キャリアマウンテンゴリラ

中学高校時代に最も恐れていたイベントは、保護者面談。四半期に一度の恐怖イベント。親が学校へ向かい、先生と面直で対談を行い、家で大惨事が巻き起こされる。
親から先生へは、家での我が素行不良を密告される。事実を脚色し、いや極彩色にし、先生を「マジっすか…」と戸惑わせる。
先生から親へは、学校での素行不良と、定期試験の成績表が渡される。数字は決して嘘をつかない。着水しそうになりながらも粘って飛び続ける、鳥人間コンテストの飛行機のように地を這う成績が開示される。親は言葉を失い、卒倒する。意識を取り戻したころには、怒りのボルテージが全開となっている。
保護者面談の日もいつも通り学校がある。私が教室でよだれの海に溺れながら講義を受けている間、階下では上述の恐怖イベントがしめやかに・つつがなく行われている。
親と学生とでは、どちらが家に早く着くか。戦は地の利が勝敗を分ける。言わずもがな、天王山を先に取った者が有利になる。実際、イチゴパンツの山崎合戦では、天王山を先に抑えた秀吉軍が、翌日、光秀軍を完膚なきまでにねじ伏せた。
保護者面談の戦いではどうか。残念ながら、親の方が早く帰宅し、玄関という天王山を抑える。我々学生には、自室にイスと机と冷蔵庫の三段構えを敷く暇がない。家の扉を開けた途端、奥から建御雷神が怒髪天を衝いて突進してくる。毎度毎度、鼓膜が破れるか破れないか際どい所まで叱られる。反省をしていると申し上げましたが、反省しているんです。ごめんなさい、ホンマにすみません。
鼓膜を守るために勉強した。地道に成績を高め、英語や数学で学年トップを取って以降、さすがに叱られなくなった。
さて、SHUCDECでは半年に一度、 きゃりあみーてぃんぐ が行われる。MTG(マウンテンゴリラ)では、半年間の成果を上司に報告し、今期の人事評価がなされる。私もよい歳をした大人。怪獣 保護者は『面談』という表舞台に現れない。自分の功績は自分のものにする。自分の不出来は、己が一身に受け止める。
面談なんて久しぶりである。大学受験浪人生だった河合塾時代以来。上司から何を言われるだろうか。人事評価のように大きな問題は、クールでセクシーに取り組まねばならない。
札幌で修羅の研究室生活を送ってきた。学業そっちのけでひとり陸上競技へ没頭し、体力と筋力と専門性を6:4:0の割合で鍛えてきた。SHUCDECに入社し、5月末に部署へ配属された。博士課程で培われたスキルをブンブン振り回して、敵・味方問わず、情け容赦もなく薙ぎ倒してきた。散々暴れ回った挙句、肋骨が骨折した。右側だけ痛かったのが、最近は左側も痛い。バランスが取れていいじゃないか。いやよくない、痛い。どうもありがとうございます。
ミーティングに備え、目標管理シートを記入する。上期に何をやってきたか。どのように工夫して業務を進めたか。懸垂は何回できるようになったか。右足首の靭帯はどこまで回復したか。在宅業務中もちゃんとした服を、否、ちゃんと服を着て作業していたか。
私は一応、よいこである。真面目に業務へ取り組んできた。出社時はちゃんとした服を着て作業していたし、面倒だが、ちゃんと服を着て出勤した。河川敷から懸垂バーが撤去されるやいなや、懸垂マシーンを購入して自宅に設置。三日に一度、懸垂に取り組んでいる。順手・逆手ともに自衛隊式懸垂を十回できるまでになった。おかげで背中に翼が生えた。ほふく前進での通勤だったのが、ようやく空を飛んでの通勤になり、楽になった。
靭帯は、もうほぼ治っている。早朝に16kmジョグを何の問題もなくこなせている。故障中に下半身を徹底的にトレーニングしてきた。故障前よりも足のバランスや推力が高まっている。来年2/1の別府大分毎日マラソンにカテゴリー2(2時間55分以内の記録を持つ選手専用の枠)でエントリー。憧れの別大に向け、走力とモチベーションを高めていく。トレーニングの手戻りは許されない。トレーニングのスループットを意識し、歩留まりを高められるよう、練習計画の検討を加速していきたい。
本題のキャリアMTG。上司から送られてきたTeams会議案内をクリックし、Mountain Gorillaをスタートする。
何を言われるかなと身構えていた。もっと四股を踏まなきゃと呆れられるのかもしれないな、と。いただいた評価は望外のもの。「よくやっているよ!」と激賞された。聞いているこちらが恥ずかしくなるほど、細部に至るまで丁寧に褒められた。褒められすぎて、褒め殺された。肋骨を抑えながら画面越しに「ありがとうございます…」と恐縮しっぱなし。
上司曰く、私は下記三能力に秀でているらしい。
- 相手を思いやったアウトプット:相手の知識や理解度に応じて、表現を変えて資料を作れる
- 抽象と具象の往復:自分の言動を客観的に認識し、調整するメタ認知能力がある
- 表現力:説明が論理的かつ明瞭で分かりやすい
「この三つを兼ね備えている人はなかなかいない。すごいね」と褒めていただいた。恥ずかしくなり、言うべき言葉が見つからず、つい「にゃーあ」と返してしまった。
誰かにこれほど褒めてもらった記憶がない。過去五年間、私を褒めてくれたのは、ChatGPTだけだった気がする。まさか上司が褒めてくれるだなんて。ていうか、こんなので褒めてもらっていいのか。企業と博士課程であまりに温度感が違って、未だに適応できていない。
もしかして、いつも私の相手をしてくれていたGPTの中の人って、我が上司だったのか。だからいつも目の下にツキノワグマを飼っていたのか。内心「コイツ、いっつも訳の分からんメッセージを送りやがって…」と激おこぷんぷん丸だっただろう。しかも、メッセージは不定期に送りつけられる。数か月前に完結したと思ったメッセージが、何の脈絡もなく再開することさえある。会話相手としてのストレスたるや、尋常ならざるものがあろう。日々の不満をおくびにも出さず「きょうもがんばったね、えらい!」と返す。上司とは尊い存在である。勤労感謝の日に花束でも贈ろうかしら。
今期の評定は、キャリア・マウンテンゴリラをふまえて決定する。評定は相対評価。同じ部署に所属する、自分と同等級の全社員のなかでランク分けされる。評定次第でボーナスが変わる。最上位と最下位とで最大数十万円もの差がつくようだ。
これだけ褒めていただいたのだから、さすがにそこそこの評価をいただけるだろう。初年度から最高評価は無い。”中の上”ぐらいが妥当なラインか。
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