22日:過去との決別。八年の時を超えて
京都へ学会出張に行くと決まったとき、京都で必ずやろうと決めていたことが一つだけある。京大へ行く。吉田キャンパスへと足を運び、百周年時計台記念館を見ながらこの八年間を振り返りたかった。
2016年3月9日の12時。土砂降りの広島で現役時代の合格発表を迎えた。受験したのは京大農学部。8月の京大実戦ではB判定、11月の京大実戦ではA判定。正直、落ちるわけがないと思っていた。本番では数学で思い切りやらかしてしまったけれども、他の科目で十分挽回できる範囲のミスだと考えていた。ところが、落ちた。受験番号が掲示板へ載っていなかった。最低点との差は6点だった。あまりのショックに言葉を失った。
浪人時代も当初は京大志望。夏の京大オープンで農学部A判定&冊子掲載。喜び過ぎたのがいけなかったのか、ピンと張っていた緊張の糸が切れてしまった。どれだけ勉強したくても出来ない。泣く泣く京大を諦め、半年間ほとんど勉強せずとも受かりそうな北大まで志望校レベルを下げた。北大にはトップと6点差で次席合格。北大入学後、京大に対する想いが再燃してずっと苦しんでいた。仮面浪人まで試みた。仮面浪人すら完遂できず、”自分は本当に何もできないダメ人間なんだな”とプライドがズタズタになった。
京大コンプレックスが和らいだのはM2のころ。この記事で散々ネタに使っている日本学術振興会特別研究員DC1 (学振DC1) へ内定したのがキッカケ。
学振DC1の採択率は20%以下。私の申請した化学系分野では16%ぐらいだった。狭くて険しい関門を突破して特別研究員になれた。同じカテゴリーで申請したであろう京大生も何人か蹴落とした。勉強では負けたけれども研究では勝った。清々しかった。ずっと後塵を拝し続けていたアイツらに勝てて。翌月にはインパクトファクター24の超一流国際誌へ論文がアクセプト。これほどのビッグジャーナルには京大のグループですらなかなかアクセプトされない。またまたアイツらの先を越してやった。悔しいか?悔しかったら追い越してみろ。絶対に負けないからな。追い付かれてもすぐにまたぶち抜いてやる。
D1後期にはイギリス留学する。オックスフォード大学へ私費で向かった。留学自体はあまり上手くいかなかった。訪問先の研究室では実験装置が軒並みぶっ壊れていて実験ひとつ行えなかった。けれども、オックスフォードまで行けたのは自信になった。世界最高のアカデミックな雰囲気を体感でき、鳥肌の立つような素晴らしい日々を味わわせてもらった。世界ランクトップ5常連のオックスフォードから見れば、トップ50圏外の京大など敵ではない。自分が今までどうして京大なんかに執着していたのか分からなくなった。
けれども、可能ならば京大へ行きたかった。あのとき数学で失敗していなければ、京大へ合格していれば、きっと今のモノトーンな生活が霞んで見えなくなるほどの極彩色な人生だったはず。
京大馬術部に入って乗馬を続けたかった。吉田寮に入ってあの摩訶不思議な世界を味わいたかった。バイト先で他大学の彼女を作り、鴨川デルタで並んでイチャイチャしたかった。機動隊の警備が甘くなったスキを窺い、熊野寮の学生と一緒に百周年時計台へよじ登りたかった。落ちたせいで全ておじゃんになった。思い描いていた夢がただの空想に終わってしまった。
北大での日々を彩ろうと自分なりに努力はした。周囲に溶け込もうと、部活やサークルに入って日々を充実させようと試みた。その矢先、持病『ミソフォニア』が急激に悪化する。人の放つ特定の音を聴いた瞬間に息ができなくなるほどの苦しさが生じるように。もともと受験生時代からこの症状があった。高三と一浪の二年に及ぶ受験でのストレスが加速度的に症状を酷くさせた。結局、北大生活八年間で友達は一人もできなかった。京大生の自分が放てたであろう以上の輝きは結局放てずじまいに。これも自分の宿命なのだろうか。ありとあらゆるライフイベントを乗り越える際に持病とも戦わねばならない運命か。
