私の専攻では修士課程に各学年およそ40名が在籍していますが、博士課程に進んだのはたったの4名。一つ上の代にいたってはゼロ名でした。他の専攻を見渡しても似たような惨状で、修士から博士への進学(以下、D進)の不人気ぶりは北大に限らず日本の大学院に広く共通する現象です。
先進国の中で、修士課程からのD進者が減り続けているのは日本くらいのもの。なぜここまでD進離れが加速しているのか、博士課程の渦中にいるD1の人間として5つの理由を考えてみました。
いまD進を迷っている方や、ふと脳裏をよぎったことのある方、また、学生の背中を押したい研究者の方。これらの方に、何かひとつでも引っかかるものがあれば嬉しいです。
かめそれでは早速始めましょう!
研究にハマる前に就職活動が始まるから


親の世代(50代あたり)は、B4ないしM2の夏〜秋に就活を始めたと聞きます。研究に腰を据えて取り組む時間が十分にあったし、自分に研究が向いているかを見極めてからD進か就職かを判断できました。
ところが現在は、インターンシップがM1の夏に始まります。M1に上がった途端、講義にゼミにインターンの応募にと、てんやわんやの大騒ぎが待っています。私自身、M1で就活を体験して、忙しすぎて白目を剥きました。
他のことに煩わされず研究に没頭できるのは、B4の一年間のみ。しかもB4なんて右も左もわからない時期ですから、研究に集中できる期間は実質的にほぼ存在しません。
修士に進んだ学生の多くは、就職とD進を天秤にかけます。座学中心の学部時代とは違い、自分の手を動かして新しい知見を掴める”研究”に魅力を感じるからです。それでも大半の学生がD進を選ばないのは、研究の面白さに火がつく前に、就活の波が押し寄せてくるから。
私のように「就職とD進、どっちにしよう」と迷う人間は、M1の夏から就活を始めます。D進を選ばなかったときに手遅れでは困りますから、保険をかけておかなければなりません。すると労力の一定部分を就活に取られ、夏休みから春休みまで悶々とした日々を過ごすハメになります。
研究にエンジンがかかり、面白さがうっすら見えてきた頃って、ちょうど進路の決断を迫られるタイミングと重なるんですよね。周囲からは「D進するなら覚悟を決めろ」と散々脅される。研究、面白そうだな~くらいの温度感じゃダメなのかな、と割り切れない気持ちを抱えたままD進を躊躇してしまいます。
劣悪な環境で働く大学教員の背中を間近で見ているから


仮にインターン開始がM2の9月に後ろ倒しになっても、D進希望者がどっと増えるかといえば怪しいでしょう。最も身近な博士号ホルダーである大学教員の労働環境が、あまりにも過酷すぎるからです。
助教はまだしも、准教授や教授ともなると研究以外の仕事が山のように降ってきます。書類作成、学会運営、入試監督、各種のお付き合い。朝から晩まで業務に追われ、息つく暇がありません。研究がしたくて教員になったはずなのに、肝心の研究に割ける時間がない。 平日で処理しきれなかった仕事を片づけるべく、土日も大学の居室でキーボードをカタカタ叩いていらっしゃいます。
尋常ではない業務量に埋もれる先生方を日々間近で観察していて、「ああなりたいなぁ」と憧れた瞬間は正直一度もありません。先生方のお人柄は心から見習いたいと思いますが、あの仕事量を背負わなければならない教員職に、ポジティブな感情は抱けないのが本音です。
もし、年収2,000万円もらえるなら、頑張り甲斐もあるかもしれません。けれど実際は半額程度でゴリゴリに働いていらっしゃる。若い学生が先生方の疲弊した姿を毎日目にして、「博士号を取ってあの道に進みたい」と思うのは難しいのではないでしょうか。
D進者への金銭的補助がショボすぎるから


D進者が減り続ける背景には、金銭的支援の薄さも間違いなく絡んでいます。
最も手厚い支援を受けられる日本学術振興会特別研究員DC1ですら、月の給与は22.7万円。修士課程を出て企業に就職した同期のほうが多くもらっていますよね。単純な額面比較で負けているうえに、特別研究員には福利厚生が一切ありません。数字に表れない格差もしっかり存在するわけです。おまけに授業料まで自腹。笑うしかありません。
最近ではJSTが次世代研究者挑戦的研究プログラムを立ち上げ、学振DCがカバーする数倍もの学生を支援する動きあります。ただ、フェローシップの支援額は、月18万円。授業料免除がセットとはいえ、月18万円では息をしているのが精一杯でしょう。別途JASSOの学生ローンに手を出さざるを得ず、博士修了後にはローン返済が容赦なく襲いかかってきます。生活は苦しくなるし、婚期だって遠のく。嫌な想像はいくらでも膨らみます。
ひょっとすると「カネ、カネ、とうるさいなぁ」と感じた方がおられるかもしれません。ここまでお金の話を繰り返すのは、日本が世界に向けて科学技術立国の看板を掲げているからです。
学術の未来を担う人材に予算を出し惜しんでどうするのでしょうか。外国人留学生の学費と渡航費を全額負担する余裕があるのに、国内で研究に打ち込む学生への支援はこの水準。D進者を増やしたいなら、民間企業の初任給と同等の、せめて月30万円程度の支援を期待したいものです。
科学技術者をここまで冷遇する先進国は珍しいですよ。優秀な研究者が海外に流出していくのも、なるほど道理でしょう。
“いまだけカネだけ自分だけ”の空気が蔓延しているから


