いま研究テーマを選ぶなら、理論系より断然「実験系」である理由

研究室選びの季節がやってきました。理論系と実験系、どちらに進むべきか悩んでいる方も多いのではないでしょうか。

先に結論を言います。いま選ぶなら、実験系です。

べつに実験系の回し者ではありません。白衣メーカーからお金をもらっているわけでもありません。ただ、博士課程で実験漬けの日々を送り、いまメーカーの開発部門で働いている身として、心の底からそう思うのです。

理由を順番にお話ししていきます。

目次

AIが理論計算を民主化してしまった

少し前まで、シミュレーションを回すには、回したい理論そのものを隅々まで理解している必要がありました。数式の導出を追いかけ、境界条件を自分で設定し、プログラムコードへ丁寧に落とし込むところまで全部やるわけです。COMSOLやPythonを自在に扱える人材は希少で、研究室でも一目置かれる存在でした。

ところが、生成AIの登場で、理論計算の参入障壁が下がってしまいました

いまやプログラミングの文法をほとんど知らなくても、指示ひとつでAIが何百行ものコードを数分で仕上げてくれます。エラーが出たら、エラーメッセージをそのまま投げ返すだけで、AIが原因を特定して修正までしてくれるのです。かつては徹夜でデバッグしていた作業が、コピペ三回で片付く。正直なところ、理論の中身を大して理解していなくても、なんちゃってシミュレーションコードを生成できてしまう時代になりました。すごい時代です。

もちろん、理論を深く理解していることの価値がゼロになったわけではありません。しかし、ただ理論計算ができるだけでは、かつてのような明確なアドバンテージを得にくくなっています。なんせ、参入障壁が劇的に下がったわけですから、当然といえば当然でしょう。

一方で、実験系はまだまだAIに代替されていません。真空ラインのバルブをどの順番で開けるかは身体が覚えるまで何十回も繰り返すしかありませんし、スパッタの成膜条件を追い込んでいく作業にはとにかく場数が要ります。グローブボックスの中で手袋越しにピンセットを操るあの感覚にいたっては、言語化すら難しい。こればかりは、生身の人間が汗をかくしかないのです。

実験ができること自体がスキルとして強みになる時代は、あと数年は確実に続きます。 だからこそ、いまテーマを選ぶなら実験系が賢い選択だと考えています。

理論と実験のズレを説明できる人が勝つ

理論計算では、現実世界のカオスな要素をあえて切り捨てて、理想化された系でシミュレーションを行うのが一般的です。きれいな仮定のもとで得られた結果は、たしかに美しい。美しいのですが、現実はそこまで行儀よくありません。

実験をすると、シミュレーションでは無視していたあらゆる要素がデータに顔を出してきます。想定外のノイズがどっさり乗ったかと思えば、完全にノーマークだった因子がグラフをぐにゃりと歪ませたりもします。理想と現実が合致しない有様は結婚生活と同じかもしれません。

従来であれば、実験結果を理論計算で裏付けできれば、インパクトファクターの高いジャーナルに論文を載せることも十分可能でした。けれど今後は、理論×実験の組み合わせ自体がスタンダードになっていくでしょう。一流研究グループだけではなく、皆がやり始めるのです。なぜなら、シミュレーションが簡単にできるようになったから。

そうなると、理論と実験がなぜ食い違うのかを丁寧に説明できる力がますます重みを持ちます。ズレの原因を突き止めて理論モデルの改良につなげたり、新たな実験設計に反映させたりできる研究者は、今後さらに求められていくでしょう。

もちろん、理論計算スキルだけでも論文を出していくことは可能です。ただ、シミュレーションが万人に開かれたスキルになりつつある以上、純粋な計算勝負では競争が激しくなる一方です。であれば、理論と実験の両方を武器にしておく方が、研究者としての生存戦略としてはるかに堅いと思います。とくに博士課程進学を考えている方には、ぜひ実験系を選択肢の上位に入れてほしいところです。その後の研究人生で確実に効いてきますから。

メーカーの開発現場では「どっちもやれ」が当たり前

ここからは少し実務寄りの話をさせてください。

私は博士課程を修了した後、メーカーの開発部門で働いています。入社して実感したのは、開発現場では実験と理論の切り分けが思いのほか曖昧だということです。実験担当の人、理論担当の人、とはっきり分かれているわけではありません。全員が実験もシミュレーションもこなすことを求められます 午前中はシミュレーションソフトで机上検討をして、午後からは実験室に入って手を動かす。こういう器用なふるまいを社員全員が当たり前にこなしています。

実験出身者と理論出身者で、適応スピードに差が出やすい点も興味深いところでした。もともと実験をやっていた人は、AIの力を借りながら理論をキャッチアップしていける場合が多い。理論は複雑ですし、すぐに全部を理解するのは難しいのですが、分からない部分をAIに噛み砕いて説明してもらえば、少しずつ腹落ちしていけます。

逆に、もともと理論計算をメインでやっていた人は、実験のキャッチアップに苦戦しがちです。実際にモノを扱った経験が少ないと、どう試行錯誤すれば実験がうまくいくのか、どう条件を変えればノイズを減らせるのか、感覚的に掴みにくいようなのです。実験の勘所は、教科書を読むだけではなかなか身につかないのかもしれません。

企業の研究開発部門に進めば、実験からも理論からも逃げられません。 どちらも必要になります。であれば、まだ時間に余裕のある学生のうちに、実験を得意にしておく方が良いと思いませんか?

理論は後からでも理解できます。むしろ実験結果を考察していく過程で教科書や論文を読み込むうちに、理論的背景が自然と頭に入ってくるものです。実験データから具体的な手がかりを得られるからこそ、抽象的な理論にも実感を持てるようになります。いきなり理論から入ると、何の話をしているのか分からないまま数式の海で溺れかねません。

手を付けるのは、実験→理論の順がおすすめです。まずは手を動かして、現実のデータに触れてみてください。理論の理解は、実験の延長線上に自然とついてきますから。

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