博士課程を修了してからはや一年。院生時代に背負った精神的ダメージがようやく抜け切りつつあります。不意に死にたくなることが無くなりましたし、延々と続く自己否定の症状も消え去りました。博士課程時代を思い出すのはサイト用記事を書いているときぐらいで、日常生活では自分が博士号持ちであることを意識していません。
ネットを回遊していると、博士課程を出てからすぐに別の博士課程へお進みになるという方を見つけ、いやいや、とんでもない気力だなと感じました。私には絶対無理ですよ。博士課程は人生に一度だけで十分だし、冗談抜きで博士課程なんかもう二度とやりたくありません。
D進なんて、目の前に一億円積まれても断りますよ。一兆円を積まれたら、さすがに検討はします。さすがにね。検討した結果、一兆円だけもらって博士課程には行きません。
この記事では、私が博士課程へもう二度と行きたくない理由を記します。博士課程在籍中の方にはご共感いただけ、博士進学予定の方にはD進を思いとどまらせるかもしれない内容です。ぜひ最後までご覧ください。
かめそれでは早速始めましょう!
あの日々はシャレにならないほど辛かった


私にとって博士課程は、辛さのヘビーローテーションでした。辛さをやり過ごしてもすぐにまた別の辛さが押し寄せ、走るのをやめたら辛さに吞み込まれる恐怖心から、止まりたくても止まれませんでした。
いったい何がそんなに辛かったのか。私が嫌だったのは研究そのものだったのです。
D進決断前までは研究が好きでした。物事を極めていくのに喜びを見出す性格で、どこまでも突き詰めていける特質を持つ研究に魅了されたのです。ところが、D進決断後のM2後期、研究が嫌いになってしまいました。自らの意志に反してハイレベルのジャーナルに連続投稿することになり、リジェクトされまくって嫌になったのです。それと全く同じことがD1の後期にも起こり、M2で3回連続でリジェクトされたかと思えば、D1ではなんと4回連続のリジェクト。合計7回もリジェクトされました。
アルゼンチン代表のリオネル・メッシでもワールドカップに5回連続でしか出たことないのに、私はそれを超えるレベルでリジェクトされまくっている。国際的な連続記録を打ち立てているという意味では私もトップアスリートですが、いかんせん種目がリジェクトなものですから、誰も表彰してくれません。
これだけたくさん掲載拒否になったら、正直、もうどうでもよくなります。研究になんか携わりたくないし、研究なんてどうでもいい。論文なんか見たくもない。
研究嫌いをこじらせたのはD1後期ですが、博士号を得るには、研究で成果を出して論文出版しなければなりません。私は研究から一年でも早く離れたかったので、一年短縮修了を狙いました。
皮肉にも、早期修了するには、標準年限で修了するよりも多くの業績が求められました。つまり、嫌いな研究から離れるため、嫌いな研究へ一層打ち込まねばならなかったのです。辛い料理が苦手な人間が、辛さから逃れるために激辛料理を一気食いするような戦略を取ったわけです。
ほどほどのペースで頑張ってD3で修了するか、全速力で頑張ってD2で修了するか。私が選んだのは後者でした。無理やり実験ペースを上げてでも、早く研究から解き放たれて、精神的に楽になりたかったのです。
皆さんは、嫌なもので大量の成果を創出せねばならぬ過酷さをご理解いただけるでしょうか。もうね、シャレにならないほど辛いんですよ。メンタルへ尋常ならざる負担がかかって、喀血するわ、血尿は出るわ、体じゅうに蕁麻疹が出るわと大騒動でした。病院に行く暇がなかったので、全部気合いで治しました。博士学生が医学を冒涜しています。大変申し訳ありません。
博士課程の二年間は、過去の武勇伝としても振り返りたくありません。辛かった。ただただ大変だった。
仮にもう一年いたら、うつ病になっていた


もしも選択の岐路で、三年かけて修了する道を選んでいたらどうなっていたでしょうか。
研究嫌いなのには変わりがなく、一生懸命頑張る必要はないにせよ、嫌いなものに携わる期間がもう一年間追加されますよね。研究への愛着を取り戻すシナリオは非現実的で、最後の一年が漆黒の一年になっていたのは間違いありません。
仮に私がD3へ突入していたら、うつ病になっていたのではないでしょうか。博士号取得にまで至れたかどうかかなり微妙なラインですね。走り切れずに途中でドロップアウトした可能性の方が高いかもしれません。
実際、うつ病症状はD2最終盤には既に発現していました。研究へ思いを巡らせた瞬間に動悸が止まらなくなり、誰から何かをされたわけでもないのに、悲しい想いが止めどなくあふれ出てきたのです。布団から起き上がるのですら苦しく、公聴会を前に症状が悪化して、本番で教授陣を前に話せるかどうか怪しいほどになりました。ここが踏ん張りどころだと奮起して、最後の審査を乗り越えました。普通なら喜びを爆発させるところですが、私はもう疲れ切っていたので、喜ぶどころではありませんでした。
D2の終わりでメンタルヘルスは崩壊2秒前といった所でした。マジでkoiする5秒前どころか、崖っぷちのぽにょだったわけです。もし博士課程があと一年あれば、根元から崩れていたでしょう。どれだけ頑張れてもD3前期までで、後期に差し掛かる寸前に限界を迎えていたかもしれません。無論、予備審査会や公聴会など耐えられず、フィニッシュ目前で退学になっていたんでしょうね。南無南無、南無南無…
早期修了チャレンジ進行中のD2時代、指導教員から冗談口調で「もう一年あるから大丈夫だよ」と言われていました。成果、成果、と鼻息荒くする私を落ち着かせようとしてくださったのでしょう。でも、私にとって「もう一年」は、死刑宣告にも等しい言葉。刑務所で模範囚として過ごしていたら、看守から『刑期延長もできるよ』と笑顔で言われた気分です。冗談でも冗談とは受け止められず、(勘弁してくれよ…)と戦慄していました。ただでさえ辛い博士課程を『もう一年』だなんて耐えられません。
博士課程は一回でいい。再挑戦は、絶対にない


私は趣味で勉強していて、蓄えた知識を仕事やプライベートで活かしています。B1からD2まで一日二時間の勉強を日課にしてきて、専門の勉強はもちろん、国内外の文学作品を読んだり、知らない言語に手を出したりと好奇心の赴くままに学んできました。
どれだけ面倒でも、飲み会の日でもデートの日でも、関係なく勉強してきました。おかげで彼女にはフラれました。最悪です、ホントありがとうございます。それでも勉強を続けました。勉強が、好きだったからです。
このように勉強ラブな私ですが、勉強が趣味な自分でも、博士課程は一度でお腹いっぱいですよ。二回目は絶対にありません。冗談抜きで勘弁してください。会社から「お前、別の分野で博士号を取ってこい」と言われたら、その場で退職届を書く自信があります。
研究が嫌いになったいま、研究室に戻ってまた努力できるとは思えないのです。第一、手も心も働きません。体が全身で「無理っ!」と拒絶している。
博士課程での一番の心残りは、研究を好きなまま修了できなかったことです。好きで好きでたまらなかった研究への気持ちだけは最後まで保っておきたかった。あれだけ惹かれた営みを嫌いになって終わるのは、やはり寂しいんです。
自分がもう一度やり直すなら、大学院で自分を追い込みすぎなかったと思います。早期修了を狙うにしても一年短縮ではなく半年にしていたでしょうし、土日のどちらかは必ず休んでいたでしょう。研究室の外にも居場所を持って、心の逃げ道を作っておくべきでした。





















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