広島で一番の年齢不詳美魔女

神からの啓示を受け、8月下旬から乗馬クラブへ通い始めた。小四から高三まで9年間通っていた場所へ、Uターン就職を機にまた足を運ぶようになった。
乗馬は楽しい。馬を我が手足として、縦横無尽に馬場を駆け回れる。自分では飛べないような高い障害物も、馬にまたがればひょひょいのひょい。身体能力が拡張したような錯覚にとらわれる。パワーは室伏広治のごとく、スピードとタックルのキレは吉田沙保里のごとし。
高三の秋以来、九年ぶりに馬の背に跨った。九年ぶりだから勘が相当なまっているかと思っていたものの、案外うまく乗りこなせている。一部の技術は昔より上達していた。北大では乗馬以外のスポーツ(ランニング)に手を出した。陸上競技で培われたスキルが、乗馬に転用されているのかもしれない。
高校生まではセンスだけで乗っていた。うまくいってもうまくいかなくても、特に考えることなく乗っていた。大人になって乗馬を再開したいまは、”こうやったらこうなるはず。だからああする”と理詰めで乗っている。障害物を飛ぶ直前は、いまも昔もけっこう焦る。昔は心を焦るがままにしていた。いまは”焦るな、落ち着け”と理性を働かせ、馬を冷静にコントロールできる。
昔の騎乗スタイルは理性2割・野性8割。いまは理性9割・野性1割。昔とは違う乗馬ライフを、昔と同じ乗馬クラブで楽しんでいる。理性の働きが強くなるだけで、馬上での景色は違って見える。昔は頭の中がもっと曇っていた気がする。いまは明晰。進むべき方向もやるべきことも、確信を持って馬に指示を出せる。
もし、いまと同じスタイルで高校時代から馬に乗り続けられていたら、今ごろは日本トップクラスのライダーになっていただろう。馬とのめぐり合わせがかみ合えば、オリンピック出場も目指せたかもしれない。理性の眼が開かれるのが遅かったな。まぁ、仕方がない。理性が目覚めただけでもよしとしよう。いまできることを、淡々と積み上げていく。
さて。乗馬クラブには、老若男女問わず、様々な年齢層の会員さんがいる。一番多いのは40~50代。その次は60歳以上の高齢者。高校生以下のキッズも賑やか。ときどき自分と同じ20~30代の若者が居る。
成人男女の割合が、ざっと1:9あたりだろうか。女性会員さんが圧倒的に多い。多いどころか、多すぎる。練習を終えてクラブハウスに上がるとき、誤って女性専用車両に足を踏み入れたときみたいな変な感覚に陥る。女子だらけの空間には圧倒的違和感がある。中高一貫男子校育ちの私にこの世界はなじみが薄い。
昔はもっと多くの男性会員さんがいた。男女比は限りなく1:1に近かった。私が離れた隙に女性帝国と化した。大ベテランの女性会員様が幅を利かせている。いやはや、どういうことだ。肩身が狭すぎる。中高一貫女子校併設小学校の男子生徒もこうした心境で通退学しているのだろう。いや、小学生のクソガキにとっては、お姉さんがいっぱいな方が楽しいのかな。
私は北大博士課程を修了した紳士である。頭の中に大志や野心は ぽんぽこりん も存在しない。まして、妄想など、あろうはずがない。綺麗なお姉さんといい感じの関係になって、宮島へ花火大会を観に行ったり、クリスマスにイオンのフードコートで銀だこをつまんでアツアツになったりするなど思いも及ばない。
そんなことがあったらそりゃ嬉しいだろう。もちろん、拒みはしない。来る者は拒まず。幸せなら、それでOKです。とはいえ、自ら率先していい感じの関係を構築してやろうという気概はない。最近は、ヘタに異性に手を出したら、セクハラで通報されかねないし。
最近、両親から「はよ結婚しろ」「孫の顔が見たいなぁ」とゼクシャルハラスメントを受けた。仕方なく婚活でも初めて見るかとYouTubeを開いたら、ひどかった。夫デスノートとか、夫ATMとか、地獄みたいな内容が噴出した。ポジティブな内容は皆無だった。男側は結婚を後悔する人が大多数らしい。YouTubeは、女性に対する恋愛感情や憧れの気持ちを、私から超音速で吹き飛ばしてしまった。婚活するならトンカツの方がいい。串カツでもヒレカツでもロースカツでもいいが、コンカツだけはやめておこうと思った。