京大では今日から大学祭が行われるらしい。大学内が一年で最も賑わう三日間。屋台を出している京大生がみな輝いて見えた。お祭りの醸し出す雰囲気を全身で味わっている。自分のものだったはずの幸せを目の前で味わっている京大生たちが羨ましくてたまらない。自分も本当はあちら側の人間として11月祭を楽しみたかった。京大のD3として、後輩らから勧誘されるがままに食べ物を買ってぼったくられたかった。後輩の打ち上げにお金が回るなら喜んでお金を差し出してあげたよ。悲しくて屋台で何も買えなかった。いいなぁ、楽しそうで。こっちは八年間、ちっとも楽しくなかったというのに。
あんなに楽しそうな様子を見せられてはお手上げ。一方では祭りを冷静に見つめる自分もいた。
北大に入って持病が悪化し、”普通”の幸せとやらを享受できなくなった。部活やサークルへ入るのは無理。普段の授業を受けるのでさえ苦しい。バイトだって種類を選ばねば行えない。ひょっとしたら音のせいで彼女だって作れないかもしれない。窮地に追い込まれた自分は幸せを再定義し始めた。”普通”の幸せではなく、自分なりの幸せを見つけようと決意。己の価値観へ深く深く問いかけた。「お前は何をやりたいんだ?」「何が好きで、何が快楽なんだ?」と。他の学生が部活やバイトで忙しくしている間、一人でひたすら内面を掘り下げ、内面世界を奥深くまで探究。いくら考えても結論は出なかった。けれども、内省時間を重ねるにつれ、いつの間にか自分が無意識に幸せになれる方へと進んでいっているのに気が付いた。
「幸せとは○○だ」と具体的な言葉で表すのは無理。幸せとは何か?と問われた際、両手を腰に当てて胸を張って「今のこの状態だよ」と言うことならできる。自分は少しずつ、確実に幸せになっていっている。あるいは、幸せを感じられる方法を会得しつつある。18歳の頃よりも20歳の頃の方が幸せ。その頃よりも25歳の方が、いや27歳目前のいまの方が幸せ。普通の幸せを求める人から見れば、きっと私はものすごく不幸に見えるだろう。恋人はいない。研究で苦しい。おまけにいつも持病で苦しんでいる。それでも自分は幸せだ。メディアや世間が押し付けてくるステレオタイプな幸せ像を諦め、全くのゼロから幸せを定義し直し、学生生活の最後になってようやくほんの少しだけ楽になれた。
京大に落ちて北大へ行く羽目になり、死にたくなるほど持病が悪化したおかげで幸せになれた。京大へ受かっていれば気持ちが満ち足りてしまい、「幸せとは何か」など考えなかっただろう。むしろ、哲学に耽る人間をあざけ笑う残念な人間になっていた可能性も。薄っぺらい高学歴人間として就職し、プライドの高さが邪魔をして誰かに頭を下げられず、社会に対する不満をブツブツ漏らす産業廃棄物になっていただろう。それに、何だかんだ言っても北大が好きだ。あれほど豊かな四季がすぐ隣にあるキャンパスも世界にそう多くはない。北大なら誰にでも胸を張って「ココが自分のキャンパスだよ」と自慢できる。札幌キャンパスはオックスフォード大学よりも魅力的だ。
