海外留学が辛かったら、途中で帰国してもいい

かめ

聞いたよ、来月からフランスに行くんだって?

後輩のAさん

そうなんです! あ~、楽しみ♪

かめ

そうか、楽しんできてね。お土産もよろしく

後輩のAさん

もちろんです! パリに行ったら、何をしよっかな~

かめ

そうだ。これから海外留学に行くAさんに、渡航前にちょっと大切な話をしておくわ

後輩のAさん

大切な話? 

かめ

うん
海外留学って、前向きな言葉で語られることが多い。「成長できる」「視野が広がる」「人生が変わる」。どれも嘘じゃないし、実際そうなる人もたくさんいる

後輩のAさん

だからこそ、楽しみ半分、不安半分、みたいな感じです

かめ

その感覚は、とても健全だよ。
ただ、ひとつだけ、出発前に知っておいてほしいことがある。それは、海外留学は、思っている以上に心に負荷がかかる場合があるということ

後輩のAさん

負荷、ですか

かめ

うん。研究以前に、生活や文化や言葉の違いが、じわじわ効いてくる。それでも多くの場合、「せっかく来たんだから」「ここで帰ったら負けだ」という言葉が、僕たちを踏みとどまらせる

後輩のAさん

確かに、留学中に辛い思いをするなんて、あまり想像していませんでした

かめ

でしょ。海外では何が起こるか分からない。いいこともあるし、良くないこともある。
もし本当に辛くなったら、帰ってきてもいい。僕自身、博士課程の途中で海外留学に行き、そして途中で切り上げて帰ってきた

後輩のAさん

それでも、博士号は取れたんですよね

かめ

取れたよ。一年早期修了して
これからしていく話は、留学をやめた体験談じゃない。留学で消耗しすぎるなよ、という話

かめ

最悪、帰ってきても大丈夫だから。そう思えた方が、きっと君は、いまよりもっと気楽に海外へ羽ばたけるかなと思って、渡航前に伝えることにした

目次

海外では日本とは違うストレスがかかる

かめ

海外留学って、どうしても「研究が進む」「視野が広がる」「人生変わる」みたいな明るい言葉で語られがちだけど、実際に現地で一番最初に感じるのは、研究以前のストレスだったりするんだよね

後輩のAさん

研究じゃない、というと、生活面ですか?

かめ

うん。生活、言語、人間関係、制度、価値観。日本にいると無意識に守られていた前提条件が、海外ではごっそり外れる。これが、想像以上に効いてくる

後輩のAさん

たしかに、日本だと「分からなかったら誰かに聞けばいい」「何となく察してもらえる」みたいな空気がありますよね

かめ

そうそう。その「何となく」が一切通用しない。役所の手続きひとつ取っても、「言われていない=存在しない」世界だから、自分から聞かなかったことは、永遠に誰も教えてくれない

後輩のAさん

それ、研究以前に消耗しそうですね

かめ

消耗するよ、じわじわと。研究室に行くまでの道、スーパーでの会計、同僚との雑談。その全部が「ちょっとした緊張」の連続で、一日が終わる頃には理由の分からない疲労が残る

かめ

この疲労の正体って、出来事そのものよりも、「常に正解を探し続けている状態」なんだと思う。何気ない行動一つひとつに、「これで合っているのか?」という確認が入る。無意識で済んでいたことが、全部「判断」に変わる。そりゃ疲れるよね

後輩のAさん

日本だと、研究で疲れていても、生活はオートモードで回せますもんね。日本での生活に慣れているから

かめ

まさにそれ
海外では、生活がずっとマニュアル運転。しかも坂道発進多め

後輩のAさん

地味に嫌ですね

かめ

しかも厄介なのは、このストレスが「甘え」に見えやすいことなんだ

後輩のAさん

あ~、分かる気がします。「留学できているだけ恵まれている」とか

かめ

そう。「せっかく海外に来たのに」「みんな頑張っているのに」と、自分で自分を責め始める。その結果、しんどさを正確に言語化する前に、自己否定へ直行してしまう

かめ

しかも留学の辛さって、語られにくいんだよね。表に出てくるのは成功談ばかりで、途中で苦しくなった話や、環境が合わなかった話は、なかなか共有されない。だから、自分だけが弱いような錯覚に陥りやすい構造になっている

後輩のAさん

研究が進まない理由も、全部自分のせいにしてしまいそうです

かめ

それもよくある。自分もそうだった
でもね、海外では「研究が進まない理由」が、個人の努力とは無関係な場所にあることも多いんだ。設備とか、留学前の契約とか、受け入れ側の事情もあるし、文化的な優先順位で差が付けられることもある。自分ではどうにもならない変数が、日本よりはるかに多い