乗馬クラブ通いを再開した理由の130%は『いい人』を見つけるため。十年前に乗馬クラブへ通っていた当時の記憶では、クラブには20~30代の女性が大勢いらっしゃったのだ。しかも、皆なかなかの美人であった。乗馬をやっているだけあって、スタイルは抜群にいい。高校時代に乗馬クラブへ通っていた頃、年上の女性からチヤホヤされ、鼻が斜め上に10cm伸びていた。その経験をふまえ、「乗馬クラブへ行けば彼女なんて簡単にできるだろう」と見込んでいた。
私には生涯でふたりの彼女がいた。特に一人目は、高二のとき、乗馬クラブで付き合った。その子は物理法則を無視したのかというほど超絶可愛かった。新垣結衣さんと北川景子さんと本仮屋ユイカさんと松岡茉優さんを足して3で割ったぐらいの容姿。しかも、練習熱心で、おまけにトコトン謙虚だった。天はあの子に何物与えたのだろうか。
乗馬クラブへまた通い始めたら、高校時代の彼女みたいな可愛い女の子とまた付き合えるかなと妄想していた。どうやらその見通しは、我が博士課程の研究計画と同じぐらい、徹底的に甘かったらしい。博士課程では、最初の一年を、一切実験できずに過ごした。残りの一年で焦って論文を大量出版し、どうにか力づくで修了にこぎつけた。恋愛に力づくは通用しない。恋愛は、博士課程早期修了よりも難しい。
乗馬クラブには、同世代の女子が居なかった。少なくとも、私の視力2.0の眼では観測できなかった。おそらく私の眼がおかしいのだろう。他人のせいにするのはよくないよね。自責思考でいかなきゃ何も始まらない。ツルハドラッグで一番高い目薬を買い、五日間連続で差してみる。週末にまた乗馬クラブへ行き、周囲を見渡す。様子は何も変わらなかった。これでは女性の知り合いすらできない。何ということでしょう。天を見上げた。
乗馬クラブに居る女性は若々しい。みな、背筋を伸ばしてシャキシャキ歩いている。表情はなごやかだが、眉間にしわを寄せている。近寄ったら殺すぞと言わんばかりに、鬼のような形相で馬を睨みつける。睨まれたオス馬はビビり散らかして逃げる。こういうとき、メス馬は睨み返し、人間の女性としっかりタイマンを張る。
女性ライダーは概して気が強い。本当に、例外なく気が強い。ゆるふわ系女子が存在しない。ガテン系女子しかいない。私が昔付き合っていた子も、ゆるふわなのは容姿だけ。中身はしっかり男だった。腕相撲したら、2秒で負けちゃったもんね。この子にケンカを売ったらアカンわと悟った。実際、一度もケンカをしなかった。
女性ライダーは年齢不詳。何歳なのか、見当もつかない。昔通っていたときに在籍していた会員さんが、昔と同じ雰囲気と服で歩いている。歳をとったのは自分だけなのかと思わされた。クラブには、本通商店街を歩いてすれ違ったら、確実に振り返って二度見するレベルの美魔女が多数いらっしゃる。ホンマ、みなさん若々しい。いつまで経っても小学生のままの名探偵コナンを想起させる。
乗馬クラブへ行って馬に乗ると、綺麗で麗しい広島イチの美魔女から「カッコいい~!!」とちやほやしてもらえる。嬉しいんだか、嬉しくないんだか、いや実はちょっと嬉しいんだけれども、さも”これぐらい出来て当たり前ですよ”と言わんばかりに、口角を上げて「ありがとうございます」とぼそっとこぼす。
彼女はできない。もはや作る気もない。それなのに、年齢不詳の美魔女からチヤホヤされる。広島生活とは魔境だったのか。思っていたのと全然違う方向に動き始めた。もっと若い女性にチヤホヤされたいな。そんなことを言ったら、美魔女に囲まれ、存在をかき消されてしまうぞ。訂正しろ。大変申し訳ありません。遺憾であります。
チヤホヤされるうちが華なんだろうな。今度褒めてもらった時は、ちゃんと笑顔でお礼の言葉を言うとするか。ひひーん。
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~次作~


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