、少しでも参考になれば幸いです。

それでは早速始めましょう!
大学院を早期修了するには
早期修了の難度を比較する前に、修士・博士課程それぞれを早期修了する方法をおさらいしておきましょう。
修士課程の場合:博士論文提出要件のクリアが必要
修士課程を早期修了するには、修了希望時点で博士論文(D論)提出要件を満たしていることが条件。既に課程博士レベルの人材へ飛び級の栄誉が与えられるのです。
私の所属専攻において、博士課程を修了するには、国際誌での筆頭論文二報以上の出版が必要です。査読付きなのは大前提。日本語ではなく英語で、第二著者ではなく筆頭著者での論文出版が求められます。M1の終わりに、またはM2前期で修士を修了するには、その時点で国際誌二報以上の業績を有していなければなりません。これはかなりの難関です。実際、私の所属元専攻で修士課程を飛び級した人間はまだ一人もいないそうです。
博士課程の場合:博士論文提出要件の倍近い業績量が必要
博士課程を早期修了するには、修了希望時点でD論提出要件を上回る業績量を有していることが必要。修了要件を満たすのは最低限。早期修了の妥当性を証明するには、D論要件の二倍近い業績量が求められるのを覚悟しておいてください。
所属元専攻のD論提出要件は筆頭論文二報。早期修了が認められる業績量のボーダーラインは五報。最低でも四報は無ければ話になりません。学位審査会にて「もっと時間をかけて研究を深めるべきでは?」とケチをつけられるでしょう。D2の終わりで、またはD3前期で博士を早期修了するには、『博士課程の間に』少なくとも四報以上出版しなければなりません。修士の飛び級と同じく難関です。所属専攻での早期修了者は私で三人目。日本人では二人目なのだそう。
修士・博士課程の早期修了条件をおさらいしました。次の章から本題に入りましょう。
【個人的意見】修士課程の方が早期修了しにくい
私は博士課程のみの早期修了。博士課程で査読付き国際誌筆頭論文を五報記しました。M2前期時点での筆頭論文数は二報。実のところ、修士課程の早期修了にも条件的には手が届く状況でした。しかし、後述の理由で修士早期修了を見送ることに。以下の内容は、修士・博士両方ともに飛び級へ手が届いた人間の考察と捉えてください。
修士と博士の早期修了を比べた際、自分としては「修士」の早期修了の方が難しいと感じました。その理由は下記三つ⇩
- B4やM1が学術論文を記すのは至難の業だから
- 修士課程早期修了制度の存在を知らぬ可能性があるから
- 「博士課程を退学したら学士卒になる」事実が恐ろしくて一歩踏み出せないから
それぞれについて一つずつ考えていきましょう。
B4やM1が学術論文を記すのは至難の業だから
論文執筆は経験値がモノを言います。書けば書くほどスキルが蓄積され、執筆が上手く、楽になってくるのです。
論文作成が最も大変なのは一報目。何をどのように記したら良いか分からぬまま手探りでスタートせねばならないからです。自分の中では完璧だと思った原稿が、指導教員から真っ赤になって返ってきて絶望する。添削⇆やり直しの無限ループを何か月間も繰り返す。完成した頃には青息吐息。”こんなもの、二度とやりたくない”と絶望します。投稿作業や査読対応などを経てアクセプトされる。執筆開始から掲載までに半年かかると見ておいてください。
二報目の執筆は一報目よりも楽です。一報目でダメ出しされた反省を踏まえ、少し出来の良い原稿を記せるでしょう。三報目の執筆は二報目よりも楽。四報目は三報目よりも、五報目は四報目よりも楽に記せるはず。自分は研究室に在籍した五年間で計七報の筆頭論文を作成しました。作成に一番苦労したのが一報目。最も楽だったのは七報目でした。
論文出版ペースは、執筆論文数の増大に伴い加速していきます。D進前までに論文を書いたことがあれば、D進後の論文量産はそれほど難しくありません。しかし、経験値の浅いB4やM1ではまだ論文量産能力が備わっていないでしょう。スキルのない状態でスキルを要する作業遂行が求められるのが修士課程早期修了の大変な所。ラボ配属初年度から英語論文を書くぐらいの勢いでいかねば間に合わぬのです。一報目をB4からM1前期のうちに、二報目をM1後期に記して早期修了に手が届くかどうか。
