【修士課程】博士進学するか否かに関してM1時代に考えたこと

北大博士課程を早期修了した化学系大学院生かめ(D2)です。来年度から地元の民間企業で技術開発職に従事します。

博士進学が人生の岐路であるのは間違いありません。進学するかしないかで二十代半ばの過ごし方が大きく変わってきます。大半の方は修士進学を選ぶでしょう。D進を選ぶのは多くても一割。少数派の道へ足を踏み入れるのは勇気が必要かもしれません。

半日前、博士進学するかしないかでお悩み中の方向けに、D進を考える際の判断基準を記事にてご提示しました↓

  • 研究が好きか?
  • 自身がロールモデルになる覚悟はあるか?
  • スペシャリストとして生きたいか?

このリストはあくまでも目安。すべてクリアしていなければD進してはダメと言うものではありません。3つともクリアしているのが理想的。ふたつでもOK。たったひとつしか満たしていなくても、ご自身がD進したければした方が幸せになれるでしょう。

この記事では、上記リスト「博士進学するか否かの判断基準」を見てM1時代の自分が考えたことを記しました。博士課程に興味がある方、D進を迷っている方、D進に踏み出す勇気が欲しい方にピッタリな内容です。ぜひ最後までご覧ください。

それでは早速始めましょう!

研究が好きか:好き。できれば研究者になりたい

昔から自分は職人気質。何か一つのことを徹底的にやり抜く、やり抜かねば気が済まない性格でした。

中学・高校時代は課外活動で馬術競技をしていました。山奥にある乗馬施設に行って馬に乗っていたのです。学期期間中は毎週土日に、長期休暇中は乗馬クラブ休業日を除いて毎日練習。打ち込む行為自体が快感。やればやるほど乗馬の技術が高まっていくのも面白かったのかもしれません。

大学時代は一人でランニング。毎朝5時ごろ起床し、大学構内や山麓を1~2時間ほど走っていました。こちらも乗馬と似たような感じ。やればやるほど走力が高まっていくのが面白かったのです。部活にもサークルにも入らず、雨でも雪の日でも練習へ出かけます。走るのが苦ではありません。どころか、練習しないと体がなまって気持ち悪くなるぐらい。

乗馬とランニング。両課外活動の共通点を探しました。
どちらも『究める』を目指していたようです。馬術の腕を磨く。少しでも馬を自在に操れるように。体を鍛える。マラソン自己ベストを更新するために。このように、私は研究室配属以前から研究活動をしていました。自分の身体を実験試料とし、練習を通じて試行錯誤して能力を研究開発していっていたわけです。意図的に『究める』をしていたわけではありません。気付いたらそうなっていた。乗馬でも、ランニングでも、知らず知らずのうちに研究志向になっていました。

博士課程は研究者養成機関。研究を生業にしたい人間が進む所なのです。博士課程へ行くには研究好きなのが前提。研究が嫌いなら行く必要がありません。行っても不幸せになるだけでしょう。幸か不幸か、私は配属前から研究気質。研究が好き。研究していると幸せ。できれば研究者になりたい。博士課程へ進学する判断基準の第一番目をクリアしました。

ロールモデルになる覚悟があるか:ある。異質な人生を是としてきた。問題ない

世の中には二種類の人がいます。人と同じことをしていたい人と、人とは違うことをせずにはいられない人が。

私は後者側。昔から『異質であること』を是としてきました。数学では模範解答とは違う解き方で解く。体育で”右向け右っ!”と指示されたら、自分ひとりだけ左を向く(そして怒られる)。大学で部活やサークルに入るのが当たり前なら、自分はあえて入らず一人で過ごしてみる。三年かけて博士課程を修了するのが一般的。そこを一年飛び級して二年間で修了する。

学校では周りからよく変人扱いされました。親からも「お前、変わっているね」と何度も言われた記憶が。いいんですよ。変人で結構。こけこっこー。他人と一緒だなんてつまらないです。自分でなくとも紡げる物語など、わざわざ貴重な時間を費やしてまで歩みたくありません。

人生は一度きり。なら異質な人生をデザインしたい。自分の足跡をこの世界の中へ深々と刻み込みたい。大多数と一緒の振る舞いをしていてはダメでしょう。ことあるごとに群衆の進む方向と逆張りする ひねくれスピリット が求められます。勇気を振り絞って少数派として生きる。運命の分岐点における積み重ねが自身をオリジナルな到達点へ誘ってくれると信じて。

