博士課程を修了して企業に入ると、ほぼ確実にぶつかる問題があります。会社で過ごす時間が長くなるにつれ、自分の頭が鈍っていく気がするのです。
博士課程にいた頃は、毎日、頭を極限まで使っていました。何をどう進めるかを自ら考え、今日はどこまでやるか、何をもってプロジェクトの終わりとするかまで、すべて自分の頭ひとつで判断してきたわけです。トップアスリートが脳みそまで筋肉ならば、我々博士候補生は筋肉まで脳みそだった。朝起きた瞬間から寝落ちする直前まで、ずっと研究のことを考えていた。あれはあれで異常でしたが、脳にとっては最高の筋トレでした。
ところが、会社員になると事情が変わります。入社してからは、会社が抱える課題を解決する側に回るので、何をやるかはもう決まっています。目の前に出された仕事をこなし、済んだらまた次の仕事が出てきて、それをこなして……を繰り返すのです。
しばらくすると、ふと気づくんですよね。あれ、最近なんか頭使ってないな、と。目の前に出された餌をただ食べるだけの毎日を送っているうちに、思考のキレがみるみる鈍っていく。鏡を見て「自分、バカになっちゃったなぁ」と、月に10回ぐらいは呟いているかもしれません。
この記事では、博士号を持って企業に入った自分が博士課程時代の脳出力を維持すべく実践してきたことをお話しします。博士号を取って企業に入ったけれど、このままでいいのかなとモヤモヤしている方に届けば嬉しいです。これから就活して会社に入る博士学生にも役に立つ内容になっています。
かめそれでは早速始めましょう!
可能な範囲で創意工夫する
会社が嫌になりかけている博士人材の方に、まず試してほしいことがあります。それは、与えられた仕事をどれだけ創意工夫できるかに全力を注ぐことです。
たしかに、何をやるかは決まっています。目指すべきゴールも決まっていますね。でも、どうやってゴールまでたどり着くかは、まだ決まっていません。博士人材がオリジナリティーを発揮できる領域は、実はそこにしっかり残っているのです。
考えてみてください。博士課程では、研究テーマの設定から実験手法の選定、データの解釈まで、すべてを自分の裁量でやってきましたよね。会社では、そこで使っていた力を、作業プロセスに全振りするわけです。
ゴールまでの道筋を誰よりもスマートに、面白くする方向に頭を使い始めると、毎日が少しずつ楽しくなってきます。同じ山の頂上を目指すにしても、整備された登山道をただ歩くのと、自分だけのルートを開拓しながら登るのとでは、脳の使い方がまるで違いますよね。会社では、自分が進んで楽しいと思える道を選ぶ自由が少ないながら残されています。
幸か不幸か、今は深刻な人手不足の時代。「仕事をやってさえくれるならやり方は問わないよ」という上司も少なくありません。皆さんも、上司の理解を得たうえで、自分なりのアプローチを試してみてください。
もちろん、何でもかんでも好き勝手にやっていいという話ではないので、あくまで可能な範囲で、というのがポイントです。博士課程時代に生やした自由の翼は、会社では少し畳んで飛ばなければなりません。全開で飛ぶと壁にぶつかりますし、会社のルールを破って怒られるかもしれませんので、そこだけはどうぞよろしくお願いします。
新しい企画を提案する
入社後、しばらくは与えられた仕事をこなすだけの日々が続きますが、そのうち風向きが変わってきます。真面目に仕事を重ねていると、何をやるかも決めていい立場になれるんです。昇進とか出世とかいった話ではなく、”この人なら新しい仕事を任せても大丈夫だな”と周りから信頼してもらえるようになる。
周囲からの信頼を勝ち取ると、博士課程で磨いてきた課題設定力がようやく光り始めます。与えられた仕事をきっちりこなすのが得意な人は世の中にたくさんいますが、やるべき課題そのものを自分で打ち立てるのが得意な人は、実はそこまで多くありません。多くの人は、学生時代から社会人に至るまで、与えられた課題をこなすトレーニングばかり積んできています。課題設定のトレーニングをみっちり積んできた博士人材は、この点において圧倒的なアドバンテージがあるのです。
