広島生活春夏秋冬vol.13 一年目・12月前編|ウニえもん超新星大爆発による黄金信用書の崩壊と美魔女馬森からの戦略的退却

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ウニえもん

高一のころ、古典の授業中に、教師から「ちゃんと服を着なさい!」とブチぎれられたことがある。

中高一貫男子校に通っていた。東西南北を男に取り囲まれ、四面楚歌、八面六臂、七転八倒、三寒四温だった。男子校では、自分が男である事実を忘れてしまう。そもそも『男』という属性を感じる場面がない。よくも悪くも各々の個性が縦横無尽に育まれていく。

男子校では、地理歴史の女性教師がマドンナ扱いされる。男尊女卑などとんでもない。男尊女尊、いや男尊女拝ぐらいの勢いで存在が貴ばれていた。

教室の窓は南向き。日差しを遮るものは何もない。日が昇ってから沈むまで、広島湾からの陽光が室内に注ぎ続ける。校舎の断熱性は高かった。一度熱をため込んだら意地でも離さない。仮想通貨登場初期からビットコインをガチホする投資家のような握力で熱をため込んでいく。当然、暑い。夏はサハラ砂漠よりも暑い。ヘタをすればサウナよりも蒸し暑い。

人間は煩悩の塊である。不快を和らげるためなら何でもする。我々ホモサピエンスは、ビッグバン以来の暑さに対抗すべく、宇宙規模で科学技術の粋を結集させた。打製石器、火縄銃、反射炉と続き、様々な苦闘の果てに「クーラー」なる破壊的イノベーションを実現した。

クーラーは凄い。起動させれば、部屋の温度を下げられる。部屋の中に広がるサハラ砂漠が鳥取砂丘ぐらいに落ち着く。これなら夏もどうにかしのげる。クーラーを作ったニューヨークのウィリス・キャリア博士に乾杯🍻。

一応、我が母校にもクーラーがあった。各教室内にふたつ備え付けられていた。ところが、男子校生には常識が通用しない。常識知らずの範疇を越えて、そもそも常識というものがない。教室を冷やすためなら何でもする。冷房を設定温度の下限で、風量MAXにしてガンガン使う。耐久性がどうとかいう考えには至らない。我々には耐久性という概念がない。そんなことを考えられるほどの理性の持ち主なら、わざわざ男子校になど行かないのである。

皆さんは、100mダッシュのペースでフルマラソンを完走できるだろうか。世の中の99.9%がNoと答える。それなのに、「やればできる」と言い張るヤツがいる。エアコンに最大出力を常時発揮させ、世界新記録を更新させようと試みる。

常識人から見れば気が狂っている。男子校生からすれば、暑いものは暑い、使えるものは何でも使う。本当は女子高生から浴びせられたかった黄色い悲鳴を頭上のエアコンから受ける。日増しに増すメガボリュームの異音に誰も耳を傾けず、無視してフル稼働。案の定、数年で壊れる。

暑さをしのぐ術を失った我々は、教室内で茫然自失とした。どうしてこうなったのか。何が我々をエアコンフル稼働に駆り立てたのか。講義中に睡眠をとりながら考えるも、教師にたたき起こされ、思考が途絶える。ああ、暑い。どうにかならぬのか。もう脱ぐしかない。脱いで、怒られた。

教師は教壇に立って講義を行う。教壇の高さは20cmほどあって、のぼると足元がすくむほどの高さになる。暦の上ではディセンバー、気持ちの上ではスカイツリー。スカイツリー状教壇の上では、足元が盲点となる。特に最前列は誰にも見つからない。であれば、脱いでもバレぬのでは、と考えた。灯台下暗し、教師の足元に上裸のクソガキあり。バレぬはずなのに、バレてしまった。最前列で脱いでもバレる。現象には必ず理由がある。高校では貴重な学びを得た。