ロールモデルになる覚悟はあるか? 私の答えは「ある」でした。

当時、所属元研究室には、私のD進以前にD進者が一人もいませんでした。研究室開設から十年、博士号授与者が一人も現れていない奇妙なラボ。この研究室には何かしらの問題がある。それが何かは分からない。少なくとも、博士進学や学位取得を阻む致命的な欠点を抱えているのは間違いない…

普通の人なら博士進学へ二の足を踏んで引き返すでしょう。そりゃそうです。ラボ開設から十年も経って博士人材輩出数ゼロ名だなんておかしいもの。あまりに不気味。進学するには不適当な環境。進学先に他のラボを探してもおかしくありません。

そんななか、私が選んだのはD進。普通の人が躊躇する道を突き進む人生を是としてきました。誰も学位を取ったことがないなら力づくで学位を取る。博士課程は三年かかるんだって? だったら二年で取ってやるよ。宣言通りに博士号を二年で取りました。

自分がD進して以来、研究室の後輩が続々とD進してきました。一つ下の代ともう一つ下の代にそれぞれ二名のD進者が居るのです。いまB4の子もひとりD進を考えているよう。B4からD進希望って、何か狂って凄いですよね。自分が博士課程への重い扉をこじ開けた自負があります。自身がヒーヒー言いつつも頑張る姿が彼らを勇気づけたのかも。いずれにせよ、私は彼らのロールモデルになれたのかもしれません。もしそうだとすればこの上もない幸せです。

スペシャリストとして生きたいか:生きたい。何かしらの強みを持って生きたい

物事を極めていくのが好き。大衆とは違う人生を歩みたい。この二つを突き詰めていけば「スペシャリスト」になるでしょう。何かの専門家として生きるキャリアを志向する人材に。もともと私が希望していたのは「その道○○年のプロ」のような人生。たった一つの対象へ人生を捧げる職人のような人生を歩みたかったのです。

しかし、乗馬ではそれが叶いませんでした。いわゆる”才能の壁”に直面したのです。上には上がいる。どれだけ努力しても実力では到底敵わなさそうな人間がいる。自分が力で劣っていると自覚しながら乗馬業界へ留まるのは無理。乗馬のプロになる夢を諦めて大学へ進学しました。

マラソンのプロになるのはもっと無理。いかんせん、足が遅すぎます。箱根駅伝を走る選手のスピードでは500mしか走られません。プロなど夢のまた夢。いや、夢さえ見ない。あまりに現実離れしていて夢を見る資格すらないように思えました。

そこで考えたのが「研究のスペシャリスト」。ある研究課題の解明へ一生涯を懸けて挑む研究者を志向しました。

もちろん、研究者にだって上には上がいます。海外に目を向ければ、毎年NatureやScienceに複数報の論文を掲載している研究者がいるのです。
研究者の良い所は、研究者になってしまえば誰とも競わなくて済む所。自分の掲げた研究課題の解決へ全精力を注げるのです。研究者になれば、ニッチな分野を開拓し、世界で自分だけしか知らない領域を作れます。当該領域の知見を有しているのは70億人中ひとりだけ。何かの間違いでその知見が必要になったとき、世界中から「ちょっと来てくれ」と求められる人材になれるでしょう。コレはとんでもない強みじゃないかと感じたのです。

今後、世界はますます不安定になるでしょう。流行りの技術がたちまち陳腐化して新技術に取って代わられます。自分のアイデンティティーを見失いやすい社会。何かひとつでも「これだけは自分が世界一知っているぞ」というものを持っていたら幸せではないかと感じました。自身の知見が世の中へ役立つかどうかは関係ありません。『強みを持っている』ということ自体が大事。強みは自身のアイデンティティー。どの業界でどの業態として従事するにせよ心の支えとなるに違いありません。

博士課程へ行けば、ある一つの研究対象に三年間を捧げられます。研究対象について世界一詳しい人材になれるわけです。そう、博士課程へ行けばスペシャリストになれる。つまり、幸せの源泉を掘り当てられる。D進が自身の幸せと結びついている以上、D進しない理由が見当たりませんでした

最後に

「博士進学するか否かの判断基準」を前にM1時代に考えたことを記しました。

判断基準について詳しく解説した記事を以下にリンクで添付します。こちらの記事もセットでご覧ください。

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