広島生活春夏秋冬vol.8 一年目・9月後編|人生初の骨折に涙。テレワークの快感に酔いしれ、キャリア・マウンテンゴリラとG掃討戦

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ゴキブリ掃討戦

北海道は試される大地。冬は零下二十度にも三十度にもなる。あまりに外が寒すぎて、冬は息をするとき胸が苦しい。北海道の冬は、外にアイスクリームを置いておけるほどの寒さ。たまに気温が上がって、とっておきのハーゲンダッツがグチャグチャになる。そういうときも、嘆き悲しまず夜まで待てば、カチコチに凍った新品同然のアイスを楽しめる。

Gは、地球で最も生存力の高い虫と言われている。北海道の冬は寒い。寒すぎて、あのGですら生息できない。Gも寒さをムシできなかったらしい(黙れ)。暑さには強くても、寒さには弱い。寒さはムシできなかったということか(いいから黙れ)。仮に運よくANAのコックピットに忍び込み、津軽海峡を越えられたとしよう。幸運なGも、冬が来た途端、あっという間に生命力を奪われる。

最近は函館を中心に道南方面でGが散見されているらしい。少なくとも我らが札幌にはまだGの触手は伸びていない。札幌で学生生活をしていたとき、身の回りで一度もGを見かけなかった。Gは架空の生き物だった。Gとは、プロ野球で広島カープから選手を引っこ抜く大迷惑集団に過ぎなかった。

学生時代に一度だけ、Gと直接対決したことがある。筑波の国研へ出張中、ウィークリーマンションに出てきやがった。Gは玄関のドアの下に潜んでいて、「ただいまー」と扉を開けた瞬間、「こんにちは~」と足の間から家に入っていった。

違う違う違う、そうじゃない。君の家はそこじゃないんですよ。靴を脱ぎ、玄関に向け、Gへインフロントキックをお見舞いした。彼は私のキックを助力に換え、部屋中を猛々しく雄飛した。私は意図せず阿鼻叫喚となった。虫が大の苦手である。Gの雄飛など、勘弁してほしい。結局、リュックサックに入っていた実験ノートで地面に叩き落とした。気絶中のGを外に放り出す。部屋を締めたとき、心拍数は優に180bpmを超えていた。

広島にUターン就職したということは、広島に帰ってきたということである。広島にはGがいる。Gとの接触は不可避である。フカヒレなら嬉しいんだけれども、残念ながら不可避らしい。食べられない。最近はテレビ界隈で昆虫食が流行っていると聞く。あんなものを食うヤツの気が知れない。

私はスーパー・ハイパー・ウルトラ・超・どんだけ・エクセレントカンパニー(SHUCDEC)の社員。弊社のプレミアム福利厚生制度として、オーシャンビューの築浅タワーマンションに住ませてもらっている。

Gは古い建物が好きだ。どちらかというと低層階を好む。私はタワマンの最上階住み。下を見降ろせば鳥もブルっと身震いするほど高い。まさか、Gもわざわざここまではやってこないだろう。そんなことをするGはよほどの変態。むしろ、こっちから会ってみたいぐらいだ。

そう思っていたら、ホンマに出てきやがった。

ある日、満員電車の押しくらまんじゅうで もみじ饅頭 になって帰ってきた。「ああ、今日も疲れたな、本当にひどい目に遭った」とブツブツこぼしながら、家までほふく前進で戻った。ひじに付いた砂を払い、鍵を開けて部屋に入る。靴を脱ごうと手を壁に付いた途端、右の方で視界を黒い物体がサーッとよぎった。

最初は何かの見間違いだと思った。疲れているし、自分の影を虫と見間違えたのであろう、と。念には念を入れて、右の方を見る。そうしたら、触覚が5cmほどもあろうかというGが、こちらを見て「お邪魔してまーす」とあいさつしてきた。一応、Gにも礼儀というものはあるらしい。感心した。さすがは日本のG。最低限の武士道は備えていると見える。

私が奇声を発し、驚いた彼は、我がランニングシューズの中に隠れやがった。ねえ、君はなんでそこに隠れるんだい? 自分は明日、それを履いて会社に行かなきゃならんのだよ。なあ、早く出てきてくれないか? いくらいい匂いがするといったって、わざわざそんなところに入らなくてもいいだろうに。早く出てきてくれ。今なら命だけは助けてやるから。

声が届いたのか、Gは「ほな、出てきてやるかぁー」と姿を現した。私がちり取りで回収しようとすると、すんでの所で回避し、冷蔵庫の下に隠れやがった。

あのさ、その冷蔵庫、あっしの一番大切な家電なんですよ。去年の8月に買ったやつ。学生時代の最後の最後に、自分で貯めたお金でようやく手に入れたものなんですわ。経済学者はレイ・ダリオ。私のお気に入りはレイ・ゾウコ。レイ・ゾウコが家にきたとき、嬉しすぎて泣いちゃったもんね。配達のおっちゃんから「(頭)大丈夫?」って心配されたもん。おっちゃんらが帰ったあと、冷蔵庫と何回ハグやチューをしたか分からない。博士課程で辛い思いをしたときは、研究棟の共用コピー機で印刷したA2サイズのガッキーの顔写真を貼ってから抱きついた。

そんな思い入れのある冷蔵庫に隠れるとは、君はいったいどういう了見なのか。喉仏よりも、果ては馬の耳よりも仏の私も、これには「やけんモテんと思う」と青筋を立てて激怒した。おそらくメロスでも怒ると思う。武士道の欠片もない。この畜生は、わが手で成敗してくれる。

冷蔵庫の前で仁王立ちし、G掃討作戦の検討を加速する。検討に検討を重ね、アクセル全開で加速し、頭をひねって吟味を珍味する。大切なのは、大切なことである。雨の日には、雨が降ります。ときどき姿を見せるGに、虚勢を見透かされ、思わず横っ飛び。おい、自分。日本男児たるものが何をしているのか。胸を張れ、背筋を伸ばせ。Gなんかに負けるな。検討をさらに加速していく。

こうなったら持久戦だ。「鶴は千年、亀は万年」という。私はGの前で一万年でも粘ってみせよう。Gの方が「ごめんなさい」と白旗を掲げてくるまで、空腹我慢合戦である。こっちにはな、目の前に冷蔵庫があるんだ。お腹がすいたら、冷蔵庫を開けて、これ見よがしにゆで卵やバナナを食べてやるんだ。Gくんよ、君には何もないだろう。夢も希望もない。空腹我慢合戦は、ハナから勝負がついている。おい、いいから出てこい。貴様の負けだ。

Gとのにらみ合いを3時間続けた。Gもまさか、自分の前に3時間も座っている人と出会ったことが無いだろう。コイツ、どんだけ暇なのかと思われたに違いない。Gごときに暇人扱いされて大変遺憾である。だが、致し方ない。

とうとうGは、自ら玄関へ歩いて行った。扉を開けると、そそくさと出ていった。ああ、怖かった。もう来ないでね。

~前作~

~次作~

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