京大さん、八年前に自分を落としてくれてありがとう。強がりではなく本心から言える。自分らしく生きるキッカケを与えてくれて本当にありがとう。自分には北大の方が合っていたのだと思う。北大で過ごしたおかげで自分の内面をじっくりと見つめられた。来世はきっと京大に行く。現世は北大生としての誇りを持って生きる。自分の使命は、北大を京大と同じぐらい魅力的な存在へと高めること。京大生の側から「北大、いいなぁ」と羨望の眼差しを向けられるハイブランド大学にしてみせる。ふざけた文章しか書けないけれども、自分のサイトが北大の魅力向上に繋がればいいなと思って記している。京大への未練タラタラだった自分を受け入れ、幸せにしてくれた北大へ文筆で恩返ししたい。
八年の時を経て漆黒の過去と決別した。めちゃくちゃスッキリした。やっと大学受験を卒業できた。今後、京大を眺めても憎悪の気持ちは引き立てられないだろう。自分を自分の本来居るべき場所へと導いてくれた恩師として見つめられる。長かったな。八年もかかってしまったのか。もっと早く、簡単に割り切られたら良かったのだけれども、不器用な自分にはそう簡単に解決できない問題だった。
京大西側の下鴨神社に参拝。下鴨神社は縁結びと勝利の神様だ。京大や北大とのご縁に感謝。明日の福知山マラソンでの好走を祈念。さすがにここまでは観光客の波が押し寄せていなかった。静かな境内でこの八年間を振り返りつつ、大学受験を卒業できた嬉しさに表情を崩してニコニコしながら歩いた。
最後に一昨日行けなかった晴明神社へ参拝。下鴨神社を出た直後、晴明神社の方から呼ばれた気がし、随分と遠かったけれども歩いて向かった。五芒星の光るミステリアスな神社から魔力と生命力をたっぷり授かった。今の自分に敵は無い。もはや何だってできる気がする。膨大なパワーを何に向けるかは自分次第。叶えたい夢があればそれに使い、人の為に使うと決めれば出し惜しみせず、ありったけの力を吐き尽してやる。
夕食は大津駅前のちゃんぽん屋さん「ちゃんぽん亭」で。道外滞在中にせめて一度ぐらいは自腹で外食しなきゃ思い出が残らない。一番人気の肉スペシャルを注文。麺は大盛。他のトッピングは無し。着丼してから追加注文を考える作戦。10分ぐらい待っていると、意外に大きな丼へ入ったアツアツのちゃんぽんが運ばれてきた。コレならちゃんぽんだけでお腹いっぱいになりそう。ひと口ずつじっくりと噛みしめて味わおう。
スープはしょうゆベースでとんこつ風味のあっさりとしたもの。レンゲで無限にすくって飲めそうなほど美味い。麺は細麺。博多ラーメンと同じような感じ。口の中へチュルっと滑らかに入っていくし、おまけにしっかりと食べ応えもある。キャベツともやしの野菜も最高だ。黄色い看板が目印のラーメン屋さんと違い、こっちの野菜にはちゃんと「野菜」が入っている。豚バラ肉もスーパーだった。麺や野菜と合わせて食べたらもっと美味い。卓上にはお酢やコショウ、しょうゆなど、味変更アイテムが置いてあった。一応全て試してみたけれども、結局のところ、何もいじらずそのままの状態で食べるのが一番美味しかった。
23日:力負け。福知山マラソン、2時間42分14秒
体調も気候コンディションも完璧。言い訳のできない理想的な環境のもと、2時間40分切り(サブ40)を目指して本気で走った。
ハーフまでは完璧だった。中間点を1時間20分04秒で通過してガッツポーズ。だが、25km過ぎから失速し始める。脚がどんどん重くなってきて、ペースを戻したくても戻せない悔しさを味わう。35kmでは両脚に痙攣のサインが。耐えろ、耐えろ、と自身に言い聞かせて何とか最後まで走り抜いた。フィニッシュタイムは2時間42分14秒 (3’51”/km ave)。サブ40には2分以上及ばなかった。