ちゃんと服を着るよう指摘されて以来、服は単に体を覆う布ではなく、社会との接点、すなわち「常識の皮膚」なのだと、衣類の重要性に思いを馳せるようになった。

服とは何か。日々、広島県議会で盛んに議論されている。服は、その概念があまりに重層的すぎて、常識人の証だとか、白い恋人だとか、たけのこの里よりきのこの山だとか、豆腐は絹より木綿だろとか、麺の入っていないお好み焼きは小麦爆弾だと何度言ったら分かるのかいい加減理解してくれよ、などと言われている。その正体は、イオンモールの中にある。

私は服の重要性をわきまえていない。何か身にまとっていさえすれば十分だろう程度に捉えている。服はちゃんと着ていればいい。公然わいせつ容疑で現行犯逮捕されぬための免罪符ぐらいの役割しかない。オシャレを決め込む人の思考が読み解けない。結婚雑誌の特集ぐらい意味が分からない。ゼクシィは、立ち読みするだけで目がチカチカし、視力が0.5ほど下がる。万年裸眼2.0の私ですら、試読後に書店を出たとき視界が霞んだ。

昔から服はユニクロと決まっている。上も下もユニクロなら、下着もユニクロ、ふんどしも散髪もユニクロで済ませてしまう。ユニクロの存在は有難い。ユニクロさえあればどうにかなる。しかも安い。おまけに肌にやさしい。デニムジーンズでいくら四股を踏んでも、膝にあかぎれが残らない。

高校生まで、私の衣類はほとんど全てユニクロだった。大学生になっても事態は変わらない。ユニクロは我が衣類棚を満たし、占有率100%のグローバル・ニッチ企業になった。

有難いことに、大学時代に可愛い彼女ができた。彼女はオシャレだった。見るたびにいつも違う服をまとっていた。どこからそんな量の服が湧いて出るのか。東京ドーム何個分の敷地面積な大豪邸にお住まいなのか。私は髪質が硬く、冬になると毛が逆立ってハリネズミになる。ユニクロばかり着ている私は「雲丹(うに)クロ」とからかわれた。

ちゃんと服を着ているだけで よし としてほしい。見た目をどう評されようと、当時の私は服に興味がなかった。寒くなければいいし、破れなければそれでよかった。

わざわざ服など着たくもない。それでも、耐えがたきを耐え、忍び難きをしのび、分からないなりに検討を加速し、全身 こーでぃねーしょん している。まずは我が努力を称えてほしい。私にオシャレなど百年早い。そもそも、中高一貫校上がりの理系男子大学生がユニクロ以外で服を買えるとでも思っているのか。テレビに映る有名人と一緒にしないでくれ。

雲丹クロ、雲丹クロと言われながら、頑なにユニクロコーディネートを崩さなかった。ユニクロを愛し、北海道の雲丹に舌鼓を打つも、ファッションセンスは偏差値30台のまま北大を卒業した。

吾輩は雲丹である。理性はもうない。雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の厚かましさに負けぬ、丈夫な体を持ち、欲を持たず、いつも静かに一人でニヤニヤしている。一日に玄米二合とイワシ缶と鶏むね肉を食べる。広島No.1の弊社でぽんぽこりんの業務をし、リモートワーク時は一時間ごとに、どんぶらこ、どんぶらこ、と四股を踏む。

入社前の給与振込先登録で、誤って北海道銀行を指定した。中国労働金庫にも口座があるのに、学生時代からの癖で指が勝手に動き、気付いたら北海道銀行の口座情報を打ち込んでいた。振込先を変更するのも、面倒くさいことコバエのごとし。広島で暮らし始めて10か月目になるが、未だにATMで現金を引き出せる環境が整っていない。

