研究室に配属されてから過労で潰れ、一年かけて復活するまでの過程

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【M2】5月:ストレスが溜まりすぎて寝つきが悪くなる (残業時間150h)

結局、学振DC1への申請までにビッグジャーナルへのアクセプトは叶わなかった。DC1の申請書は『査読中』というステータスでの提出となった。書類を出した数日後、ジャーナルからメールが届く。四か月もの査読の末に論文がリジェクトされた。果たして自分は何のために頑張ったのだろう?学振へ通るために頑張って論文を書いたけれども、学振には間に合わないわ、おまけに論文はあっけなくリジェクトされるわ…

DC1に間に合わないなら標準的な雑誌への投稿で構わない。私はIFなんか気にしない。気にするのは指導教員ただ一人だけ。指導教員はどうしてもビッグジャーナルへのこだわりを捨てられないらしい。おそらく、自身の人事評価や昇進、そして対外的に見栄を張るためだろう。指導教員へ歯向かえば学位を取れない。指導教員の指示するがまま、投稿しても通るはずもない、身の丈に合わないジャーナルへ論文を投稿し続けなければならない…

私以外の学生の論文を投稿するときはジャーナルへ何のこだわりも見せない。私の論文に限っては無理に一流雑誌への投稿に固執なさっている。いったいコレはどういうことだろうか?新手のいじめ?無意識な嫌がらせ?このようにしてアクセプトをずるずる先延ばしする癖をつけられるのはすご~く困る。論文を早くアクセプトさせてくれなければモヤモヤして次の研究や実験に取り掛かれない。ちょっとマジで勘弁してほしい。 ストレスがどんどん溜まっていく。指導教員の顔を見るだけでイライラする。目を閉じて眠りたくてもスッキリ寝付けず、余計にストレスを溜めていく一方。研究室に向かって歩いていく時、吐き気で胸が苦しくなってしゃがみこんだことも。しんどいなぁ。早くアクセプトされればいいのに。

【M2】7月:何もしていないのに動悸・息切れを起こすように (月間残業時間100h)

筆頭著者の私がビッグジャーナルへの掲載に微塵もこだわていないにもかかわらず、指導教員の意向を受けてビッグジャーナルへばかり投稿させられ続けるのが辛い。どこでもいいから掲載してしまい、早く次の研究へと頭を切り替えたい。

投稿先を変えましょうと何度も直訴。そのたびに『君の将来のためだから』とやんわりといなされて退けられた。君のため、と言いながらもあなたのためでしょ?自分の叶えたい希望を他人へ責任転嫁して叶えないでほしい。主語を他人に置き換えれば何を言ってもいいわけじゃない。輝かしい将来を嘱望されている当の本人が目の前で死にそうな顔をしてつっ立っているのにビッグジャーナルへ投稿し続けるのは悪魔の所業。悪意でやっているのならばまだ救いはある。100 %純粋な善意で”君の将来”を想っていらっしゃるようだから手を付けられない。私を本気で想っているなら一日でも早いアクセプトが特効薬。このままだとビッグジャーナルへ掲載される前にお陀仏になってしまうかもしれない。

まだ学期期間中だが実家に逃げ帰りたいと思った。M1の正月、母親から『彼女できた?結婚はいつ?』と問いただされ、頼みの綱だった実家でさえ安息の地ではなくなっていた。この世に自分の逃げ場を失った。羽を伸ばしてくつろげる居場所などもうない。実家は地獄。大学は大地獄。自分の弱みを吐ける人などいない。死んだ方が楽だ… そう考えた瞬間、動悸が起きたり息切れが生じたりと断続的な苦しさの波が押し寄せてきた。

【M2】8月:とうとう喀血。”もう頑張らないぞ”と決意する (月間残業時間0h)

8月下旬、D進用の大学院試験を受ける前日。あまりのストレスに耐えかね、自宅のトイレで血を吐いてしまった。口からピュッと赤い液体が出た。最初は痰が出たのかと思ったが、トイレの電気をつけて見たら鮮血だった。ショックでその日は研究室へ向かえなかった。人生で初めて喀血して驚いた。血をいくら吐こうとも状況が好転しない絶望感を思い出し、床に伏せて呻き苦しんだ。

翌日は大学院試験。準備のため、早朝に研究室へ。指導教員へ喀血したことを伝えた。『血を吐かれたって知らないんだけれども』と冷淡なお返事。あぁ、自分はこんな人にこき使われていたのか。こんな人におだてられ、気持ち良くなり、言われるがまま素直に馬車馬のように働いていたのか。研究熱がスーッと醒めてしまった。大学院試験を受けずに帰ってしまおうかと思った。一応、院試は受験しておいた。D進するか否かは合格通知をいただいてから決めればいい。

一度身体をハッキリ壊せば生き方を根本から変えざるを得ない。頑張りすぎた挙句、血を吐いて倒れた。もうこれ以上の踏ん張りは効かない。頑張りたくても頑張れないだろうから「何があっても頑張らない」と心に決める。長期巡航可能なマイペースで生きる。教員にまた何かを唆されたとしても、 (このおっさん、また何か言っているわ笑) とサラッと受け流しておしまい。同じ轍を二度とは踏まない。次にまた血を吐いたらそのまま死ぬかもしれないから。

【M2】後期:研究をしながら体の不調を立て直す (月間残業時間20h)

M2の9月、学振DC1に内定した。翌月には四度目の投稿にて海外のビッグジャーナルへとアクセプト。鮮血と身体の慢性的な不調を代償に金字塔を打ち立てた。喜びたかったが喜べなかった。喜ぶ気力さえもう湧かなかった。もう頑張らなくていいんだとの安堵感ばかりが募る。

ストレス源から解放されても不調はなかなか治らない。指導教員をはじめ、研究室の人間が『次はもっと大きなジャーナルへ出そう!』と色めき立っていたからだ。その論文、誰が書くの?誰が投稿するの? ….どうせ私なんでしょう?他人事だからって好きかって言いやがって。無神経なセリフ一つ一つが己のストレス源を刺激していく。この人たちの言うことをまともに受けていたら殺されてしまうかもしれない。自分の命を守るため、平日は研究室をサボって家に引きこもって休み、週末にフルタイムで出勤して埋め合わせるスタイルに変えた。

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