一年かけて目指してきた目標にあと一歩及ばず本当に悔しい。練習不足だった。サブ40するだけの力がなく、まだまだ鍛錬が足らなかった。目標に届かないと分かったのはラスト5km。天を仰いで無念を味わった。しかし、最後まで戦いを投げ出さず、歯を食いしばって可能な限り速く走り続けるのを選んだ。一秒でもサブ40へ肉薄しようともがいたレース当日の自分を褒めてあげたい。このレースは広島での来シーズンに必ず繋がる。サブ40できずに湧いてきた強烈な悔しさを胸に秘めてこれからも頑張っていこう。
28日:博士論文用ファイルを買いに大通へ
これから二つの学位審査会へ臨むにあたって、D論を全ページ印刷して持って行かねばならぬらしい。SDGsやデジタル化を謳う昨今の情勢とは真逆のエコロジカルな方針。わざわざ紙に刷るメリットとは何なのだろう。頑張った感が出る?だったら最終提出版の印刷だけでよくないか?大学人の考えるシステムはあまりに深淵すぎて分からない。私のような凡人には一生辿り着けぬ高みに立って諸々の方針を決定するお偉方がいらっしゃるのだろう。黙って従うに越したことはない。どうせ大学のコピー機を使えばタダで印刷できるのだし。
私のD論仮製本版は合計202ページ。両面印刷でもD論一部で101枚も紙を使う。予備審査は主査一名&副査三名。事務部へ提出する仮製本を合わせれば五部・505枚。公聴会は主査・副査合わせて10名以上の参加が予定されている。公聴会へ印刷して持って行く紙の量が1000枚を超える笑。印刷したものの大半はその場限りでしか使われない。公聴会が終わった瞬間にゴミ箱行き。1000枚もの紙が1時間足らずで無駄に。あまりに紙がもったいなさすぎる。来年度以降、後輩のD論審査を行う際、ぜひ電子データ版のD論で審査してあげて欲しい。それにしても、一気に1010枚も印刷したらプリンターがぶっ壊れる。何日間かに分けて印刷して機械の負担を分散しながら刷っていきたい所。そもそも、一度に装填できるコピー用紙は500枚まで。装填を2回やってもまだ足らない。自分のD論執筆の頑張りを褒めるべきか、それとも頑張りすぎを恨むべきか。D論を印刷することになっているのも、200枚を超えるD論を出してくる連中を想定していないがためだろう。こんなに狂った枚数のD論を出すヤツが現れたら来年度から規定が変わるはず。
学位審査の厄介な所は、印刷したD論を穴開きファイルに閉じて持って行かねばならぬ点。D論のページ一つずつへパンチで穴を開ける必要がある。一気に101枚も穴をあけてくれるパンチなどない。10枚か15枚ずつ細切れに穴をあけて綴じて、また穴をあけては綴じていく。D論ひとつ綴じきるだけでもひと苦労。予備審査ではコレを5つ、公聴会では10個以上も作るのかと思ったら吐き気がする。
仮製本を綴じるファイルの購入のため、工学部の北大生協へ進軍した。奥の方へ所望の品を発見。値札を見ると一個103円。ついつい「高っ!」と本音がこぼれた。さすがに100円を超えるのはおかしい。生協お馴染みのぼったくり価格だろう。なんせ、近くのセブンイレブンが108円で売っている2L天然水が生協では118円もするのだから笑。コンビニよりもコンビニエントではない生協(土日に閉まるし)をそそくさと後にして大通へ。お目当ての文房具屋さんではファイルを10個セットでまとめ売り。そのお値段、10個で852円。単価は85円。生協よりも2割近く安い。10個入りセットを2つ買った。頑張って大通まで足を運んだおかげで大変素晴らしい買い物ができた。大満足だ。ちなみに、この紙ファイル購入は自腹。印刷させておいて、おまけに自腹でファイルを買わせるだなんて随分な痛めつけようじゃないか。
とりあえず仮製本を一部作った。指導教員に渡し、コメントと今後の対応を伺うことにする。
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