人間がお金を使いたくなるタイミングの9割は「現金を手にしたとき」。人間にお金を持たせると、美味しいものを食べて腹太鼓を打ったり、有馬記念に賭けてボロ負けしたり、不動産屋に入って「あのマンションを一棟ください」と言ってみたりする。裏を返せば、現金さえ持たなければ、お金を使おうとはならない。使いたくても使いようがない。全裸の人間が野球拳を恐れぬように、手持ち資金ゼロで街を歩けば一銭も使わない。

不便に不便を極めた私は広島で仙人になった。札仙広福の半分を制覇した。平日は会社と家を往復し、休日はスーパーで必要最低限の買い物をする。食費と最低限の雑費をカード払いするほか、ほとんどお金を使わない。毎月、手取りの七割を余らせる。勢い余って八割余らせる月もある。お金を放っておいても仕方がないからと、余剰資金を株式投資している。今月はボボボーボ・ボーナスまで配られる。こんなにお金をもらっても困る。返してしまおうか。無理です、ありがたく頂戴します。

先月、実家に帰省した際、結婚のコケコッコー攻撃を受けた。絶苦死胃で鍛え上げた結婚迎撃対抗システムは不発に終わり、メンタルに深刻な打撃を被った。それはいつものことだから別に構わない。結婚以外にも薫陶をうけた。手取りの七割を投資していると伝えたら、「たまにはちゃんとお金を使いなさい」と諭された。

……それもそうだなと感じた。言われた瞬間は軽く流したが、不思議と胸の奥に引っかかった。

お金は使って初めて価値を発揮する。美味しいものを食べるのにも、有馬記念で絶叫するのにも、不動産屋で不相応な投資をするのにもお金が要る。お金をため込んでいてばかりだと、何の経験もできない人生になる。人生は「幸せなら、それでOKです」ゲーム。過度の貯蓄は人生の価値を棄損しかねない。これは、まずい。

とはいえ、私には物欲がない。買いたいものは特にないし、行きたい場所もこれといって思い浮かばない。今のままでじゅうぶん満ち足りている。あまりにお金を使わない生活を続けた結果、欲という感覚が鈍ってしまった。おそらく永平寺の僧侶よりも仏に近い。極楽浄土まであと1マイル。

とはいえ、これではいけない気もする。今のままではいけないと思っている。だからこそ、いまのままではいけないと思っている。

何か買えと言われても困る。お金で買えるものなど欲しくない。私が欲しいのは、愛とか、夢や希望とか、真新しい世界観とか、そういう無形のものばかり。いや——いまの自分は、ただ“何も選ばない人生”を続けているだけではないか。服なんてどうでもいいと言いながら、実は“どうでもよくしている”だけなんじゃないか。ならば一枚ぐらい、自分の意思で選んでみるか。

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ChatGPTとGeminiの力を借りて、お金の使い道を真剣に検討した。Deep Researchまで使って推論を重ね、何か服を買おうということになった。

広島の冬は、意外と寒い。最低気温が0℃近くになる。札幌で-10℃の世界を経験しても、広島の冬は身体に堪える。広島は山から吹き下ろす風が強い。常時5m/sの風が吹く。油断していたら吹き飛ばされる。通勤も命懸けである。橋の上では欄干につかまり、河川敷では ほふく前進 で駅を目指す。札幌の冬よりもう一段階寒い。気温に現れない寒さがある。

あまりちゃんと服を着ていなかった中学時代は寒さに耐性があった。冬でも学校へ半袖で通って、鳥肌を立たせながら外で遊んでいた。ちゃんと服を着るようになった高校時代からは冬が寒く感じられ始めた。28歳になったいま、冬が耐えがたいものに感じる。早く春になればいいのに。3月よ、来い、とブツブツこぼしている。でもなぁ、最近の春って、昔と比べてずいぶん短いんですよね。桜が咲いたと思えばすぐ夏日。あっという間に梅雨、そして猛暑。夏よりかは冬の方がいいか。いやぁ、冬も寒いよ。勘弁してくれぇ。

