B4からD2までに筆頭論文を六報記し、北大博士課程を一年短縮修了しました。
…と書くと、さぞかし天才的なひらめきで次々と新発見をしたのだろうと思われるかもしれません。「若き俊英、独創的なアイディアでアカデミアに旋風を巻き起こす」みたいなストーリーを期待された方には申し訳ないのですが、残念ながら現実はもう少し地味です。
B4やM2の頃に書いた論文は、先輩と似たような実験でコツコツとデータを集めたもの。派手さはないけれど、堅実に積み上げていく作業の連続でした。博士課程に入ってからようやく自分オリジナルの仕事に取り組み、早期修了できるだけの業績を積み上げました。振り返ってみれば、地道な積み重ねがあったからこそ、オリジナルな仕事に挑戦できる土台ができたのだと思います。
このような実験スタイルには、ちゃんと名前がついています。「銅鉄実験」と呼ぶのだそうです。あまり格好いい響きではありませんが、実験系研究者なら一度は耳にしたことがあるでしょう。
この記事では、銅鉄実験という言葉の意味と、その是非について述べていきます。
かめそれでは早速始めましょう!
銅鉄実験とは


銅鉄実験とは、先行研究と似たような手法で行われる実験のこと。「銅を使った実験がうまくいったらしい。じゃあ今度は鉄でやってみるか」というノリです。銅がダメなら鉄、鉄がダメならアルミ、アルミがダメなら…と、元素周期表を横断するような研究スタイルを想像していただければ分かりやすいのではないでしょうか。
もちろん、先行研究と完全に同じ実験をしても論文にはなりません。それは再現実験であって、新規研究ではないからです。
手法だけを踏襲し、実験試料や測定条件などをマイナーチェンジして実験する。先人の知恵を借りつつ、ほんの少しだけ新しい領域に足を踏み入れる。それが銅鉄実験の本質です。
名前の通り、銅鉄実験は特に材料・化学分野でよく行われます。体感的には、現在出版されている実験系学術論文の8〜9割が銅鉄実験で生まれたデータではないでしょうか。学会に行けば、似たような発表が並んでいることに気づくはずです。「あれ、この研究、さっきのポスターと似てない?」と思ったら、それは気のせいではありません。この世の中には銅鉄実験の花が咲き乱れているのです。
私自身、過去に出版した6報の論文のうち、完全に自分オリジナルのアイディアで構想したものはたった3報に過ぎません。残りの半分は、先人たちが切り拓いた道を少しだけ延長したような研究です。
銅鉄実験は実験系分野において、もはや伝統芸能のようなものとして君臨しています。歌舞伎に型があるように、実験系研究にも型があるのです。
銅鉄実験はアリ
ここまでの説明を読んで、「なんだ、ただのパクリ研究じゃないか」と眉をひそめた方もいらっしゃるでしょう。科学者たるもの、独創性で勝負すべきだとか、既存の枠組みに乗っかるだけなんて志が低いとかいった声が聞こえてきそうです。
確かに、手法を真似たという意味ではパクリです。しかし、実験条件を変えたという観点ではオリジナル。銅鉄実験は「模倣」と「独自」の境界線上を絶妙に歩いています。グレーゾーンと言えばグレーゾーン。でも、科学の世界では、このグレーゾーンこそが最も肥沃な土地だったりするのです。
ビジネスの世界では、ある成功事例を別の市場や商材に適用することを水平展開と呼び、立派な戦略として認められています。銅鉄実験も同じです。「パクリ」と言うと聞こえは悪いですが、「研究の水平展開」と言い換えれば、合理的かつ戦略的なアプローチに思えてきませんか?
そもそも、よく考えてみてください。何から何まで完全に新しい研究など、今やこの世に存在しません。すべての研究者は誰かのアイディアを足がかりにし、そこに自分なりの要素を付け加えて論文を書いているのです。
ニュートンだって「巨人の肩の上に立つ」と言いました。アインシュタインも、マクスウェルの電磁気学がなければ相対性理論にたどり着けなかったでしょう。銅鉄実験は、その肩に乗る方法を少しだけ効率化しただけのことです。巨人の肩に乗るためのエスカレーターみたいなものだと思ってください。
というわけで、私は銅鉄実験を「アリ」と考えています。理由は3つあります。
- 実験や研究へ容易に慣れられるから
- 実験結果に先行研究とどこかで必ず違いが現れ、そこが新たな考察のタネになるから
- 業績を積み上げやすく、学振DC1申請に有利だから
以下で一つずつ解説します。
実験や研究に容易に慣れられるから


