全身全霊で臨む
博士課程には3つの学位審査会がある。一つ目が中間報告会。二つ目が予備審査会。そして三つ目が最終審査会(通称:公聴会)。
中間報告会とは、博士課程での研究の途中経過を報告する会。よっぽど進捗に滞りがある人間を除いてほぼ全員が突破できる。所属専攻ではD2の9月に行われた。私は何の問題もなくクリア。最初から最後まで和やかな雰囲気のもと、ジョークを言って笑いをとる余裕すらあった。
予備審査会とは、博士学生を最終審査へ進めさせて良いかどうかをジャッジする会。予備審査会近辺では幾らかの落伍者が現れる。研究業績が不十分な学生はそもそも予備審査に進ませてもらえない。予備審査に進ませてもらったとしても、当日の受け答えの出来が不十分なら情け容赦なく不合格となる。予備審査に落ちた場合、博士課程を半年、ないし一年延ばすことに。二年での早期修了を狙っている私が落ちたら標準年限での修了になりかねない。
最終審査会とは、専攻内の教授陣全員で『コイツに博士号を与えて良いか』をジャッジする会。詳細は博士課程早期修了への道†13(来月号)にて解説する。
今回臨むのは予備審査会。学位審査プロセスのセミファイナルに相当する。落ちたら早期修了が叶わなくなるかもしれない。企業からの内定を取り消され、夢にまで見た広島での新生活を実現できなくなる可能性が。本気で臨まなければならない。攻めて攻めて攻めまくって、審査員から最終審査へのGOサインを出させてみせる。
予備審査会前は、大学入学以来、最もよく頑張った。プレゼン準備を余念なく行い、4W1H無限掘削法1で万全の質疑応答対策を施した。ヒトは人生が懸かっているとき本気になれる。受験でもそう。国家試験でもそう。疲れを感じず、時間が経ちゆくのさえ忘れ、目の前のPC画面を見つめて作業に没入できた。作業中だけは悩みや不安から解き放たれる。勉強が精神の安定剤だった浪人時代と一緒だなぁと苦笑い。
華麗なる裏切りと理不尽
12月13日。予備審査会は大安の13時から始まった。審査員は全員で4名。主査は指導教員。副査には、研究室のボス(ボスA)、同専攻の別研究室のボス(ボスB)、そして国研から日帰り弾丸出張ツアーでお越しになった共同研究者さんの計3名。
予備審査会での発表時間は40分。中間報告会ので話したプレゼン時間のちょうど2倍。審査会2週間前に行った発表練習では終盤に喉が枯れてガラガラになった。下宿と広島のサッカースタジアムで行った特殊な訓練で喉を徹底強化。おかげで本番は最後まで声を枯らさずに済んだ。何故か全く緊張せず、発話速度が普段の0.9倍速となり、予定発表時間を4分超過してのフィニッシュに。
質疑応答時間は予定では20分。あと20分耐えれば審査が終わる、はず。
最初の質問者はボスAだった。プレゼンの講評は好評(*駄洒落を言ったつもりはない)。修正点をいくつか指摘されたが、全体としては「よくまとまっている」印象だったそう。過去にゼミで何度か聞かれたような質問をいくつかされる。既に返答案は検討済み。身振り手振りを交えて返事した。どうにかご理解いただけたようで安心した。
ボスAの対応で既に10分消化。あと10分耐えれば終わるはず、、、だった。
ここからが本当に長かった。ボスBへの対応で45分も費やされた。ボスBは開口一番、フルスロットルで爆詰めしてきた。「予備審査会前に博士論文を私の所へ持ってこないってどういうことですか?!何を考えているんですか?!」と。冷や汗の滝で砕け散るかと思った。おでこや首筋、脇など、汗腺の開いている全部位から汗が噴き出してきた。
おいおいおいおい、指導教員よ。ずいぶんと話が違うじゃないか。あなた、「D論は予備審査会当日に会場へ持って行けばいいよ」って笑顔で仰ったよね。
本当かなと思って何度か聞き返した。そのたびにいつも「当日持って行けば大丈夫だから👍」とお返しになった。あなたは今朝、私からD論を受け取った。その際、「どうして前日までに持って行かなかったの?」と尋ねてこなかった。”D論を当日持参すればいい”と言われ、あまりに自信満々に言うものだから信じ切った。それで本番になったらこの体たらく。何なんだこれ。理不尽過ぎるだろ。不覚にも鼻で笑ってしまいそうに。自分のすぐ目の前で人知を超越した怪奇現象が起こって思考停止に陥った。