冬の寒さをしのぐには、どうすればいいか。暖かい服を身にまとえばいい。たとえば、毛皮。ホッキョクグマの皮などは暖かい。最近は市街地に熊が出る。ホッキョクグマウェアを着て出かけたら、罠にかけられ、猟友会のお世話になる。ここはダウンジャケットで済ませておく。

ダウンジャケットでも買うか。クローゼットを覗いたら、こちらをユニクロの青ジャケットが見返してきた。北大時代に重宝した。ファスナーを上まで締めれば、マフラー無しでも首まで温かい。フードをかぶればドラえもんになれる。昔の彼女からは「ウニえもん」と言われた。うるさいわ。

私のファッションスタイルは、一着を大切に長く使っていくタイプである。ウニえもんを手にした後は、ウニえもんがドラえもんになるか、ウニえもんのファスナーが壊れて中からウニが出てくるか、どちらかになるまで使い続ける。同じ機能を持つ外装服を二着持つという概念がない。だって、要らないでしょ。身体はひとつだけなのだし。

それでも使途を探さなければならない。お金を使う感覚を保つために、無理やりにでも使い道を作る。最近知ったのだが、どうやら世の中にはユニクロ以外にも服屋さんがあるらしい。広島イチのエリサラとして、ユニクロ以外の服をまとっても罰は当たらぬだろう。服を買うとは言ったが、服を買うとは言っていない。いや、服を買おう。

・・・・・・・

休日、広島県民御用達のスーパー・ゆめタウンへ。ウニクロ以外の店に目を転じると、右にも左にも上にも服屋があった。どこに入ればいいのか分からない。ユニクロに逃げ込もうとするも、自らを叱咤激励して踏みとどまった。一番小さなお店に入った。小さい方が選択肢が少なく、購入する服を選びやすい。

私が入ったお店では、男性用の冬用ジャケットが三択だった。ウニえもん仕様の極暖ジャケット、丸の内のエリサラに似合うコート、それに「これからハワイにでも旅行へ行くんですか」と言いたくなるほど薄手のカーディガン。カラーバリエーションも少なくて助かった。ウニえもんカラー、ウニカラー、そしてホッキョクグマカラー。

何を買うか、一瞬で決まった。ウニえもん仕様で、ウニえもんカラーの、ウニえもんに優しい極暖ジャケットをレジに持って行った。年末セールと諸々の値引きで11,111円だった。店員さんと二人で快哉を上げた。そうかといって、これ以上安くなるわけでもなかった。

我が家に初めて訪れた、雲丹クロ以外のジャケット。早速ハンガーにかけて、クローゼットに入れたら、周りがウニクロだらけで肩身が狭そうだった。「こんにちは、ぼく新入りです…」と消え入りそうな声であいさつしている。半年前の部署配属にて、皆の前であいさつした私もこうだったかもしれない。ウニクロ勢は「苦しゅうない」と返す。さすが、ウニクロ歴20年の我が服は態度も尊大である。

新入りのジャケットさん、寂しい思いはさせないからね。今年の冬は一緒にたくさん出掛けよう。君とばかり出かけていたらウニえもんに睨まれるから、たまにはウニえもんと一緒に出掛けさせてね。

・・・・・・・

気づけば私は、服だけではなく、人生のいろんな場面で『選ばない』ほうへ流れていたのかもしれない。

高校時代の私は、暑ければ脱ぎ、寒ければ縮こまり、“選ぶ”という作業をどこかで放棄していた。服はただの布で、世界から自分を守る皮膚でもなかった。会社員になった今、寒さをしのぐ方法はひとつではない。脱ぐか、耐えるか、あきらめるか。そのどれでもなく、今回は自分の意思で一枚の服を“選んだ”。

たった一枚のジャケットでも、選べば世界が少し変わる。お金をあたためるだけで冬を越えようとしていた私が、初めて自分のために火を焚いた気がした。

~前作~

~次作~

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