広島生活春夏秋冬vol.13 一年目・12月前編|ウニえもん超新星大爆発による黄金信用書の崩壊と美魔女馬森からの戦略的退却

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さよなら、乗馬

乗馬クラブで過ごして三カ月が経った。最初は楽しいだけだった。馬に触れている間は、確かに心が落ち着いた。けれど、通うたびに、かつて見えていなかった細かな違和感が少しずつ浮き上がってきた。

昔と比べ、会員さんが馬を大切にしなくなっていた。騎乗前の馬へのブラッシングもいい加減。レッスン後、汗だくな馬を、汗も拭いてあげずに厩舎へさっさと戻してしまう。おかげで馬は皮膚病でブツブツだらけ。足を腫らして引きずっている馬もいた。馬への杜撰な接し方を見て、胸が痛んだ。自分にとって馬はかけがえのない存在だったが、他の人からすれば、ただのフィットネスマシーンに過ぎないのかもしれない。

また、昔より全体的に会員さんの技量が落ちていた。馬への合図とやりたいことがずれていて滅茶苦茶だったり、体幹が弱すぎて馬にもてあそばれている人も居たり。レッスンを教えるスタッフ側のレベルもイマイチだった。自分が馬場に立ってレッスンした方がいいだろうと思うぐらいだった。ここに居ても、参考にしたいライダーが見当たらない。反面教師の飽和攻撃に苦悶した。

以前から乗馬業界は女性過多だった。乗馬クラブに女性は多い。私が通っているクラブも例外ではなく、全体の8~9割は女性である。それはそれで結構なのだが、年齢層に問題がある。女性といっても、高校生以下の女子か、年齢不詳の美魔女しか居ない。自分のパートナーになりうる20~30代の女性は皆無だった。若い女性も、別の場所で作ったと思われるパートナーと一緒に通っている。要するに、この場所には、異性との出会いの可能性が万に一つもない。大坂冬の陣で徳川軍に囲まれながらも奮戦した豊臣方の惨めな気持ちを味わった。

ゆる~く乗馬をやることはできている。激烈にシバかれながら乗っていた中高時代よりも、論文アクセプトか博士課程の時間切れのどちらが先かと胃をキリキリさせていた博士課程よりも、ストレスなく乗馬を楽しめている。楽しいのは、馬に乗っているときだけ。馬から降りた途端、現実が迫ってくる。ここには馬を大切に扱う人がいない。恋人ができる可能性もない。

ふと冷静になってみて思う。わざわざ莫大な時間とお金を費やして、自分は何をしているのだろうかと。

馬と過ごす時間は確かに好きだ。けれど、その前後で受ける小さな失望の積み重ねが、楽しさを上回り始めていた。

いまの自分には、走ることも、本を読むことも、勉強もある。それらはどれも静かに心を支えてくれている。なのに、乗馬だけがどうしてか心を摩耗させた。本格的に続けるなら、鞍や馬具で百万円ほどかかるという現実もある。数字を見た瞬間、胸の奥で「そこまでして続けたいのか」と自分が自分に問い返してきた。

癒しを求めて戻った場所なのに、いつの間にか苦しさの方が大きくなっていた。続ける理由より、やめる理由の方が、細雪のように音もなく積もっていくのが分かった。

11月の最終日、クラブへ「やめます」と連絡を入れた。電話を切ったあと、しばらくは呆然とした。取り返しのつかない扉を、自分の手で閉めてしまったような感覚が残った。

苦しかった。自分が見つけた居場所を自ら引き払うのは、吐きそうになるほど辛かった。しかし、続けていくのはもっと辛い。あのまま居続ける方がもっと自分を削っていっただろう。私は、そこに居ても何も得られない場所に居続けられるほどには、人生をまだ諦めていない。

かつてのように無心で馬に触れられない自分がいる。その理由は、まだ言葉にならない。今はただ、いったん手を離す。握りしめたままでは、自分の方が先に折れてしまう。そう思ったら、もう前に進むしかなかった。

外に出ると、風が肌を刺した。世界がひとつ季節を進めたように、広島の街の音がいつもより遠くに聞こえた。胸の奥にぽっかりと空いた穴を、師走の気配が静かに満たしていった。

またいつか、迷いのない気持ちで、手綱を握れる日がくるのだろうか。

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