銅鉄実験は、研究室に配属されたばかりの学生にとって、最高のチュートリアルとなります。いきなり「さあ、世界初の発見をしてこい」と放り出されても、右も左も分からない状態では途方に暮れるだけ。しかし銅鉄実験なら、実験結果がおおよそ予測できるため、自分のやり方が正しいかどうかをすぐに確認できます。
科学的現象を支える原理や考え方も、ある程度は先行研究で答え合わせできます。データを取り、なぜこんな傾向が出るのだろうと考え、論文を読んで答え合わせ。まるで参考書付きの問題集を解いているようなものです。予想通りの結果が出ればと安心できるし、予想と違えば「どこかで間違えたかな」と振り返るきっかけになります。いきなり応用問題に挑んで心が折れるより、基礎問題で自信をつけてから難問に挑む方が賢明でしょう。
研究における挫折は、単なる不合格通知とは訳が違います。何ヶ月、時には何年もの努力が水の泡になる可能性があるのです。最初の一歩でつまずいて研究嫌いになるくらいなら、銅鉄実験で成功体験を積んでから冒険に出る方がずっと建設的ではないでしょうか。
これは、ラボ配属初期の学生だけの話ではありません。新しい分野に参入する研究者にとっても、銅鉄実験は心強い相棒になります。参入分野の知識が乏しい人間にとって、いきなり独自路線を突っ走るのは無謀というものです。まずは銅鉄実験で分野のお作法を学び、基礎を身につけ、そこからオリジナルな仕事へとステップアップしていく。遠回りに見えて、実は最短ルートかもしれません。
実験すれば先行研究との「違い」が現れ、それが新たな考察のタネになるから


銅鉄実験では先行研究と似たような実験を行います。当然、得られるデータも過去の文献と似たようなものになりますよね。なんだ、結局模倣かよと落胆するかもしれません。
しかし、ここがポイントです。数値や傾向が100%一致することは、まずありません。
実験条件を変えている以上、どこかしらに違いが現れます。直線だった補助線が二次曲線になっているかもしれない。実験後の試料の形状が微妙に違うかもしれない。反応速度がわずかに速い、あるいは遅いかもしれない。我々はこの違いを見逃してはいけません。ごく些細な違いであっても考察のタネであり、新たな研究の核になり得るのです。
科学の歴史を振り返れば、予想外の出来事から大発見が数多く誕生しました。ペニシリンの発見だって、カビが混入したゴミデータ(培養皿)から始まったのです。我々が銅鉄実験で経験する「違い」は、そこまで劇的なものではないかもしれません。しかし、小さな違いの積み重ねが、いつか大きな発見につながる可能性は十分にあるでしょう。
違いが生じた原因を一生懸命考察し、指導教員と協力して文章にまとめる。なぜ銅と鉄で結果が違うのかとか、この条件の変化が何を意味するのかとかいったことをつぶさに検討していく。一つひとつの問いと向き合ううちに、ほら、論文の出来上がりです。ゼロからオリジナルな論文を書くよりも、ずっと効率的に成果を出せます。しかも、考える過程で身につけた考察力は、将来オリジナルな研究をする際にも役立つものなのです。
業績を積み上げやすく、学振や研究ポストの獲得で有利に働く