博士候補生を含め、研究者には学術界への”奉仕”の側面が少なからずあります。将来の文明をほんの少しでも前へ進めるために寝る間を惜しんで働き、コストパフォーマンスなんか度外視で、時給換算したら最低賃金を割ることも珍しくない。報われなくても、後世に少しでも良い形で学術のバトンを渡すべく走り続ける生き方です。
最近の学生は、犠牲を伴う生き方を選ぶこと自体に高いハードルを感じています。「コスパ最悪じゃん」の一言で研究者の道を最初から選択肢に入れない人も少なくありません。
周りを見ていると、自分の利益を最優先に動く空気が年々濃くなっているのを感じます。他者や社会への還元よりも、まず自分の生活と収入を確保する。資本主義の世の中ではきわめて合理的な判断でしょう。
D進後には科学者として長期的視野や奉仕の精神が求められますが、これらは現代の若者と絶望的なほど噛み合っていません。国がいくら支援策を打ち出しても、価値観レベルでミスマッチが起きている以上、D進者が劇的に増えるとは考えにくいのです。菜食主義者を焼肉食べ放題に連れていくぐらいの難しさだと思ってください。
もっとも、資本主義社会で”自分の利益を度外視して生きろ”なんて、なかなか無茶な注文でしょう。私は一人で本を読んだり精進料理をつまんだりする修行僧のような暮らしをしているので、現代の消費主義にさほど影響されずに済んでいますが、修行僧ライフを万人に推奨するのはさすがに酷というものでしょう。
修士課程修了のコストパフォーマンスが異常に高いから


D進者が少ない理由は、修士修了で就職するコスパが高いからかもしれません。
学部卒は専門性がないとして敬遠され、博士了は専門性が高すぎて扱いづらいと敬遠される。両者の間に挟まれた修士了は、ある程度の専門性があり、かつ柔軟だとして歓迎される。そう、修士人材は、企業にとってちょうどいい塩梅の存在なのです。
修士課程を2年間過ごした私の実感としては、専門性を身につけたと胸を張れる段階にはまだ到達していません。どう見てもひよっこだし、「電池材料の専門家です」と名乗るには力不足もいいところ。ただ、まったくの素人かといえばそれも違う。最低限の知識は頭に入っている。あの絶妙な”半人前”感が、企業にとっては実にありがたいらしい。
ゼロから社内教育を施すのは、企業にとってもコストがかかります。大学で仕入れた基礎知識をベースに、現場で仕上げてもらう方が効率的ですよね。学生としても、修士の修了要件は博士課程ほど厳しくなく、学会に一度出る程度で、入学すればほぼ確実に修了できる。学部卒プラス2年で企業の求める人材に到達できる修士課程は、コスパSSSです。そりゃ博士課程なんか行かないって。
企業に就職すれば、年次とともに年収も上がっていきます。博士号ホルダーと比べると生涯賃金で差がつく傾向にあるものの、「修士修了後に3年間の修羅場をくぐるよりよほどマシ」と考える人が多いのも頷ける話です。会社で多少やらかしてもクビにはならないでしょうが、博士課程で研究をしくじったら、学位を取れず、時間とお金とメンタルが失われるんですから。
企業側も年々余裕をなくし、社内教育に時間を割けなくなっています。準・即戦力として期待できる修士修了者の需要は今後さらに高まるでしょう。D進者の減少に歯止めがかかる気配は、残念ながらまったく見えません。
最後に
私自身は就職とD進で散々迷った末にD進を選びましたが、就職した人を見下す気持ちは一切ありません。彼らは企業での仕事に幸せを見出すと判断した。私は研究にやり甲斐と生き甲斐を感じてD進を決めた。幸せの形は人それぞれですから、「D進の方がいいよ」と押しつけるつもりは毛頭ありません。
国としては学術界発展のためにD進者を増やしたい。でも個人のスケールで考えてみれば、学位がなくても幸せに暮らせるならそれに越したことはありません。大学にB1からD3まで10年近く通わないと幸せになれないのだとしたら、さすがに何かがおかしいでしょう。博士号がなくても社会への貢献は十分に可能ですし、極端な話、江戸時代のように皆で田んぼを耕していた方が日々充実していたかもしれません。
本記事はD進を勧めるために書いたものではなく、日本の博士候補生を取り巻く厳しい環境を知ってもらい、博士課程へ進む必要が本当にあるかを考えるきっかけにしてもらえたら、と思っています。
























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