皆さんは博士号を取ったぐらいですから、課題設定が得意なはず。そして、新しいことを考えているときって、なんだかんだ楽しくなってきませんか。新しいアイディアを思いついたときの高揚感、実は会社でも味わえるんですよ。
会社で周りからの信頼を勝ち取ったなと感じたら、新たな試みをどんどん提案してみましょう。あなたはある分野の専門家です。スペシャリストのあなたにしか提案できない斬新な企画が、きっとあるはずです。
ただし、ひとつ注意点があります。企画が真新しければ真新しいほど、「そんな前例はないから」と却下されがちです。会社はよくも悪くも前例を大事にする生き物なので。博士課程では新規性こそが正義でした。会社では、新規性が時として足を引っ張ってしまうのです。
最初のうちは、従来業務の延長線上に位置する、そこそこオリジナルな企画から提案してみるのがオススメです。いきなり宇宙に飛び立とうとするのではなく、まずは地上で助走をつけるイメージですね。小さな成功体験を積み重ねて、この人の提案は面白いし成果も出ると周りに思ってもらえれば、だんだん大きな企画も通るようになってきます。
自分は電気化学分野で博士号を取り、ある大企業の開発部署に入りました。その部署で博士は自分だけだったので、電池内の化学反応に一番詳しい人間が自分、という状況でした。同じ部署の人間に専門的な意見を述べても、相手にそれを受け入れるだけの前提知識がないことも多く、なかなかもどかしい思いをしていました。何か新しいことがしたい。でも、専門的なことを言っても伝わらない。
そこで、発想を変えました。電気化学を知らない人にでも分かるような、かつ今までにない電池制御プロジェクトを提案したのです。その際、相手の専門分野の言葉で話すよう心掛けました。自分の土俵ではなく相手の土俵に自ら乗りに行くイメージです。試行錯誤した結果、「めっちゃ面白いやん、やってみようや♪」と即採用されました。このエピソードを通じて、会社では専門性を振りかざすのではなく、専門性を翻訳して届けるほうが上手くいくのかもしれないなと思いました。
一日でも早くプロジェクトリーダーになる
博士人材が日系企業に入ると、『主担当』という役職からスタートすることが多いです。主担当は、担当者と主任の間に位置する役職。主任から業務を任せてもらい、仕事のやり方は自分で考えるポジションにあたります。
正直に言うと、主担当のままでは博士人材は輝ききれません。博士人材の最大の武器は、課題設定から問題解決まで一気通貫でできることだからです。やり方だけ自分で考えるポジションだと、その武器の半分しか使えていないことになります。伝説の剣を手に入れたのに、片手でしか振れない制約をかけられた状態です。それはもったいない。両手で思いっきり振り回してこそ、剣の真価が発揮されるというものではありませんか。
業務上の苦しみを根本的に解決するには、自分主体で働ける役職までさっさと昇進してしまうのが一番です。主担当からひとつ昇進した主任になれば、仕事を作り出す側に回れます。
主任はプロジェクトのリーダー格。主担当を束ねて仕事を回し、時にはチームや部署をもまたいでダイナミックに仕事していきます。主任になるとプロジェクトマネジメント(PM)と実務の両方をたっぷりとこなせるので、博士課程時代の脳出力に近い状態で働けるようになるでしょう。
なお、主担当から主任に昇進すると、年収が100〜200万円上がります。脳も活性化して給料も上がるのなら、やらない理由がありませんよね。おめでとうございます。
博士人材が活き活きと働くためには、入社してからなるべく早く主任に昇格するのを目指すと良いです。主担当として与えられた仕事で着実に成果を出しつつ、先ほどお話しした創意工夫や新しい提案を続けていけば、周りからの評価は自然とついてくるでしょう。
ちなみに自分は、主担当のままなぜかPMを任されている状態です。仕事の裁量は主任なみにあるのに、給料は主担当のまま。やりがいだけが先行して、お財布がまったく追いついていません。何ということでしょうか。早く主任にしてくれないかな~と思いながら、今日も元気に働いています。



















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