ぺペロンニンニク
先輩をリスペクトし、さっそくペペロンチーノを作ってみることにした。
先輩は「ニンニクはスペイン産に限る」とおっしゃった。スペインで採れるモノが最もバランスがとれているとのこと。青森県産のニンはマイルドすぎるうえに高価。中国産のニンは安いが、辛すぎて食えたものではない。その点、スペイン産のニンはすごい。辛さは程々、値段も手ごろ、十分に臭く、セルフクルーシオできる。
スペイン人がいつも陽気なのは、自国産の良質なニンニクを常食しているからなのだとか。あの人たちはパンにもハンバーガーにもニンニクを挟むし、放っておいたらバウムクーヘンの中心部にも巨大ニンニクを差し込もうと試みて失敗する。ニンニクを愛し、ニンニクに愛された太陽の国・スペイン。
先輩からは「買うならスペイン産だぞ」と何度も念押しされた。私は北大で二外にスペイン語を履修していた。スペイン語話者として、スペイン産のニンを避けて通るわけにはいかない。
最寄りのスーパーでスペインのニンを探すと、捜索開始から3秒で見つかった。というより、ニンニクはスペインのものしか売っていなかった。網目のネットに入れられたニンニクにはタグが付いていて、スペイン人農家の嬉しそうな顔がデカデカとプリントされてある。おっちゃんは本当に嬉しそう。「今日もニンニク食ったったわ~」とニンニク顔を浮かべている。
買い物かごに豚肉と唐辛子を入れ、薬味としてパスタも買っておいた。ペペロンチーノはニンニクがメイン。パスタはあくまでもサイドメニュー。先輩曰く、ペペロンチーノにパスタは入れなくてもいいらしい。別になくてもいいが、あったらあったで腹を満たせるから、あった方がいいとのこと。買っておく。
家に帰って早速料理。ニンニクに包丁を入れた途端、たちまち台所がニンニク畑に。あまりに臭すぎて100回むせた。負けてはならない。打ち克たねばならない。絶対に負けられない戦いが、そこにあるから。
顔をしかめて刻んでいく。ゴム手袋をはめるという良識を持ち合わせず、素手でクッキングしたものだから、手に異臭が染みついた。その手で額を拭ったところ、顔まで臭くなってしまった。額にファブリーズをかけて落ち着かせる。ひとまず安心。料理を続けていく。
豚肉を焼き、出てきた脂でニンニクとニンジンを炒める。別のフライパンで副菜のパスタを茹でる。ニンニクの香りが水蒸気に乗って蒼穹へ駆け上がっていく。上昇気流の速きことリニアモーターカーのごとく、昇華の静かなること瀬戸内海のごとし。あっという間にリビングがニンニクワールドと化した。これでは夜しか寝られない。

苦労して作り上げた大作を頬張る。まずはサイドメニューのパスタを天地返しして、肉とニンニクと唐辛子をまだら模様に絡め合わせる。二郎の汁なしは底に汁がたまっているが、私のペペロンチーノも底にソースがたまっている。食べる前に絡め合わせなければならぬと思っている。だからこそ、食べる前に絡め合わせなければならぬと思っている。
よく考えれば、ニンニクを買って食べるのは人生で初めてだった。今回は、先輩から伝え聞いた あまりの効能にビビッて、1/4玉しか使わなかった。少量過ぎたのが良くなかったのだろう。パスタや肉にニンニクの欠片がくっ付かない。ただのニンニク臭いパスタになった。もっと大きな容器に入れれば良かったか。次また作るときは、一升の炊飯ジャーに入れて食べてみるか。
もぐもぐ15分食べていくと、ようやく丼の底が見えてきた。底を覗くと、辛子とニンニクがギッシリ溜まっていた。パスタや豚肉からこぼれ落ちたニンニクが凝集していたのだ。ようやく出会えたぞ、ニンニク諸賢。いざ、対戦…… うえっ、くっっっっっさ!!!!!
噛めば噛むほど口の中がニンニクになる。息をするたびニンニク臭の呼気が鼻から抜けていく。はぁ~、何でこんなもん作ったかなぁ…… とため息をつけば、目の前にニンニク臭の空気が拡がる。四方に加え、体内までニンニクに取り囲まれた。項羽も驚く四面楚歌となった。何とかペペロンチーノを平らげ、窓を全開にして即刻換気。摂氏三度の外気に身を震わせるも、臭さには代えられなかった。
これが社会の厳しさかと天を仰いだ。世の中にはこれほどまでに恐ろしい食べ物がある。世界は、広い。瀬戸内海の向こうには、まだ見ぬ地平が広がっているのだろう。
・・・・・・・
夜明けとともに目が覚めた。妙に元気だった。朝のランニングでは、広島中心部へニンニク臭をまき散らしながら、軽々とノルマをクリアした。会社に向かう足取りも軽快。昨日のあの憂鬱感はどこへ行ったのやら。
オフィスで先輩に「ニンニク、効きました!」と笑顔で伝えた。「口、臭っ!!」と3mも距離を取られた。ニンニクで労働意欲は上がったけれども、ソーシャルディスタンスも広がってしまった。
~前作~
次作
~COMING SOON~

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