ねぇねぇ、先生。何とか言って。あなたのすぐ近くであなたのせいで配属学生が爆詰めされているんだよ。少しはかばってよ。「”僕が当日持って行ったらいいよ”と言ったんです」って。あるいは、先生の頭の中では「前日までに持って行っておいてね」と言ったことになっているのかな。最近、先生は毎日のように出張へ行っている。忙しすぎて記憶が勝手に改変されてしまっているのも分からなくはない。いや、ひょっとして私の不手際だったかな。実は先生に「前日までに持って行っておいてね」と言われたのに、私の脳内で都合よく記憶が改変された可能性もある。
爆詰めが始まって1分ほど経った。そろそろ耐え切られなくなって指導教員の方を眺めた。”先生、ちょっと何とかしてくれよ”と助け舟を求める作戦。先生のことだ、きっと形だけでも私の過失をかばってくれるだろう。何を思ったか、指導教員は、私が目線を向けるたびにサッと顔を背けた。目線が合いそうになるたびに顔を手で覆い隠して右へ背けた。爆詰めの原因を作ったのは【先生】だと確信。私の記憶違いではない。指導教員の伝達ミスが招いた惨劇だ。先生も罪悪感がなければ顔ごと隠さないだろう。私に対するあまりの申し訳なさで顔を正視できなくなったのだ。
指導教員からの助けは目論めない。自分ひとりでこの状況を打開するしかない。責任を指導教員へなすりつける選択肢はあった。「あの人に”当日持って行けばいいよ”と言われたから」と。自分は新渡戸稲造から武士道精神を継承した模範的北大生。過失を誰かのせいにはしたくない。今回のケースでは100対0で相手が悪い。それでも「ごめんなさい」と謝った方が得策な場面がある。将来のかかった予備審査会ならなおさらだ。ヘタに審査員からの心証を悪くすれば落第する可能性も。理不尽にブチぎれ返したい気持ちをグッと堪えて謝った。深々と深謝。ボスBは許してくれた。なぜか指導教員が頷いていた。あのなぁ、あなたのせいでこうなったんやぞ。
ボスBからの指摘は厳しかった。説明をあえて曖昧にごまかした箇所を的確に突かれてしどろもどろに。やはり、大学教員ってすごいんだな。ボスBと私との専門分野は異なる。本質的な部分を理解すれば、何年もかけて研究してきた私以上のパフォーマンスでもって弱点をあぶり出してくる。”審査員から学位をもぎ取ってやるぞ”と鼻息を荒くして臨んだ。攻勢どころか防戦一方。厳しい指摘に対して何とか返答を絞り出し、40分ほど耐え続けた所でボスBは引き下がってくれた。
最後に国研の共同研究者さんから何点か指摘が。何かと構えて聞いてみると、プレゼンのデザインや内容に関する指導だった。既に体力がもう尽きかけていた所。イージーに乗り越えられる質問がきてホッとした。
予備審査会は計100分でフィニッシュ。発表時間が40分。質疑応答時間が予定の20分を40分超過して60分かかった。
ファイナルへの進出権をゲット
審査会終了後、指導教員の元へ向かった。理不尽に爆詰めされたことに対する謝罪と賠償を求めるために。審査終了後に何が起こったのか、指導教員はゲホゲホ酷く風邪をひいていた。顔色はいつも通り。構内のコンビニで買ったであろう 龍角散のど飴 を一生懸命舐めていた。武士道精神の持ち主として、弱い者いじめをしたくはない。体調の悪い人間に向かって爆詰めするほど狭量な人間じゃない。私の代わりに神様から罰が下されたのだろう。配属学生をかばわなかったから神罰が下されたのだ。爆詰めは早期修了成功後のお楽しみに取っておく。研究室配属時に自分の希望したテーマをあてがってもらえなかった恨みと併せ、最後の飲み会で相手が泣いて謝るまで何から何まで全部ぶちまけてやる。
予期せぬアクシデントに見舞われながらも予備審査会を突破した。学位審査の最終ステージ『公聴会』へ進む権利を得たわけだ。ファイナルラウンドは1月31日。予備審査会からの一か月半でのタスクはスライド修正ぐらいしか無い。今までになく平穏に過ごせそうな期間。もうすぐだ。あとほんの少しで大学院生活が終わる。頑張れ、自分。最後まで気を緩めることなく全速力で走り抜けよ。
次回号(博士課程早期修了†13)は、1月31日公聴会終了直後に公開します
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