博士課程早期修了への道†最終回 ファイナルラウンド・公聴会

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自らを突き動かしてきたものとは

2017年4月に北大へ入学した。以来、2025年1月末まで、札幌で79か月、筑波で11か月、イギリスで4か月間過ごしてきた。

自分を取り巻く環境は激変した。八年前と今の自分とはまるで別人のよう。小学生のころは「デブ」と虐められていた。そんな自分が全くのゼロからランニングを始め、フルマラソンを2時間42分で走れるようになった。小中学校で書かされた読書感想文では万年最低評価。いまや年間100冊以上もの本を読む活字中毒になった。昔は文章を書くのなんて大嫌いだった。書こうと思っても満足に文章を記せなかった。そんな私が文字のアウトプットに没頭し、今では月間3万PVの当サイトを切り盛りしている。

北大に入って以来、周りの人からよくかけられていた言葉がある。「どうしてそんなにいつまでも頑張れるの?」と。D1後期に就活したとき、ちょっとした自己分析をやってみた。その際、自らを突き動かすものを『反骨心』と結論付けた。

学校で体型をからかわれたのが悔しかった。痩せるために筋トレしたり走り込んだりした。努力が実ってスリム体型になった。お腹には贅肉の欠片も残っていない。体型をデブな親由来のものと片付けていた過去の自分に『恥知らず』と伝えたい。親は親。自分は自分。体型ぐらい、努力次第でどうとでも変えられる。

言葉のアウトプットが絶望的に下手だった。考えていることを文字に起こせぬばかりか、日常会話にすら支障をきたすほど喋るのが苦手だった。若干ながら吃音の症状があった。人とのコミュニケーションに難を抱えていた。研究室配属時、指導教員へうまく希望テーマを伝えられなかった。伝えたつもりだったけれども伝わっていなかった。そのせいで、自分がやりたかったテーマが同期に渡されてしまった。自分の方が同期よりも平均GPAが0.6も高かったのに。

言葉を扱えなければ文字通り「お話にならない」。言語化能力向上の必要性を痛感した。”もう二度とこんな辛い思いをしてなるものか”と反骨心をたぎらせて言葉のアウトプットへ注力し始めた。

ブログ記事の執筆では思考をアウトプットする訓練を積み重ねた。言葉で思考の表現を試みる。どれだけヘタクソでもいいから毎日続けた。それと同時並行で、手持ちの岩波文庫の書籍を開いて音読し、文章インプット訓練をも進めた。おかげでM1の真ん中あたりから言葉をスラスラ話せるようになった。これらの訓練を積むのがあと二年早ければと悔やんだ。もっと早くから取り組んでいれば所望の研究テーマを手に入れられたはずだ。

M1の3月に全国学会で講演賞を取れた。質疑応答には特に支障をきたさなくなった。ブログ運営を始めて六年が経つ。言語運用力が飛躍的に向上したいま、人間相手の意思疎通にトラブルはない。自分の考えをほとんど思い通りに言語化できる。普通の人からすれば些細なことかもしれない。しかし、長年吃音で苦しんでいた自分にはそれが楽しくてたまらない。昔と比べて人と話すのが格段に楽しくなった。博士課程進学以降、人生で初めて「誰かと話すのって面白いんだな」と思えた。

ついこの間まで、自分の芯を貫くものは『反骨心』だと思っていた。リバウンドメンタリティーを燃え上がらせて、息つく間もなく限界まで突っ走ってきたのだと。

公聴会の発表一時間前。何か違うのではないかと思い始めた。

自分の原動力は反骨心ではない。反骨心だけで片づけられぬほど狂ったペースで走ってきた。己を突き動かすものは別のものなのではないか。反骨心よりもっと高次で、より心の深層に迫る動機があるだろう。何なのだろう。どう表現すればいいのかな。うまく言語化する術を探り当てられぬまま公聴会本番を迎えた。

ファイナルラウンド・公聴会

今日で何もかもがおしまい。明日からは晴れて自由の身となる。4月からは働くだけでお金をもらえる楽園のような日々。昇給もある。ボーナスもある。借り上げ社宅制度でアパートに安く住める。特別研究員時代の終幕までもうあと少し。長い長い学生生活に自らの手で黒々と終止符を打つ。

絶対に一発で終わらせてみせる。二度目はない。一度で終わらせる。毎日の音読で培われた発話能力と、サイト運営で養われた屁理屈製造能力とを融合させる。そうすれば何も怖いものはない。本番を恐れなくとも済むだけの努力を積み重ねてきた自負がある。

最後ぐらいは楽しくいこう。笑顔までは無理でも怖い顔は浮かべない。あと一時間後に訪れる解放感を前借りする。フィニッシュが一分、また一分と近付いてくる喜びを味わいながら発表したい。早口だけには気をつけよう。ゆっくり喋る。質疑応答時間を5分ぐらい削るスローペースで話していこう。

公聴会の発表時間は40分。予定されていた質疑応答時間は20分程度。

発表はすこぶる順調に進んだ。練習通りに落ち着いて淡々と喋っていけた。少々落ち着きすぎだったぐらいかも。緊張はしない。プレゼンを終えたら「自由」が待っている。楽園のような日々を思い描けばプレッシャーは遥か彼方へと吹き飛んでいく。口頭発表時間は42分14秒。あっという間に過ぎ去っていった。

質疑応答では大半の質問へ楽に答えられた。わが質問対策網にまんまと捕獲され、スムーズに返事をこしらえられた。「なんだ、楽勝じゃないか」と余裕しゃくしゃく。このまま穏便に終わるかと思われた。そうは問屋が卸さないらしい。

一人の審査員が盲点から質問を飛ばしてきた。全く考えたこともない角度からの質問だ。相手がちょっと何を言っているのか分からない。二回聞き返したがまだよく分からない。自分の得意な分野へ無理やり引きずり込もうと試みた。ダメだ。相手が強くてビクともしない。自分の誘導作戦が通用しない。手も足も出せぬまま未回答で質疑を終えた。

ディスカッションタイムは23分ほど。大炎上した予備審査会の1/3以下のタイムで乗り越えられた。終えたらスカッとするかなと思っていた。奇声を上げ、大雪の中を全速力で走り回ろうかと思っていた。どうもあまりスッキリとしない。質問へ答え切られなかったせいだろうか。「合格です」と言われるまでモヤモヤするわ。なんだか複雑な終え方をしてしまった。

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