さて、ここからは少し生々しい話をしましょう。
研究者にとって、論文は単なる研究成果発表の場ではありません。それは、アカデミアで生き抜くための武器となりうるものなのです。
銅鉄実験は、独自研究に比べて圧倒的に楽です。実験の構想も楽。論文化も楽。「楽」という言葉を使うと怒られそうですから、効率的と言い換えてもいいでしょう。よほどの天才でない限り、論文を量産するには銅鉄実験に頼るしかありません。
業績を積み上げられれば、学振や研究ポストの応募で有利になります。特に学振DCの申請では効果絶大ですよ。筆頭論文が複数あれば、化学系ならほぼ確実に内定します。審査員も人間です。論文ゼロ報の申請者と論文三報の申請者を比べたとき、後者に軍配を上げたくなるのは自然な心理ではないでしょうか。
もし、研究室配属初期から頑なにオリジナルな仕事にこだわっていたらどうなるか。銅鉄実験組が二報目、三報目と論文を量産する横で、あなたはまだ一報目で苦悶しているかもしれません。いや、一報目すら出せていないかもしれませんね。オリジナルな研究は、うまくいけば大当たりですが、外れれば何も残らない博打のようなものですから。
学振で滑ってもまだ救いはあります。しかし、ポスト公募で不採用続きだと、文字通り生きていけなくなるでしょう。業績バトルで敗北し、研究を続ける資金がなくなり、アカデミアを去らざるを得ないという悲しいシナリオが見えてきます。
研究者になるにあたって”オリジナルな仕事を成し遂げるのだ!”と熱い志を抱いていらっしゃるのは素晴らしいです。母校の教師だったクラーク先生も「大志を抱きなさい」と言い残してススキノへ消えていきました。しかし、高邁な志を貫くためには、アカデミアで生き残るのが大前提になります。
自分オリジナルの研究アイディアがある方は、博士課程に進学してから取り組んでみてはいかがでしょうか。博士課程の修了が覚束なくなるのが怖い方は、アカデミアで正規職を得た後から着手するのでも遅くはないでしょう。夢を追うのは、足場を固めてからでも十分間に合います。
自分自身、銅鉄実験で論文数を稼いできました。やりたい研究をやるために、まずは銅鉄実験で業績を稼げという主張がいかに虚しく響くかはよく分かっています。純粋な知的好奇心で研究を始めた人にとって、これほど夢のない話もないでしょう。しかし、安定した境遇を確保しなければアカデミアで生き残れない以上、まずは業績の積み立てに専念すべきです。この現実から目を背けるわけにはいきません。
銅鉄実験だけだとマズい。銅鉄実験をベースにオリジナリティを出したい所


ここまで銅鉄実験の利点を熱弁してきましたが、一つだけ注意点があります。銅鉄実験だけで終わってはダメです。
追加実験でもいい。データの見方や考察で独自性を発揮してもいい。銅鉄実験に何かしら自分オリジナルの要素を付け足さなければなりません。もしそれができなければ、論文にはなりません。論文にならなければ、どれほど時間を費やそうと、その仕事は存在しなかったことになります。誰でもできる実験を誰でも書ける文章でまとめただけでは、査読者は「だから何?」と首をかしげるだけです。
では、どうすればいいのか。何も大それた発明をする必要はありません。評価軸を一つ増やす、あるいは解析手法を一つ借りてくるだけでも、立派なオリジナリティになります。
銅鉄実験はあくまで土台であり、出発点に過ぎません。我々は土台の上に、自分オリジナルの建物を建てなければなりません。料理に喩えるなら、銅鉄実験は料理本のレシピをたどる段階。そこから自分なりに調味料を加えたり、別の食べ物を入れてみたりしてアレンジを加えて、オリジナルの一皿に仕上げてようやく一報の論文に仕上がります。
銅鉄実験で得た知見をベースに、やがては自分オリジナルの研究領域を切り拓いてください。この分野のことなら、あの人に聞けと言われるような存在になってください。それができれば、その分野の第一人者になれます。できなければ、あなたの研究は時代の荒波に飲まれて忘れ去られるでしょう。10年後、20年後に誰かがあなたの論文を引用してくれるかどうかは、今の我々が目の前の研究へどれだけオリジナリティを付け加えられたかにかかっています。
…まぁ、それが難しいから皆苦労しているわけですが。難しいですよね。一緒に頑張っていきましょう(^ ^;)
最後に
銅鉄実験の用語解説と是非については以上です。研究の進め方の参考にしていただければ幸いです。






















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