B4やM1が論文を記すのは至難の業。修士早期修了を成し遂げられるか否かは、個人的才覚と周囲のサポート体制に大きく左右されるでしょう。
修士課程早期修了制度の存在を知らぬ可能性があるから
博士課程の早期修了制度は有名です。自分自身、大学院へ進学する前からその存在を知っていました。小説や映画に登場する大学院の飛び級は、十中八九、博士課程の早期修了を指します。一年か二年ほどで早期修了して、海外の有名研究機関へ羽ばたいていく様子が描かれるのです。
修士課程の早期修了制度は、博士課程のものと比べればあまり知れ渡っていません。そのようなものが存在することにすらM2前期まで思いも及びませんでした。存在を知った頃にはもう申請締め切り時期の間近。色々と手遅れでした。早期修了制度自体を知らなったがゆえに修士の早期修了を逃したのです。どれだけたくさん業績を集められていても、飛び級制度を知らなければ飛び級できないでしょう。修士課程の早期修了は、情報強者のみ手が届く世界でした。



この記事をご覧の皆さんは情報強者側。ご自身の専攻内に修士課程早期修了制度があるか、学生便覧で確かめてみましょう
「博士課程を退学したら学士卒になる」事実が恐ろしくて一歩を踏み出せないから
修士と博士の早期修了は同じようなものに捉えられがち。しかし、その実態はまるで異なっているのです。
博士課程を早期修了して失うものは何もありません。強いて挙げるとすれば、学割や、勤労を免れるモラトリアム期間でしょうか。博士早期修了では博士号を得られます。飛び級という栄誉も手に入るでしょう。博士を出てから入った会社や研究機関では称賛の嵐です。承認欲求がタプンタプンに満たされ、自己肯定感が上がって最高の気分になるでしょう。
修士課程を早期修了すれば、修士号を失います。正確に言えば、修士号を得る権利を喪失するのです。修士課程を早期修了すると、経歴上は修士課程を「退学」してD進することに。博士課程へは学士号ホルダーとして挑みます。
順調に研究が進捗し、博士修了要件を満たせれば、めでたく博士号が授与されるでしょう。研究が上手くいきすぎれば、博士課程まで早期修了してしまうかもしれませんね。仮に研究が順調に進まなかったらどうなるでしょう? 研究は一筋縄にはいきません。事前に描いたシナリオ通りに事が運ぶケースはほとんどないのです。また、精神を病んで研究続行が不可能になったらどうしますか? 博士課程をやめざるをえなくなったとき、修士早期修了者の運命やいかに?
修士課程を早期修了した学生が博士課程を退学したら、「学士号ホルダー」として社会に放出されることになります。修士課程を修了せず退学してD進したためです。修士号を授与される機会も慈悲もお情けもありません。
博士課程での研究の見通しがおぼつかないなか、修士を飛び級したら悲惨な末路が待っているでしょう。博士課程を修了できなければただの学部卒。これ、けっこう恐ろしいですよね。修士課程を余裕で修了できる業績の持ち主でも修士号をもらえないんですよ。仮に私が修士の飛び級制度をM1の頃から知っていたとします。博士課程の修了に失敗して学部卒になるリスクを懸念し、修士課程の早期修了へ一歩踏み出せなかったかもしれません。
まとめ
修士課程と博士課程の早期修了は、どちらも簡単な道ではありません。しかし、大変なぶんだけ、自分の成長や努力を形として実感できるチャンスでもあります。制度の仕組みを知り、準備を重ね、自分に合ったタイミングで一歩を踏み出す。それだけで、思い描いていた未来が少し近づいてくるかもしれません。
もしいま、進む道に迷っているなら。もし選択に悩んでいるなら。そんなときこそ、この記事が何かのきっかけになればうれしいです。早期修了を目指す方も、そうでない方も、自分らしい歩み方で未来を切り拓いていけますように。
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