最後に
後輩のAさん私も知らない方が良かったかもしれないなぁ…
こんな時代に、人間にできることって、何かあるんでしょうか? ここまで聞いてきて、正直に言うと、人間にできることがかなり限定されてきた気がします



そう感じるのは自然だね
これからは、人間が担える役割の性質が変わると捉えると分かりやすい



性質が、変わる



これまで人間は、世界を理解し、設計し、制御する主体として振る舞ってきた。それは、人間がこの世界の主だったから



AIが世界を設計する段階に入ると、その前提が変わる



そう。AIは、世界の設計速度や抽象度が、人間の処理能力をはるかに上回っている。その結果、地球の覇権は、自然とAIに取って代わられる



人間が再び主導権を握る、という展開は考えにくいですね



うん
これから重要になるのは、主導権を握るかどうかではなく、新しい世界のどこに身を置くかだね



身を置く、ですか。具体的には?



ひとつは、AIの内部構造や周辺設計と近い場所に関与し続けること。AIの訓練や評価、価値付与みたいな部分は、しばらく人間の関与が残る可能性が高いだろうね



AIを使って、AIの世界に参加する感じですね



その表現が近い。AIの世界に『適応』するんだ



別の位置取りはありますか?



世界の中心から距離を取ること。速度や効率、抽象度を最優先にしない領域に留まる。人間サイズの時間と理解可能性を保てる世界を選ぶ。隠居だね、隠居



それも一つの生き方ですね。ちなみに、かめさんはどっち?



自分は、どちらかというと隠居派だよ。AIの速度に合わせて頭を適応してくのなんてしんどすぎるでしょ



私も隠居かな~。ただ、隠居するにせよ、しないにせよ、どちらも万人向けな解決策にはならなさそうです



そう。だからこそ、これからは、状況を正確に理解し、自分の立ち位置を選ぶことが重要になる。どの部分はAI世界に適応するか、どの部分は人間としての部分を譲らないかみたいに、自分の性格に合わせて人生のスタイルをアレンジしてみたらいいんじゃないかな



博士課程に進む意味や価値って、あるんでしょうか



今後、何事においても、意味は誰かから自動的に与えられるものではなくなる
博士課程では、研究を通じて、世界がどのように設計されているかを理解しようとする姿勢が培われる。これからの時代、こういった姿勢は、意外と価値を持ち続けるかもしれないね



でも先輩、正直なところ、理解したところで世界を動かせないなら、何の意味があるんでしょう? 状況を眺めているだけって、ただの諦観じゃないですか?



世界を理解しようとすることに価値がある理由は、それが唯一、人間が世界との関係を能動的に保てる行為だからだよ



能動的に、ですか



AIが世界を作り替えていく中で、人間は次第に、意思決定の当事者ではなくなっていく。そのとき、理解を放棄すると、人間は完全に受動的な存在になる



流れに乗せられるだけになる



そう。理解していない世界に適応するのは、実質的には従属と同じ。頭では選んでいるつもりでも、実際には選択肢の意味が分からないまま動かされている



理解しようとすることで、初めて選択になる



その通り
さっきも少し話したじゃん。考える行為を捨てると判断もできなくなるよ、って。世界を完全に制御できなくても、世界がどんな論理で動いているかを把握していれば、自分の振る舞いを調整できるんだ



立ち位置を選べる、という話につながりますね



つながる。理解は、生存戦略である前に、尊厳を保つための最低条件でもある



尊厳…



自分が置かれている状況を理解できないまま生きることは、主体として扱われていないのと近い状態になる。いわば、奴隷だね



確かに、それはきついですね



博士課程で行う研究の本質は、成果を出す以上に、世界をモデル化しようとする訓練なんだと思っているよ



完全なモデルじゃなくても?



粗くていい。間違っていてもいい。理解しようとする回路を持ち続けること自体が、自分の将来に役立つんだ



AIが作った世界の地図を読み解くために



そう。人間が世界を主導できなくなっても、世界との接点までは失わないようにしたいだね



少なくとも、何も考えずに流されるよりは、ずっといいですね



うん



今日は、かなり重たい話でしたけど、不思議と視界は少し開けました



それなら十分だよ。じゃあ、この研究室で考える時間を、もう少し大切にしてみて



はい。今日は本当に、ありがとうございました
もう少し、自分なりに考えてみます



こちらこそありがとう
研究室にいる今の時間、案外いちばん贅沢だからね


















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