後輩のAさん

それって、努力でどうにかできると思って行くと、逆にきつくなりそうですね

かめ

うん。
だから最初に知っておいてほしいのは、海外留学でかかるストレスは、日本での延長線上にないということ。質が違うし、耐え方も違うからね

後輩のAさん

「根性」だけで解決できるものじゃない、と

かめ

そう。根性論が役に立つ場面もゼロではない。だけど、海外生活のストレスは、精神論で押し切るには、あまりに心が削られるタイプなんだ

後輩のAさん

聞いていて、すこし安心しました。しんどくなる可能性があるのは、自分が弱いからじゃないんですね。海外留学とは、本来がそのようなものなんですね

かめ

その認識が大事。海外で感じる違和感や疲労は、能力不足の証明じゃない。環境が変わったことへの、極めて正常な反応だから

後輩のAさん

はい

かめ

だからまずは、「海外では、日本とは違うストレスがかかる」と、出発前からちゃんと知っておいてほしい。それだけで、後の選択肢が少し増えるから

心は、一度壊れたら治らない

かめ

さっきの話を踏まえた上で、次にどうしても伝えておきたいことがある。少し強い言葉になるけれど、心は、壊れたら元通りにはならない

後輩のAさん

いきなり核心を突いてきますね。なんだか、怖い…

かめ

ごめん。でも、これは曖昧にしたくなかった。体調不良なら「休めば回復する」という発想が自然に出てくるけど、心の不調は、壊れている最中ほど「まだ大丈夫だ」と思い込めてしまう

後輩のAさん

たしかに、外からは見えにくいですし、自分でも気づきにくそうです。留学中なら、なおさらそうかも

かめ

そう。特に海外では、心のバランスを崩しやすい。日本にいた頃の自分と比べる余裕もなくなって、「ひょっとしたらこれが普通なのかもしれない」と感覚がズレていく

後輩のAさん

ズレたまま、我慢を続けてしまう、と

かめ

うん。しかも研究者気質の人ほど、原因分析を始める。「自分の努力が足りない」「適応能力の問題だ」と仮説を立てて、心の悲鳴を棚上げする

後輩のAさん

それ、すごく分かります。現に今でも、問題を感情ではなく課題として処理しようとする癖があります

かめ

その癖自体は、研究では強み。でも心の話になると、刃が自分に向く。本来は撤退判断が必要な局面で、「もう少し様子を見よう」という先延ばしが合理的に見えてしまう

後輩のAさん

ところで、「壊れたら治らない」って、どこからが壊れている状態なんでしょう

かめ

そこが一番難しいところだね。明確な境界線はない
ただ、経験的に言えるのは、楽しさや好奇心が静かに消えていく状態は、かなり危険だということ

かめ

例えば、朝起きた瞬間からもう疲れているとか、誰かに連絡を返すのがやたらと億劫になるとか。研究が進んでも嬉しさより「やっと終わった」という安堵しか残らない。そういう変化が重なってきたら、心はかなり無理をしている状態だよ

後輩のAさん

研究が嫌いになる、というより、無になる感じですか?

かめ

そう、そう。怒りや悲しみがあるうちは、まだエネルギーが残っている。何を見ても反応が薄くなったとき、心はかなり疲弊している

後輩のAさん

それって、休めば戻るものなんでしょうか

かめ

短期的には戻ることもある。でも、無理を続けて作られた歪みは、完全には消えない。研究への向き合い方とか、人との距離感など、どこかに消えない傷跡が残る

後輩のAさん

それは、、、ちょっと怖いですね

かめ

怖がらせたいわけじゃない。ただ、現実として知っておいてほしい。博士課程も留学も一時的なイベントなのに、心の状態は、その後の人生全部に持ち越されるんだ

後輩のAさん

たしかに、研究者人生は長いですもんね

かめ

仮に会社員になっても、長い。だから、半年や一年の成果と引き換えに、心を削り切る必要はない。
研究は中断できる。テーマも変えられる。所属も移れる。でも、自分の心そのものを取り替えることはできない。一度壊れたら、もう元には戻らないんだ

後輩のAさん

「頑張り続けること」より、「壊さないこと」の方が優先順位が高い、と

かめ

まさにそれ。努力は尊いけれど、努力を続けられる状態を守ることの方が、もっと尊いんだ

かめ

誤解してほしくないのは、壊れても回復しないと言っているわけじゃないということ。時間をかけて元気になるケースはある。ただ、同じ負荷を同じように受け止められる状態に完全に戻るわけではなく、価値観や限界ラインが、少しずつ変わってしまう

後輩のAさん

この章を読む人、少し救われると思います

かめ

そうだったら嬉しい。
留学で心が苦しくなったとき、「自分は弱いのではないか」と考える必要はない。それは壊れかけているサインかもしれないし、早めに気づけた証拠かもしれないから

無理をするな。我慢できなければ、帰ってきていい

かめ

じゃあ最後の章に行こうか
ここまで読んでくれた人に、一番伝えたい結論は、とてもシンプル。我慢できなければ、帰ってきていい

かめ

できれば、帰るか帰らないかの判断基準は、限界になってから考えるのではなく、出発前から持っておいてほしい。研究が全く進まない状態が続いたら、生活が回らなくなったら、心が明らかに擦り切れてきたら帰る。そういう自分なりの条件を決めておくと、留学は賭けじゃなくなるよ

後輩のAさん

その言葉、正直かなり救われます……

かめ

よかった
留学って、「最後までやり切るもの」「途中で帰るのは失敗」みたいな物語に包まれがちだよね。現実は、そんなに単純じゃない。最後までやり切れないほど辛い思いに遭う可能性だってある

後輩のAさん

周りの目が気になってしまいそうです。「途中で帰ってきた人」って見られないか、とか

かめ

その不安、すごく自然だよ。そういうときは、少し視点を引いてみてほしい
他人の数年の記憶より、自分のこれから数十年の人生の方が圧倒的に重い

後輩のAさん

冷静に考えると、その通りですね

かめ

それに、帰る判断は、逃避じゃない。状況を評価して、損失を最小化する、立派な意思決定だよ。研究者なら、なおさら理解しやすいはず

後輩のAさん

確かに、実験でも見切りをつけることはありますもんね

かめ

そう。期待した条件が揃わない実験を、意地だけで続けないでしょう。それと同じ
環境が合わないと分かったなら、撤退は合理的なんだ

後輩のAさん

先輩自身も、そうやって帰国を決めたんですよね

かめ

うん
D1の後期にオックスフォードへ行って、本当は半年いる予定だった。でも、現地で研究環境に手違いがあって、どれだけ頑張っても研究が進まない状況が確定してしまった

後輩のAさん

それは——かなり辛いですね

かめ

辛かったよ。「もう少し耐えれば何か変わるかもしれない」と考えた時間もあった。と同時に、心がすり減っていく感覚もはっきりあった

後輩のAさん

そこで帰る決断をした、と

かめ

そう。帰国を決めた瞬間、正直ほっとした。この安心感が、「これは正しい判断だった」と教えてくれたんだ

後輩のAさん

帰ってきて、後悔はなかったですか?

かめ

ゼロと言えば嘘になる。海外への想いは未だに消えないし。でもね、致命的な後悔はない。むしろ、あのとき帰ったから、その後、博士課程を乗り越えられた。あそこで無理して半年居たら、心を病み、博士課程を退学していたんじゃないかな

後輩のAさん

留学を途中で切り上げても、研究者として終わるわけじゃないんですね

かめ

もちろん。
留学はキャリアの一要素であって、人格証明じゃない。途中で帰った経験が、その人の価値を下げることはない。自分は、留学失敗で味わった悔しさを胸に、博士課程一年飛び級修了に繋げたよ

かめ

途中で留学を切り上げた人でも、帰国後に別の形で海外共同研究をする人もいるし、数年後にもう一度留学する人もいる。留学経験は滞在期間の長さで決まるものじゃない。その後どう研究と向き合ったかの方が、ずっと大きいんだ

後輩のAさん

これから留学に行く人には、どんな言葉をかけたいですか?

かめ

「最悪、帰ってきても大丈夫だから、思い切って楽しんでおいで」と

後輩のAさん

いい言葉ですね

かめ

帰れないと思うと、世界が急に狭くなる。でも、逃げ道があると、人は前を向ける。途中で帰ってもいいと知っていれば、挑戦を躊躇しなくなる

後輩のAさん

留学を“背水の陣”にしない、ということですね

かめ

そう。海外留学を賭けにする必要はない。自分を守りながら、できる範囲で飛び込めばいい

かめ

大事なことだから、もう一度言うね
無理をするな。我慢できなければ、帰ってきていい。未来を大切にする選択をしてほしい

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